組織壊滅と、救出された子どもたち
スラムでの子どもたちの連続失踪事件を受け、誠二たちはすぐさまラウド辺境伯グレイの館へと向かった。事情を説明されたグレイは、穏やかな表情を一変させ、領主としての鋭い眼光を宿した。
「人身売買の組織、ですか」
重々しく呟いたグレイは、腕を組んで深く頷いた。
「正式な訴えとして、私が動こう。役人の中に内通者がいるなら、なおさら、慎重に進める必要がある」
「私たちには、何ができますか」
「ゴルド君、君の縄張りの情報網を借りたい。表の役人には見えない動きを、探ってほしい」
「わかった。任せてくれ」
「セージ君は、いざというときの実行部隊だ。……君の頑丈さは、この際、大いに役立つだろう」
「はい、お任せください」
三者の思惑が、一つの目的のもとに重なった。グレイの権力、ボスの情報網、そして誠二たちの戦闘力。誠二は、これまでの出会いの一つ一つがこうして大きな力として繋がっていくことに、不思議な感慨を覚えていた。
(――一人じゃ、絶対にできなかった。皆の力があってこそ、だな)
それからの数日間、闇組織の足取りを掴むための周到な調査が始まった。
ゴルドの手下たちはスラムの裏路地や酒場に潜み、聞き込みを開始した。いつ、誰が、どのような路地で姿を消したのか。その時間帯と位置情報を誠二が羊皮紙の上へプロットしていくと、ある明確な傾向が浮かび上がった。
(誘拐が発生しているのはすべて、旧水路街の北側……廃棄された荷揚げ場の周辺だ。深夜、見張りの目が届かない時間帯を狙って連れ去り、水路を使って運んでいる可能性が高い)
さらに、バロン商会の番頭から入手した「最近の不自然な物資と奴隷身売り書類の流通データ」を誠二が前世のコンサル的思考で照合。偽造書類に捺印されていた特定の税関役人の印章を割り出し、グレイ辺境伯側の私兵部隊へ情報を共有した。
一方、ゴルドの手下たちがついに決定的な現場を押さえた。旧水路街の地下に存在する古い地下保管庫――そこが拉致された子どもたちを閉じ込め、偽造書類が整うまで一時隔離しておく「アジト」だと確定したのだ。
「決行は、三日後だ」
グレイの言葉に、誠二は静かに頷いた。その日の夜、誠二はトトに静かに告げた。
「トト、お前は、その日は宿から出るなよ」
「……わかった。危ないことは、しないでくれよな」
「約束はできませんが、無事には帰ってきます。これだけは、頑丈さのおかげで自信がありますから」
誠二は、努めて明るくそう言うと、トトの頭を軽く撫でた。決行の日まで、誠二は毎晩、治水工事の水路図面と同じように、アジトの見取り図と突入ルートを脳内に完璧に叩き込んでいた。
決行の夜。月明かりすら届かない薄暗い水路街の影で、緊張感が漂っていた。
誠二、ルチア、ノエルの三人――『カツカレーライス』と、ゴルド率いるスラムの精鋭たちがアジトの重厚な鉄補強の扉を取り囲む。同時刻、グレイの兵士たちは、内通していた腐敗役人の屋敷へと一斉踏み込みを開始していた。
「セージ、正面から行くぞ」
「はい!」
ゴルドの合図とともに、誠二は大盾を前に構え、その卓越した体幹と圧倒的な質量で重い扉へ身体ごと激突した。
ドゴォォンッ!!
ヒンジが吹き飛び、木屑と火花を撒き散らしながら扉が内側へと倒れ込む。
「な、なんだッ!? 敵襲――ガッ!?」
待ち構えていた武装用心棒たちの怒号が飛び交う。奥から大剣を掲げたならず者たちが一斉に襲いかかってきた。
「死ねやぁッ!」
ギラリと光る大剣が、誠二の首元へ容赦なく振り下ろされる。
金属の打撃音が激しく響き渡った。だが――
ガキィィンッ!!
