姉妹の面倒と、三年の町暮らし、そして旅立ちの決意
闇組織の手から救出された子どもたちは、グレイ辺境伯の私兵部隊や孤児院の手によって、それぞれ元の家族や安全な保護先へと引き取られていった。だが、あの白い髪を持つエルフの姉妹――姉のミアと妹のレアだけは、行き場が定まらないままでいた。
「あの子たち、故郷は分かっているのでしょうか?」
誠二が孤児院のシスターに尋ねると、シスターは申し訳なさそうに困った顔を浮かべた。
「詳しいことは、本人たちもよく覚えていないようでして……。言葉もつたないうちに連れ去られたのかもしれません。ただ、自分が『特別な場所』から来たことだけは、かすかに覚えているようなのですが……」
「それまで、俺たちが預かってもいいですか」
「セージさんが、ですか?」
「はい。……なんとなく、放っておけなくて」
誠二がそう言うと、シスターは安助したように優しく目を細めた。
「あなたらしいですね。あの子たちも、セージさんになら安心して心を許せるはずです」
その日から、姉妹は誠二たちの拠点の部屋に、当たり前のように顔を出すようになった。
「セージ、今日は何するの?」
「今日は、行商と商人ギルドの手伝いだよ」
「わたしも行く!」
「あたしも行くー!」
姉のミアと妹のレアは、いつの間にか誠二の後をついて回るようになっていた。誠二は毎日の仕事の合間を縫って二人の世話を焼き、ルチアはお姉さん役として礼儀や生活の知恵を教え、ノエルは二人の大好きな遊び相手となった。
(――女神様。子どもたちの救出は無事に終わりましたが、これも『救済』のオマケの範囲内なんですかね)
誠二は、ふたりの無邪気な笑顔を見ながらそんなことを考えて、一人で苦笑いした。
トトのスリ未遂から始まり、井戸掘り、河川の治水工事、そして人身売買組織の壊滅――。
誠二がこのリゼンド王国の辺境都市リゼルダに来てから、気づけば『三年』という歳月が流れていた。
誠二が提案したコンサルティングの手法と、ゴルドたちスラムの住人、バロン商会、そしてグレイ辺境伯の三者が一体となった改革により、スラムの街並みは見違えるように整備された。新設された『職業訓練所』からは多くの若者が職人や商人として巣立ち、かつての危険な貧民街は、いまや活気あふれる『新開発区』としてリゼンド王国の流通経済の一翼を担うまでになっていた。
「セージ兄ちゃん! 今日の商談も一緒に行くからね!」
「ミアお姉ちゃんの言う通り! わたしが荷物持つ!」
すっかりこの町に馴染み、少し背の伸びたミアとレアは、より一層誠二に懐いていた。だが、誠二は日常の業務の傍ら、決して二人の故郷探しを諦めてはいなかった。
バロン商会の持つ広域交易ルートや、冒険者ギルドに持ち込まれる大陸各地の風聞文書を地道に照合・分析し続けた結果、誠二はある一つの結論に達した。
「二人の故郷……おそらく、我がリゼンド王国の北東に隣接する『エルヴェン教国』の領内だ。広大な森林と魔法を司るあの教国には、人間社会と一線を画すエルフの特別自治区が存在する。アルビノの希少な特徴を持つ血族の記録も、教会の古い資料に残っていた」
バロン商会の事務所で羊皮紙の大陸地図を広げ、誠二が指で北東の国境線をなぞる。
「セージ、お前……あの子たちを、わざわざ北東のエルヴェン教国まで送っていくつもりか?」
煙草の煙をくゆらせながら、バロンが探るような目で問う。誠二は迷いのない目で静かに頷いた。
「はい。この町での生活も居心地がよく、スラムの復興プロジェクトも軌道に乗りました。ですが、あの子たちには、本当の意味で帰るべき家族と場所があるはずです。それを放置してここで暮らすのは、俺の流儀に反します」
「ハッ、相変わらずお前は、そうやって自分から面倒事に首を突っ込むんだな」
「前世からの……いえ、昔からの悪い癖なんです」
誠二は苦笑いしながら、北東への長旅に向けた準備を着々と進めていった。
そして、ついに訪れた旅立ちの日。
リゼルダの町の北門には、誠二たち『カツカレーライス』の新たな船出を見送るため、あふれんばかりの人々が集まっていた。
「セージ兄ちゃん、本当にいっちゃうんだね……。俺、セージ兄ちゃんに教えてもらったこと、絶対に忘れないから! もっと強くなって、このスラムを守るからさ!」
トトが涙をこらえながら力強く拳を握りしめると、ゴルドがその頭をぽんと叩き、不敵な笑みを浮かべて誠二に向き合った。
「おいセージ。どこへ行こうが、お前らのホームグラウンドはいつでもここだ。困ったことがあれば、いつでもスラムの連絡網を使え」
「グレイ様からも、くれぐれも道中気をつけてと厳重な手配書と通行証を預かっております。北東のエルヴェン教国は森林と魔法の国ですが、他国に対して排他的な風潮も強いと聞きます……どうか、お気をつけて」
グレイ辺境伯の使者や孤児院のシスター、鍛冶屋の親方や食堂の亭主たちも、口々に温かい餞別の品と激励の言葉を贈ってくれた。
「みんな、本当にありがとうございます。……この町で過ごした三年間の恩は、一生忘れません。必ず、また戻ってきます」
誠二は深く頭を下げ、万感の思いを込めて感謝を口にした。
隣には、流麗な細剣を手入れし静かに佇むルチア。胸のEランク銅プレートを誇らしげに輝かせ、気合十分のノエル。そして、誠二の両手をしっかりと握りしめるミアとレア。
農耕と流通の安定したリゼンド王国に別れを告げ、誠二たちは幼い姉妹の故郷――北東の『エルヴェン教国』を目指し、新たな旅路へと足を踏み出したのだった。
拙作、お読みいただきありがとうございます!
まだ試行錯誤してますので改稿する可能性があります。
よろしくお願いいたします。




