資金の壁
「――というわけで、資金がどうしても足りません」
スラム街の奥深くに置かれたマフィアの拠点。陽の差し込まない薄暗い部屋で、誠二は机の上に一枚の羊皮紙を広げ、正直に事情を切り出した。
羊皮紙には、鍛冶屋で書いてもらった『特殊滑車』の構造図と、それに伴う鉄材・加工費の見積もり、さらに井戸掘りに必要な足場資材や補強材の概算費用がびっしりと書き込まれていた。
部屋の奥、使い古された革の椅子に深く腰掛けていたボスの男は、差し出された紙を手に取ると、刻まれた数字をしばし睨みつけた。それから、苦々しげに太い眉をひそめて豪快に唸った。
「……おいおい、正気かよ兄ちゃん。これだけの額、うちにゃあ逆立ちしたって出せねえぞ」
「やはり、厳しいですか」
「当たり前だろ。俺たちがやってんのは、スラムの汚ねえ裏仕事で食いつないでるようなカツカツのシノギだ。身内の食いぶちを稼ぐので精一杯なんだよ。金金金……こんな大金、どこを叩いたって出てきやしねえ」
ボスは苛立ちを隠せない様子で、コンと拳で木製のテーブルを軽く叩いた。
誠二は肩を落としつつも、前世での営業コンサル時代に培った粘り強さを発揮して喰らいついた。
「ボス、他に何かあてはありませんか? スラムの顔役として、闇の金融ルートとか、協力してくれそうな商人とか……」
「あるわけねえだろうが。冷静に考えろ、ここはスラムだぞ? 金を貸す奴が一番求めるのは『返済の確実性』だ。こんなドブ捨て同然の場所に、見返りもなしに金を貸す物好きなんてこの街のどこを探したっているはずがねえ」
ボスの言い分はぐうの音も出ないほど正論だった。ビジネスの観点から見れば、利益を生む見込みのないスラムのインフラ投資に資金を出す人間など存在しない。
誠二は腕を組み、深いため息をつきながら頭の中で高速で電卓を弾いた。
(――行商ルートの改善で商人ギルドから受け取った報酬と、これまでの冒険者としての手持ちの蓄えを全部突っ込んだとしても……ダメだ、必要額の半分にも届かない。ルチアに借りるか? いや、彼女は元貴族としての複雑な立場もあるし、これ以上個人的な負担をかけるわけにはいかない……)
詰みかけている現状に、誠二は思わずこめかみを押さえた。
それを見たボスは、煙草の煙をふうっと天井に向けて吐き出すと、少しだけ表情を柔らかくして語りかけてきた。
「セージ、お前がそこまで気に病むことじゃねえんだよ。ここは最初から見捨てられた場所で、俺たちはそうやって生きてきた。綺麗な水が飲めないのも、病気で人が倒れるのも、このスラムじゃ『当たり前の日常』なんだ」
「……そうやって諦めるのが、日常だからですか」
「そうだ。綺麗事じゃ腹は膨らまねえ。お前は通りすがりの冒険者なんだから、首を突っ込むのも程々にしときな」
「嫌です。そう簡単に、諦めたくありません」
誠二の即答に、ボスは目を丸くして意外そうな顔をした。
前世でもそうだった。理不尽な予算削減や不可能なプロジェクトに直面したとき、周りが「無理だ」と匙を投げても、誠二は泥臭く解決策を探し続けてきた。目の前で病に倒れる子どもたちや、絶望に沈むノエルの顔を知ってしまった以上、コストの問題だけで撤退する選択肢は誠二にはなかったのだ。
「……へッ、頑固な奴だな、お前は」
「よく言われます。前世――昔から、一度やると決めたプロジェクトは最後までやり遂げないと気が済まない性分でして」
「前世だかなんだか知らんが……呆れた執念深さだぜ」
ボスは苦笑しながら後頭部を掻いた。そこへ、拠点の扉が細く開き、体調がいくらか持ち直したトトが顔を覗かせた。誠二の姿を見つけると、ぱっと表情を明るくして小さな手を振ってくる。誠二も優しく微笑み返した。
「……トトの奴も、お前のこと随分と懐いてるからな。命の恩人だって言ってよ」
ボスはトトの姿を一瞬だけ愛おしそうに見つめると、深く大きな溜息を吐き出した。
「そこまで言うなら、もう少しだけ、俺も闇ルートのツテを当たって知恵を絞ってみるか。期待はすんじゃねえぞ」
「ボス……ありがとうございます!」
誠二は深々と頭を下げた。
だが、ボスの言葉通り、状況が厳しいことに変わりはない。明確な資金の目処は、まだ何一つ立っていなかった。
(――技術はある。協力者もいる。あとは……この巨大な『お金』の壁をどう突破するかだ)
薄暗い拠点をあとにしながら、誠二は今夜もまた、あの居酒屋へ足が向かうのを感じていた。
拙作、お読みいただきありがとうございます!
まだ試行錯誤してますので改稿する可能性があります。
よろしくお願いいたします。




