グレイ辺境伯
数日後。指定された日時に合わせ、誠二とボス、そして状況の付き添いとして同行を申し出たルチアの三人は、街の一等地に位置する貴族街へと向かっていた。
案内された場所に建っていたのは、堅牢かつ洗練された石造りの大門と、広大な庭園を擁する壮麗な大邸宅だった。
「セージ、これ……ただの屋敷じゃねえよな」
普段は物怖じしないスラムのボスでさえ、敷地のスケール感と厳重な警備兵の眼光に気圧され、声を潜めた。
「そうですね……想像以上の大邸宅です」
誠二が生唾を飲み込んで呟くと、横を歩くルチアの顔色が途端に青ざめた。元貴族である彼女の目は、門扉に掲げられた深紅の紋章――一頭の雄獅子と剣をかたどった意匠をしっかりと捉えていた。
「セージ……まさか、ここって……っ!」
「ルチア? どうした?」
「この紋章……ラウド辺境伯家の『獅子剣紋』よ! この地方一帯を統べる、大貴族の居城……!」
「えっ……?」
誠二とボスが固まっていると、門扉が重々しい音を立てて開いた。威厳ある正装に身を包んだ老執事が恭しく一礼し、三人を出迎える。門番や執事の洗練された所作は、誠二たちが持参した招待状が本物であることを証明していた。
案内された絢爛豪華な応接広間で待っていたのは、上質な正装に身を包んだあの老紳士――グレイだった。しかし、その周囲に控える従者や騎士たちのピンと張り詰めた態度は、彼が只者ではないことを雄弁に物語っていた。
「やあ、よく来てくれたね。……ほう、そちらのお嬢さんは、あの『氷華』のルチア君かい。噂は耳にしているよ」
グレイは初対面となるルチアへ穏やかに目を向けると、いつもの柔らかな笑みを浮かべ、三人を出迎えた。ルチアは元貴族としての礼儀を思い出したように、緊張した面持ちで綺麗な一礼を返す。
「グレイさん……これは、一体どういうことですか」
誠二がたまらず尋ねると、グレイは静かに椅子から立ち上がり、胸に手を当てて優雅に一礼してみせた。
「改めまして、名乗ろうか。私の名は、グレイ・フォン・ラウド。このラウド辺境伯領を治める主――辺境伯だ」
「――は?」
誠二とボスは、示し合わせたように同時に素頓狂な声を上げた。隣でルチアだけが「やっぱり……!」と青ざめて息をのんでいる。
「セリオン村も、このリゼルダの町も、すべて私の領地だよ。……ふふ、いつも居酒屋で飲んだくれてる、ただの物好きな老人だと思っていただろう?」
「ま、まあ……その、はい。まさかこの領土のトップだったなんて……」
「ハハハ、それでいいんだよ。素性を隠して街に繰り出すのは、私の半ば趣味みたいなものだからね」
「趣味、ですか……?」
呆然とする誠二に、グレイ改めラウド辺境伯は悪びれる様子もなく、悪戯っぽく肩をすくめた。
「ああ。辺境伯なんて大層な肩書きを背負っていると、周りは皆かしこまって、誰一人として本当の本音を話してくれなくなる。だが、ただの物好きな老人でいれば、街の噂や庶民の本音が、素のままの形で耳に入ってくるのだよ」
そう語るグレイの表情には、一領主としての鋭い眼光と、変わらぬ親しみが同居していた。
「それにしても、君たちの話はどれも実に興味深かった。特に……セージ君、君が以前酔った勢いで口にしていた、あの『女神様』の話などはね」
「――ッ!?」
誠二は思わず息を呑み、全身の血が引くのを感じた。
(待て……俺、居酒屋でそんなことまで口滑らせてたのか!? 前世で女神にチート能力を断って『規格外のステータス』を押し付けられた、あのバカみたいな内緒話を!?)
「あれは本気で言っていたのか、それともただの酒の席の酔狂だったのか……。まあ、今はどちらでもいいのだがね」
グレイは愉快そうに目を細めたが、誠二の冷や汗は止まらなかった。冷や汗を流しながら、誠二はこれまでの何気ない居酒屋での会話の一つ一つを、頭の中で必死に思い返していたのだった。
(――道理で、妙に落ち着いた圧倒的な貫禄があると思ったよ……!)
拙作、お読みいただきありがとうございます!
まだ試行錯誤してますので改稿する可能性があります。
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