ノエルの救済と、誓いの『カツカレーライス』
治水工事の歓声が遠のいた夕刻。誠二はグレイ辺境伯から授かった小さな木箱を手に、スラムの奥にある拠点の小部屋へと急いだ。
部屋のベッドには、身体を痛ましげに丸めた少女――ノエルが横たわっていた。その肌には、悪夢のような漆黒の呪印が痛々しく浮かび上がり、呼吸を浅く乱している。
「セージ……戻ったの……?」
「ああ、ただいまノエル。……よく耐えてくれたね。これを試してみよう」
誠二は木箱を開け、中から深みのある銀色のチェーンと、青く静謐な光を放つ魔石が嵌め込まれたペンダントを取り出した。ラウド辺境伯家に代々伝わる『抑魔と呪詛の封じ』の魔導具だ。
誠二がそっとノエルの首にペンダントをかけると、瞬時に澄んだ魔力の波動が部屋を満たした。
「あ……っ……」
ノエルが小さな声を漏らす。ペンダントの青い光が脈動するように明滅すると、彼女の首元や腕に浮き出ていた禍々しい黒い紋様が、まるで引き潮のようにスーッと薄くなり、体内へと鎮まっていった。荒かった呼吸が次第に穏やかになり、青白かった頬にほんのりと朱が差していく。
「体が……軽くて……温かい……。あの嫌な痛みが、全然しないよ……っ」
「よかった……! 本当によかった……!」
安堵のあまり胸を撫で下ろす誠二の横で、様子を見守っていたルチアもまた、感極まったように目元を拭った。
数日後。体調がすっかり回復したノエルを伴い、誠二とルチアはリゼルダの町の冒険者ギルドへと足を踏み入れた。ノエルは誠二の服の裾をぎゅっと掴みながら、少し緊張した面持ちで賑わうギルドホールを見回している。
「大丈夫よ、ノエル。呪いが抑えられている今のあなたには高い魔力適性があります。私たちがしっかりサポートしますからね」
ルチアの言葉に背を押され、受付カウンターへ向かうと、職員が手際よくノエルの登録手続きを進めてくれた。手渡された鉄製のプレートを、ノエルは両手で大切そうに受け取る。
「適性属性は『古代魔導・補助』……新人としては非常に珍しい属性です! はい、こちらがノエルさんのギルドプレートになります」
「私……ただ守られるだけの存在になりたくないの。二人と一緒に、この世界を見て回りたい……!」
力強く言い切ったノエルの瞳を見つめ、誠二は優しく微笑みかけた。
「よし。じゃあノエル、俺たちと正式に『パーティ』を組んでくれるかい?」
「――ッ! うんっ! 私、セージたちのパーティに入りたい……っ!」
弾けたようなノエルの笑顔に場が和らぐ中、受付の女性職員がペンを手に笑顔で尋ねてきた。
「それでは、三人での正式な『パーティ登録』を行いますね。パーティ名を決定していただければ、クエストの受注もスムーズになりますよ。お名前はどうされますか?」
「パーティ名、か……」
誠二は顎に手を当てて思案した。
「セージの故郷の言葉(日本語)の名前とかでも、私、すごく嬉しいな!」
ノエルの無邪気な言葉に、誠二の脳裏に激しい雷が落とされたかのような衝撃が走った。
(――俺の故郷の言葉。前世の日本の記憶。俺がこの異世界で泥に塗れ、土を掘り、治水工事までやって……それでもずっと心の底から求めてやまなかった『あの味』……!)
サクサクに揚がった豚カツの歯ごたえ。芳醇でスパイシーなカレールーの香り。炊きたての白いご飯との絶妙なハーモニー。肉とパンだけの味気ない食事に耐え続けてきた誠二にとって、それはまさに「究極の夢」だった。
(いつか小麦粉とスパイスを集め、米を探し出し、豚肉を揚げて絶対につくってみせる……! それにもし、この異世界のどこかに『同じ地球からの転生者』がいたとしたら――この名前を聞けば絶対に反応するはずだ!)
前世への熱い情熱と秘めた野望を瞳に宿し、誠二は拳を固く握り締めて叫んだ。
「パーティ名は――『カツカレーライス』だ!!」
「「……はい?」」
受付カウンターに、シンと静まり返るような静寂が訪れた。
「カツ……カレー……ライス……? セージ、それは一体どういう意味の言葉なのですか? どこか東方の古代語でしょうか……?」
ルチアが首をかしげて尋ねる。誠二は熱く拳を握りしめた。
「ああ! 俺の故郷に伝わる『至高の勝利をもたらす奇跡の料理』の名前だ! サクサクの衣を纏った肉と、黄金のスパイス、そして輝く白銀の米が一体となった至福……! 俺がこの世界で絶対に再現し、死ぬまでに食べたいと誓った夢の料理なんだよ!」
「至高の……勝利をもたらす奇跡の料理……!?」
誠二の熱弁に、純粋なノエルが「凄そう……!」と目を丸くして感動している。
「なんだか分からないけれど、セージの熱い想いがすっごく伝わってくるよ! 私、その『カツカレーライス』って名前、すごく好き!」
「ええっ!? ノエル、本当にそれでいいのですか!?」
慌てるルチアを余所に、誠二はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
(ふふふ……この異世界で『カツカレーライス』という名前が有名になれば、もし他の転生者が耳にした時、『なんだって!? 転生者がいるのか!?』と一発で気づくはずだ。最強の合言葉兼ネーミングだぜ……!)
「ルチア、名前なんてものは自分たちの目標が詰まっていればいいんだ。俺たちの目標は冒険者として世界を旅する、そしていつか三人で平和に美味い『カツカレーライス』を食べることだ。悪くないだろう?」
誠二の自信満々な笑顔に、ルチアは呆れたように深いため息をついたが、唇の端を柔らかく緩めた。
「……はあ。あなたという人は……。ですが、セージがそこまで情熱を注ぐ料理なら、いつか食べてみたいものですね。分かりました、反対はしません」
「決まりだな! 受付さん、『カツカレーライス』で登録をお願いします!」
「あ、はい……! パーティ名『カツカレーライス』様、たしかに承りました……!」
こうして、世にも奇妙で、しかし前世の熱い誓いと絆が込められた新パーティ『カツカレーライス』が誕生したのだった。
拙作、お読みいただきありがとうございます!
まだ試行錯誤してますので改稿する可能性があります。
よろしくお願いいたします。




