孤児院と、院長の悩み
「セージさん、俺のいた孤児院、一回、見に来てくれよ」
スラムの治水工事が一段落し、町が活気を取り戻し始めたある日のこと。少年トトが少し照れくさそうに誠二を誘ってきた。
「院長に、お礼、言いたいんだ。あの人がいなきゃ、俺、もっと早くに野垂れ死んでた」
「いいのか、俺なんかが行っても」
「いいに決まってるだろ。セージさんのこと、俺、いつも自慢してるし!」
トトに案内され、誠二はノエルとルチアを伴ってスラムの外れにある孤児院を訪れた。古びてはいるものの、周囲の雑多なスラム街とは異なり、隅々まで丁寧にお手入れが行き届いた温かみのある建物だった。
「あら、トト。……そチラの方は?」
出迎えたのは、修道服を纏った柔らかい物腰の女性――シスターだった。
「セージさんだよ。俺のこと、助けてくれた人!」
「まあ……! 噂には聞いておりました。あの井戸を掘り、川の氾濫を防いでくださった方ですね」
「セージです。お世話になりました、トトのことで」
誠二が挨拶すると、シスターは感極まったように深々と頭を下げた。その凛とした所作には、長年このスラムで子どもたちを守り続けてきた苦労と優しさが滲み出ていた。
「トト、元気そうで何よりです。黙って出て行ってしまったので、どれほど心配したか……」
「……悪かったよ。でも、俺、セージさんたちと出会えて本当に良かったんだ」
照れくさそうに頭をかくトト。誠二たちは、その二人のやり取りを温かい気持ちで見守っていた。
院内を案内してもらったあと、子どもたちが庭で元気に遊ぶ姿を眺めながら、シスターが寂しげに表情を曇らせ、静かに切り出した。
「セージさん、少しお時間よろしいですか。……実は、ずっと悩んでいることがありまして」
「どのようなことでしょう」
「この子たちが大きくなったとき、どこにも行き場がないのです。ここでは読み書きや簡単な計算を教えていますが、それだけでは、この街でまともな仕事にありつくのも難しくて……」
院内には、様々な年齢の子どもたちがいた。ひらがなや数字を学ぶ幼い子から、そろそろ働ける年頃の少年少女まで。
「トトのように、生きていくために悪い大人に拾われてしまう子も、後を絶ちません。……何とかしてやりたいのですが、私一人の力では、これ以上のことができなくて」
シスターの悲痛な言葉に、誠二は思わず腕を組み、深く考え込んだ。
(――教育と雇用のミスマッチか。インフラを整えても、次の世代が自立できる仕組みがなければ、スラムはいつまで経っても根本的には解決しない。……これも、絶対に放っておけないやつだな)
「シスター。この子たちに、具体的に何を身につけさせたいですか?」
「生きていくための、確かな技術です。机の上の勉強だけでなく、社会に出て自分の足で立つための『手に職』をつけさせてやりたいのです」
「それなら――いくつか、心当たりがあります」
誠二の脳裏に、この町で出会った信頼できる人々、そして自立した職人や商人の顔が次々と浮かんでいった。
数日後。誠二は鍛冶屋、食堂の亭主、バロン商会、さらには冒険者ギルドへと足を運び、一つの画期的な提案を持ちかけていった。
「孤児院の子どもたちに、短期間の『職業体験』をさせてもらえませんか? 将来、正式な弟子や使用人として引き取ってもらえる可能性も含めて仕組み化したいんです」
「セージさんの頼みなら、断る理由がねえな!」
鍛冶屋の主人は、豪快に笑ってあっさりと頷いた。
「若い手は、いつだって欲しいからな。筋が良さそうな奴がいれば、俺が責任を持って一人前に育ててやるよ」
誠二が以前レシピを教えて大繁盛している食堂の亭主も、二つ返事で了承してくれた。
「うちも、あの餃子のおかげで連日大繁盛だ。仕込みや給仕の手はいくらあっても足りねえよ。真面目な子なら大歓迎だ!」
バロン商会でも、番頭が乗り気な様子を見せた。
「読み書きや数字が少しでもできる子がいれば、即戦力候補として俺の下で仕込みたいくらいですよ。商人のいろはを叩き込んでみせます」
「冒険者ギルドでも、体力に自信のある子なら、薬草採取や街の簡単な雑用依頼から慣れさせられるかもしれませんね」
冒険者のリナ達のパーティや、同行していたルチア、ノエルもそれぞれの視点から知恵を貸してくれた。
集まった協力の申し出を取りまとめ、誠二は再び孤児院を訪れ、シスターに報告した。
「みんな、快く引き受けてくれました。定期的に子どもたちを職場体験に送り出し、適性を見ながら弟子入りできる『徒弟制度の仲介システム』を作れたと思います」
「そんな……そんな夢のようなことが、できるのですか……!?」
シスターは信じられないといった様子で目を見張り、ポロポロと涙を溢れさせながら、誠二の手を両手で強く握りしめた。
「ありがとうございます、セージさん……! 本当に、ありがとうございます……!」
「私一人の力じゃありませんよ。スラムを変えようとするみんなが、協力してくれたおかげです」
誠二は謙遜しながらも、確かな手応えと達成感を胸に噛みしめていた。
(こうやって一つずつ、人と人を繋いで輪を広げていく。これが本当の復興なんだな)
廊下の隅から、子どもたちが興味津々な様子でこちらを覗き込んでいた。誠二は、その小さな瞳の一つ一つに、これからの未来と無限の可能性が確かに宿っているのを感じていた。
拙作、お読みいただきありがとうございます!
まだ試行錯誤してますので改稿する可能性があります。
よろしくお願いいたします。




