言葉と、村での日々
村長は、身元不明の若者を追い出すことはしなかった。誠二は畑仕事を手伝いながら、少しずつ言葉を覚えていった。
「セージ! これは何?」
子どもの一人が、りんごに似た果物を指差して聞いてきた。
「それは……ええと」
「もう! 知らないの? リンゴだよ、リンゴ!」
「ああ、リンゴ、か。ありがとう」
(子ども相手のほうが、変な忖度がなくて助かるな。前世の新人研修より、よっぽど実践的だ)
誠二は苦笑いしながら、こっそり心の中でメモを取った。子どもたちが一番の教師だった。相手の表情、声の抑揚、繰り返される場面から意味を推測する。三十年近く客先で人の顔色を読んできた経験は、伊達ではなかった。
二か月もすると、日常会話には困らなくなっていた。
「セージ、お前、覚えが早いな」
畑仕事の合間、ガレンにそう言われて、誠二は苦笑した。
「昔、人の話を聞くだけが取り柄の仕事をしていましたから」
「ほう、聞くだけの仕事とはな。変わった仕事もあるもんだ」
「まあ、そんなようなものです」
(さすがに『異世界のサラリーマン』はいないだろうしな。営業って単語もないし)
誠二は心の中で苦笑しつつ、あえて詳しくは語らなかった。ガレンも深くは追及しなかった。この世界では、素性を語りたがらないよそ者は珍しくないらしい。




