6.
「こん、ご……?」
「ええそうよ。ルークは、これから何をしたいの?」
どうしようかとわたしとヴォルフの間を揺れる瞳には戸惑いの色が見える。いきなりどうしたいか、なんて聞かれても答えに詰まるだろうから、指を立てながら、ひとつずつ選択肢を上げていくことにした。
「選択肢はいくつかあるわよ? 例えば、さっきの町に戻って警吏に事の経緯を説明する」
血の気の多い獣人だとそこらで喧嘩紛いの力比べをしているし、だいぶ派手ではあったけれどあの程度の騒ぎは日常だ。話を聞いた限りだと絡んできた青年たちに非があるのだろうし、ルークは周りに集まったヒト達には怪我を負わせていない。
周りで見ていたヒト達も多かったから、警吏が必死になってわたし達を探している可能性はあまり高くない。そう判断したからわたしも町に留まる事はしなかった。
「それは、出来ればしたくない、かな……
怪我を手当てしてくれたヒトには、申し訳ないけど」
ルーク自身も声をかけて揶揄ってきた相手には申し訳ないと思う気持ちはないようなので、この選択はなし。喧嘩したらお互いごめんなさい、とおじいちゃんからは教えられているけれど、今あの町に戻っても彼らがいるとは限らないし、状況によっては再度乱闘になる場合もある。警吏や、手当てに片づけをしてくれたヒト達には申し訳ないが、きっとこれはないだろうなと思っていたけど口にしたから、特に気にすることはなく次を示す。
「家族や種族のいる町に戻るのもひとつよね」
種族の結びつきが強いのだと聞いてから、考えたことだ。どこの町だって、最初はどこかの種族が住み着いて大きくなっていったはず。それならクマ族が縄張りとした町だってあるだろうし、それは知識として教えられているだろう。
そう思ってルークに提案してみたら、思っていたよりも返事は芳しくなかった。
「僕たちは、あまり町には定住しないんだ。だから、家族がいた町は分かるけど今もいるかは分からない。森とかで暮らしてる場合もあるし」
「ある程度場所の目星がついているなら、旅をしながら目指すことも出来るわよ?」
「それは、確かにそうなんだけど……」
種族全体がああやって揶揄われる対象なら、あまり町に長く留まるような事はないのかもしれない。森で暮らすのも、他のヒトの目を避ける意味合いの方が強いだろう。
ルークが何かを考えるように言葉を切ったタイミングで、自分でも意地が悪いとは思ったけれど突き放すような事を告げた。
「いいじゃない、野生の植物にも詳しくて、一人でも夜を明かせるなら悪くない選択肢だわ」
「おい、それは……」
「いいんだ、ヴォルフ。これくらい、言われて当然なことをしたし」
思わず、といった様子でルークを庇うヴォルフに、やっぱり仲良くなったんじゃないかと笑みが漏れる。
もちろん、ただの意地悪でこの選択肢を口にしたわけではない。最終的にわたしが示すものがあるとはいえ、一度お互いに感じたモヤモヤや、今後の蟠りになりそうなものはなくしておきたい。ここでスッキリさせておけばこれから先に、その事で空気が悪くなるような事にはならないはずだから。
「だけど、セレちゃん。僕は一つだけ謝りたいことがある。聞いてくれる?」
「聞いてから受け入れるかはまた別よ?」
「うん、それでいいんだ。ありがとう」
ぎゅっと目を瞑ってから、こちらの様子を伺うような弱々しさはなくなって、しっかりとわたしと視線を合わせようと見つめてくるルーク。わたし達の後をついてきていた時には見ることのなかったその表情が嬉しくて、それだけでもう許してしまいたくなるけれど、ぐっと堪えた。
ルークのその気持ちの変化は、変わろうとした思いは、こんな簡単に受け取ってしまえるものではない。きっと言葉にすることで、ルークの中で確かなものとして形を作るだろうから。
だから、わたしはルークが言葉を発するのを待った。ヴォルフも、ルークの話を聞く体勢を取る。そうして、しばらく続くかと思った沈黙は、考えていたよりも早く破られることとなる。
「僕は、セレちゃんとヴォルフの関係がとても眩しかった。僕もあの中に入りたいって、そう思って声をかけた」
