井戸掘り、湧水まで
老紳士グレイから受け取った潤沢な資金を元手に、鍛冶屋の主人が丹精込めて作り上げた『複合滑車』が、ついに完成した。
誠二はすぐさまスラムの拠点へと戻り、ボスの手下たちや集まった住人たちを前に、広場で井戸掘り計画の説明を始めた。
「みんな、今日から新しい井戸掘りを始める! 今までよりずっと深く掘るから骨が折れる作業になるが、ここまで深く掘れば、間違いなく澄んだ安全な水が出る!」
「お、おいセージさん……深く掘るって言ったって、土砂を持ち上げるだけでも大変だぞ? 本当に俺たちだけでできるのか?」
「心配いりません。これを組み込みます」
誠二が広場のやぐらに設置した特注の複合滑車とロープを指さすと、手下たちは首をかしげた。誠二は実際に大きな石を詰め込んだ木箱を用意し、滑車のロープを自分で軽く引いてみせた。
木箱は、誠二が片手で引くだけで、スルスルと軽快な音を立てて持ち上がっていく。それを見た手下たちは、驚きで目を丸くした。
「す、すげえ! なんだこれ、全然力がいらねえじゃねえか!?」
「これが動滑車と定滑車を組み合わせた仕組みです。力学的に必要な力が数分の一に減っています。仕組みさえ分かれば誰でも扱えますよ。あとは……皆さんの根気と体力だけです!」
「やるぞ! これなら俺たちでも掘れる!」
広場に活気が弾けた。体調が随分と持ち直した少年トトも、小さな手で木桶を抱え、目を輝かせて駆け寄ってきた。
「セージさん! 俺も土運ぶのお手伝いする!」
「トト、病み上がりなんだから無理するなよ?」
「大丈夫だよ! 俺も、スラムの役に立ちたいんだ!」
「……ありがとう。じゃあ無理のない範囲で頼むな」
一生懸命に土を運ぶトトの健気な姿に、誠二は思わず目を細めた。前世の社畜時代には味わえなかった、泥臭くも温かい『全員で一つの目標に向かう連帯感』が、胸の奥を熱くする。
(――こういう光景、悪くないな。皆で力を合わせて何かに取り組む感じ、久しぶりだ)
「セージ、お前……本当にただの冒険者なのか? 道具の扱いといい、仕切り方といい、やけに手際がいいじゃねえか」
汗をぬぐいながら掘削作業を見守っていたボスが、呆れたように、だが感心した様子で話しかけてきた。
「昔、人をまとめたり現場を管理する仕事をしていたので、こういう手順には少し慣れているんです」
「現場管理だあ……? 相変わらず変な言葉を使う奴だな」
誠二は曖昧に苦笑いを浮かべつつ、自らもショベルを手に取り、手下たちと一緒に土を掘り進めた。スラムの暗く淀んでいた雰囲気が、確実に変わり始めていた。
作業を開始してから十日ほどが経った頃。井戸掘りは最大の壁に突き当たった。地下深くで、硬く分厚い岩盤層にぶち当たってしまったのだ。
「セージさん、駄目だ! ツルハシが弾き返される! 全然太刀打ちできねえ!」
手下たちが息を荒らして頭を抱えていた。ここで諦めれば、これまでの苦労が水の泡になってしまう。
「……俺に貸してください」
誠二は作業用ツルハシを受け取ると、穴の底へと下り立った。前世の知識で計算すれば、この岩盤のすぐ下に水脈があるはずだった。
(よし……やるか)
誠二は深く息を吸い込み、自身に備わった「規格外のステータス」に意識を集中させた。ツルハシを固く握り締め、全身の筋力を乗せて一気に振り下ろす。
――ゴォンッ!!
雷鳴のような爆音が穴底に響き渡った。一撃で分厚い岩盤に巨大な亀裂が走り、二撃、三撃と誠二が容赦なく打ち込み続けると、手下たちが束になっても歯が立たなかった岩盤が、蜘蛛の巣状に砕け散っていった。
「な……なんだあの馬鹿力は……!?」
「あの兄ちゃん、ただの学者タイプじゃなかったのかよ……!」
上からのぞき込む手下やボスが目を点にする中、誠二が最後の力任せにツルハシを打ち抜いた瞬間――
――ドシャァッ!!
砕け散った岩盤の底から、勢いよく澄み切った水が噴き出してきた。
「――出た! 水だ! 水が湧いてきたぞ――っ!!」
穴の上から割れんばかりの歓声が爆発した。誠二は湧き出る水に手を浸し、その冷たさを確かめた。
「冷たい……! それに、濁りも匂いも全くない、綺麗な地下水です!」
「やった……! セージさん、やったぞ――っ!」
トトは跳ね回るようにして喜び、ボスの手下たちも互いの肩を叩き合って叫んでいる。手や顔を泥だらけにした誠二は、冷たい水の手触りを感じながら、心地よい達成感が満ちていくのを噛みしめていた。
拙作、お読みいただきありがとうございます!
まだ試行錯誤してますので改稿する可能性があります。
よろしくお願いいたします。