「な……ッ!? 刃が……通らねえ……だと!?」
大剣は誠二の肌に傷一つつけることができず、逆に刃こぼれを起こして弾き返された。誠二は一歩も退かず、大盾を前方へ一気に押し出して男の体勢を崩す。
「ノエル、支援を頼む!」
「うんッ! ――『重圧の呪印』!」
誠二の背後からノエルが前に出る。胸のペンダントが青く脈動し、漆黒の魔導陣が部屋全体に展開された。ならず者たちの足元に重力に似た魔力の鎖が絡みつき、その動きが露骨に鈍重になる。
「さらに……『疾風の加護』!」
ノエルの緑の光がルチアを包み込む。
「感謝します、ノエル! ――逃がしません!」
風を纏ったルチアが影のように跳んだ。デバフで動きの止まった男たちの隙を逃さず、細剣の刃が閃光を描く。
シュババッ!
急所だけを的確に叩き、殺さず一瞬で無力化していく神速の剣技。誠二が絶対の防壁となって敵の攻撃をすべて無効化し受け止め、ノエルが戦場全体を支配し、ルチアが留めを刺す。
完璧なロール分担による圧倒的な連動に、組織の用心棒たちは恐怖に引きつった。
「ば、化物どもめ……! 引き下がれ、地下へ逃げろ!」
「後ろに続く子どもたちのために、おとなしくしていただきます!」
誠二が大盾で立ちふさがる敵を次々と押し潰し、一本道の地下通路を強引に突破していく。敵の突進も、放たれたボウガンの矢も、誠二の肉体にはただ虚しく弾け飛ぶだけだった。
「奥だ! 子どもたちが、まだ奥にいる!」
鉄格子で仕切られた最奥の地下室。その扉の鍵をルチアの鋭い一閃で破壊し、部屋へと飛び込む。
そこは湿っぽく冷たい石造りの部屋だった。部屋の隅には、太い鎖で繋がれた十数人の子どもたちが怯えたように身を寄せ合っていた。
「――大丈夫ですよ。もう、安全です」
誠二は真っ先に大盾を背中に担ぎ直し、無抵抗であることを示しながら、努めて穏やかで優しい声をかけた。ノエルも駆け寄り、抱きかかえるようにして震える子どもたちを励ます。
「こわかったよね……でもね、もう大丈夫。この人たちが助けに来てくれたからね」
誠二は腰の工具を取り出し、子どもたちの腕や足に嵌められた頑丈な鎖を丁寧に、一つずつ外していった。
「怖い思いをさせて、すみませんでした。もう心配いりませんからね」
一人ひとりに声をかけていく中、最奥の影に身を潜めていた「ふたり」の前に辿り着いた。
他の子どもたちとは、明らかに雰囲気の異なる容姿の姉妹だった。雪のように真っ白な髪、透き通るような白い肌、そして長く尖った耳。
(――エルフ、しかも、アルビノでしょうか)
姉と思われる少女が、自分よりも小さな妹を庇うように抱きしめ、鋭い警戒の光を宿した瞳で誠二を見上げている。
「……あなたは、誰?」
「セージと申します。もう、大丈夫ですよ」
「本当に……? また私たちを、どこか遠くに売り飛ばすつもりなんじゃ……」
「本当です。お約束します。君たちを傷つける者は、ここにはもう誰もいません」
誠二がまっすぐその目を見つめ、静かに温かく告げると、少女はしばらく誠二の表情をじっと伺っていたが、やがてふっと肩の力を抜いた。
「あなた……嘘、ついてなさそう」
「嘘は苦手でして」
誠二が苦笑交じりにそう答えると、緊張が解けたのか、姉の後ろから顔を出した妹の方が、初めて小さく「ふふっ」と微笑んだ。誠二は優しく二人の頭にそっと手を置いた。
(――この子たちも、放っておけませんね)
こうして闇組織は完全に壊滅し、捕らえられていた子どもたちは全員、無事に救出されたのだった。
拙作、お読みいただきありがとうございます!
まだ試行錯誤してますので改稿する可能性があります。
よろしくお願いいたします。