わたしがルークの言葉を聞く体勢を取ったからか、ヴォルフもスッと背筋を伸ばした。そういえば、ヴォルフにはわたしが結局ルークの事をどうするか、を伝えていない気がするのだけれど。
ヴォルフはきっと今までのわたしの行動から考えているだろうけど、ルークの話が落ち着いてからきちんと話す時間をもらおう。たぶん、ここまで面倒を見ているから見放すような事はしないだろう。
「お互いを対等に扱う二人の関係に憧れたのに、僕はセレちゃんの事をヒト族だからって、無意識に思っていた」
ルークが膝の上で握り込んだ自身の手は、わたしから見ても分かるくらい震えている。あの町の入り口で別れてから、きっとたくさん考えたのだろう。今、ルークが告げたことはわたしには伝えたくなかったこと。見下していたヒトに、そう告げるのはとても勇気がいるだろう。
獣人の方がヒト族よりも優れている、なんて今ではもはや当たり前の認識なのだから。
ヒト族が獣人に対して優位に立てる機会なんて、そうそうない。深く考えられるとか、知能が優れているなんて言うけれど、それは見た目では分からないところだし、それ以外に獣人に勝てる、と胸を張れる事がなかっただけだから負け惜しみにも聞こえてしまう。
「ヒト族だから、僕から言えば断られるはずもない、僕よりいろいろ遅くて当然で、だから待っていてあげるのもしょうがない事なんだって。
獣人のヴォルフは、隣で一緒に歩いていたのにね」
一言をかみしめるように、それでもあまり間を置かないように次の言葉を紡ぐルークは、最初にわたしの事を見つめていた視線はそのまま。だから、わたしが頷いているのには分かっているはずなんだけど、それでも真剣な表情を崩したりしない。
「そう思っていた僕の、身勝手な謝罪だけど、どうしてもこれは伝えたかったんだ」
ごめん、と最後に頭を下げた体勢で動かなくなったルークをチラ見してから、ヴォルフがわたしにどうするのかと問いかけるような目線を寄越す。
もう、この話を始めた時点で私の答えは決まっていたのだ。ここまでしてもらって、それを焦らすような真似をしてもしょうがないだろう。
「いいわ、謝罪を受け入れましょう。
……ほら、これでわたしも傲慢なヒト族を見せてしまったわ。おあいこね」
あくまで、上から目線のように聞こえるようにと思っていたのだけれど、案外難しかった。ちょっとだけ気恥ずかしくなったのを隠すように、その後ついつい早口になってしまう。
ヴォルフが笑いをこらえるような顔をしていたから、隠せていなかったのだろう。
頭を上げたルークも、橙混じりの優しい色をした瞳を丸くしてきょとんとした顔になってこっちを見ている。
ひとつ咳払いをして、その場を仕切り直し、さっきまで上げていた指をもう一本増やして、最後の選択肢を示す。
「そうそう、今ならルークにもう一つ選択肢があるのだけれど、聞きたいかしら?」
「ほう、今までのよりもいい条件なんだろうな」
「当たり前じゃない。だって、わたし達と一緒に旅をしませんかってお誘いだもの」
ヴォルフが乗ってきたのは予想外だったけれど、ここで言ってもらえるならわたしにとっても都合がいい。
獣人だし、男性だからこの選択肢にルークが頷いたのなら、一緒に動く機会も増えるだろう。それならばこの場でいろいろ話しておくのがいいはずだ。幸いにも、今夜はこの小屋に飛び込んでくるヒトもいないようだし。
他に話を聞かれる心配もない、夜露も気にしなくてもいい。目の前には温かい飲み物。長い話をするにはうってつけだ。
「……いいの?」
「クマ族だから、とか謝ってくれたからじゃないわ。
わたし達は、ルークだから一緒に行きたいと思ったのよ」
たっぷりと空いた時間の後、ルークがようやくといった様子で絞り出した声は掠れていて。それはさっきまでたくさん話していたからではないような気がした。
「僕は、僕も二人と旅をしたい……!」
堰を切ったようにあふれ出る涙を拭いながら、告げてくれたその言葉に頷いたわたし達の姿は見えているだろうか。
止まる気配のない涙で滲んで見えていなくても、きっと大丈夫だろう。
そっと隣に寄り添って握った手とか、肩に置かれた手の温もりは感じているだろうから。
「これからよろしくね、ルーク」




