ドーランと、罠の改良
剣術というほど大層なものではなく、棍棒や短剣の扱い、獣の急所、逃げるべき時と戦うべき時の見極め方――ドーランの教えは、生き延びるための実践的な技術だった。
その日の稽古のあと、夕餉の席でドーランが珍しく愚痴をこぼした。
「……最近、獲物の掛かりが悪い」
「掛かり、というのは」
「罠に獲物が掛かる数だ。ここ数年で目に見えて減ってる」
「原因は?」
「わからん。森の奥に縄張り移した魔獣がいるとか、そういう噂もあるが……はっきりしねえ」
(――待てよ。これ、前に読んだ資料と似てる気がする)
誠二は箸を止めた。前世、地方の中小企業を回っていた頃、酒造メーカーの原料である米農家が猪や鹿の被害に悩んでいて、業務の合間に自治体の獣害対策資料を読んだことがあった。
「ドーランさん、罠はどこに仕掛けていますか」
「そりゃあ、獣道の真ん中だ。決まってるだろう」
「同じ場所に、何度も?」
「当然だ。一番獲物が通る場所なんだから」
「……ちょっと、見せてもらえますか」
翌朝、案内された罠の場所を見て、誠二は思わず唸った。
「これは……」
「どうした」
「人の匂いが、強く残ってます。それに、同じ場所を何度も使ってますよね」
「それがどうした」
「獣は賢いんです。同じ場所で何度も仲間が消えれば、警戒して近づかなくなります」
「はあ? 罠なんて、獣道のど真ん中に置くもんだろうが」
ドーランは腕を組んで首を傾げた。
「罠は、人の匂いを消してから仕掛けるものです。灰を体に擦り込むとか。それと、何か所か候補地を作って、順番に使い回してみませんか」
「……お前、猟師でもないのに、なんでそんなことを知ってる」
「昔、そういう仕事の資料を読んだことがあるだけです。実際にやったことはありません」
「半信半疑だが……まあ、お前の力の異常さは目の前で見せられてるからな。やってみるか」
灰を体に擦り込んで匂いを消し、罠を三か所に分散させ、順番に間隔をあけて使い回すようにしてみた。二週間後――
「セージ! おい、セージ!」
息を切らせたドーランが誠二を呼びに来た。
「掛かった、掛かったぞ! しかも三か所全部だ!」
「本当ですか」
「……大したもんだな、お前は」
ドーランはそう言うと、獲れたての肉を分けてくれた。
「これは、俺からの礼だ。それと――」
「それと?」
「お前、もう弟子扱いはやめだ。狩り、一緒に来い」
それ以降、狩りに同行させてもらうようになり、時には二人で酒を酌み交わしながら、互いの過去をぽつぽつと語り合う夜もあった。
「セージ、お前、故郷に何かあったのか」
「……もう若くない頃に、離婚しまして」
「そうか」
ドーランはそれ以上何も聞かず、ただ黙って誠二の杯を満たした。
(――こういう不器用な優しさ、嫌いじゃないな)




