鍛冶屋と、滑車の相談
老紳士グレイとの不思議な出会いから数日後。誠二は街の職人街に足を運んでいた。
目指すは、以前にも少し世話になった頑固一徹なベテラン職人が営む、町の鍛冶屋である。
カンコン、と威勢のいい金属音が打ち鳴らされる熱気に満ちた工房の暖簾をくぐると、奥から褐色の肌に無数の擦り傷を刻んだ巨大な男――鍛冶屋の主人が現れた。太い腕を組み、煤に汚れた顔で誠二を睨みつける。
「深い井戸用の滑車あ? そんなもん、今まで作ったことねえな」
誠二が持ちかけた打診に対し、主人は太い眉をひそめて渋い顔をした。
「今まで作ってきた滑車じゃ駄目なんです。スラムで安全な水を確保するには、何十メートルも下の地層まで垂直に掘り進める必要があります。そこから大量の土砂や岩を引き揚げるには、普通の滑車じゃ大人数で力任せに引っ張るしかなくて効率が悪い。俺が欲しいのは、普通の滑車より『もっと大きな力を、小さい力で出せる道具』なんです」
「言うのは簡単だがな、兄ちゃん……」
主人は呆れたように肩をすくめた。
「重いものを持ち上げるにゃ、それ相応の力と人数が要る。それがこの世界の道理だ。魔法使いくらい連れてこなきゃ、力仕事の道理は変わらんぞ」
「いいえ、魔法を使わなくても、物理的な組み換えで解決できます。複数の滑車を組み合わせて使えば、力学的に少ない力で、何倍もの重さを持ち上げられるはずです」
「り、きがく……? なんだそりゃ」
「言葉で説明するより、絵で見せた方が早いですね。……少し板を借りてもいいですか?」
誠二は工房の隅に転がっていた木切れと黒炭を拾い上げると、滑らかな木の表面にすらすらと図を描き始めた。
前世の社会人時代、設備系のコンサルタント案件やDIYの知識として頭に叩き込んでいた『定滑車』と『動滑車』を組み合わせた複合滑車の構造図である。
「いいですか。天井に固定されたこの滑車(定滑車)は、引っ張る方向を変えるだけの役割です。ですが、この紐の途中に吊り下げたもう一つの滑車(動滑車)――これに重りを取り付けると、二本の紐で重量を分散して支えることになります。つまり、引っ張る人間が負担する力は、単純計算で『半分』になるんです」
「な……なに……!?」
鍛冶屋の主人が、身を乗り出して黒炭の描かれた木板を食い入るように覗き込んだ。職人としての長年の勘が、その図面の異質な完成度を瞬時に察知していた。
「さらに、この動滑車と定滑車を二重、三重に組み合わせれば、必要な力は三分の一、四分の一に減っていきます。引き揚げる紐の長さはその分増えますが、スラムの子どもや女性の力でも、何十キロもの土砂を軽々と引っ張り上げられるようになるはずです」
「……こいつは」
主人は大きな手で顎髭を撫で回しながら、唸り声を上げた。目には職人特有の熱い興奮が宿り始めている。
「面白いな……! 単純な理屈だが、こんな仕組み、うちの国じゃ聞いたこともねえぞ! 紐のかけ方と回転軸の強度さえしっかり計算すれば、確かに機能する……! よし、乗ったぜ兄ちゃん! その滑車、俺が作ってやる!」
「本当ですか! ありがとうございます!」
誠二は胸を撫で下ろした。まずは技術的なハードルが一つクリアされたのだ。
だが、喜びも束の間、主人が意地悪そうにニッと笑いながら太い指を突きつけてきた。
「ただし! 材料費と鍛造代は別だぞ。俺も職人だ、いくら面白い設計図でもタダ働きで腹は膨らまねえからな」
「……っ、もちろんです」
提示された見積金額を頭の中で計算し、誠二の表情がわずかに引きつった。
前世でプロジェクトの積算を行っていた頃の嫌な感覚が蘇る。特殊な強度を持つ鉄材と軸受用の真鍮加工が必要なため、想像以上に高価な金額となっていた。
(鍛冶屋の提示額だけでこれか……。掘削道具の買い出しや足場の資材費を合わせたら、手持ちの資金じゃまるで届かないぞ)
誠二の頭の中で、またしても「資金繰り」という現実的で巨大な壁が重くのしかかってきた。
「それにしても、セージさんはいつも面白い注文をしてくるよな。以前の街道用カートの軸受改善といい、この滑車といい……次は一体何を作らせる気だ?」
「はは……その時は、また真っ先に相談させてください」
「おう、楽しみにしてるぜ! 職人魂が刺激される仕事なら、いつでも大歓迎だ!」
鍛冶屋の主人は豪快に笑いながら、バシッと誠二の肩を力強く叩いた。規格外のタフさを持つ誠二ですら少しよろめくほどの強打だったが、誠二は苦笑いを浮かべるしかなかった。
熱気にあふれる工房をあとにし、夕暮れ時の街並みを歩きながら、誠二は再び固い表情に戻った。
(――技術と職人のめどは立った。滑車の設計も完璧だ。……だが、あとは決定的な問題……『金』、か)
商人ギルドの行商ルート改善で得たささやかな報酬や手持ちの貯蓄を思い浮かべてみるが、焼け石に水だ。ルチアに借金をするわけにもいかず、思考はぐるぐると堂々巡りを始めるのだった。
拙作、お読みいただきありがとうございます!
まだ試行錯誤してますので改稿する可能性があります。
よろしくお願いいたします。




