マフィアの縄張りと通じない拳
「トト、今日はここで休んでろ。まだ本調子じゃないだろう」
「……なんで、あんたたち俺にこんなによくしてくれるんだよ。俺、財布盗もうとしたんだぞ?」
宿のベッドで身体を起こしたトトが、不審そうに目の前の二人を見上げた。誠二は苦笑しながら肩をすくめる。
「困ってる奴を放っておけない、面倒な性分なんだよ、俺」
「変な奴だな、あんた」
「よく言われるよ」
「……バカなのはセージ一人で十分よ」
横で腕を組んでいたルチアが、呆れたようにため息をついた。だが、その瞳にはトトへの気遣いが滲んでいる。
誠二はトトから聞き出したアジトの場所を頭に入れ、部屋を出ようとした。当然のように、ルチアがその背中を追いかけて廊下へ出る。
「……セージ。あなた、一人で行く気じゃないでしょうね?」
「ルチアさん。ここからはスラムの危険な領域です。あなたまで巻き込むわけには――」
「バカ言わないで! 『無敗の氷華』と呼ばれた私に、あなた一人を行かせろと? それに……危険なのは、あなたのその『無鉄砲な甘さ』よ」
ルチアの毅然とした強い眼差しに押され、誠二は「頼りにしています」と頷くしかなかった。
二人はトトから聞いた住所を頼りに、スラム街へと足を踏み入れた。
入り組んだ路地、傾いた掘っ立て小屋、悪臭の漂う水路。表通りの活気あふれる街並みとは、まるで別世界だった。垂れ流された汚水が路地の真ん中を黒く濡らしている。
「――おい、そこの兄さんとねえちゃん。見ない顔だな」
薄暗い路地の奥から、柄の悪い男たちがぞろぞろと姿を現した。
「トトという子供の件で、責任者と話がしたい」
「トト? ……ああ、盗みをしくじって戻ってこねえあのガキか。お前があの財布の男か……噂は届いてるぜ。ボスに会いたきゃついてきな」
案内されたのは、廃屋を改造したアジトだった。中に入ると、数十人の屈強な男たちが二人を取り囲むように立っていた。
「殺されるかもしれないのに、随分冷静だな、兄さん」
「殺されても、たぶん死なないので」
「……は?」
「――お前ら、何のつもりだ」
奥から現れたのは、顔に大きな傷跡を持つ初老の男だった。周囲の空気が一瞬で引き締まる。
「トトのことで、話をしに来ました」
「話? ……俺たちの縄張りに丸腰でのこのこ来るとはな。殺せ」
ボスの合図とともに、正面の大男が「調子に乗るな!」と丸太のような拳を全力で誠二の顔面へ叩きつけた。
――ガンッ!!!
アジト内に響いたのは、まるで巨大な鉄塊を殴りつけたかのような重厚な金属音だった。
「ひぎゃああっ!?? 痛ぇぇぇええ!?」
殴りつけた男が激痛に顔を歪め、砕け散った己の拳を抱えて床に転がり回る。誠二の首は一ミリたりとも動いておらず、髪の毛一筋すら揺れていない。
「な……なんだと!?」
「おい、仕込みだ! 服の中に鉄板でも仕込んでやがるんだろ!」
逆上した別の手下が腰のダガーを引き抜き、誠二のみぞおちへ向けて一直線に突き刺した。
――キンッ!!
刃先が服に触れた瞬間、甲高い音とともに鋼鉄のナイフが根元から真っ二つに折れ飛び、空中で虚しく舞った。服には穴ひとつ空いていない。
「ひっ……!? ナイフが折れた……!?」
「魔法か!? 防御魔法の護符でも持ってるのか!?」
動揺した手下の一人が、背後から丸太のような棍棒を叩きつける。
――バキィッ!!!
誠二の頭頂部にヒットした瞬間、木製の太い棍棒が完膚なきまでに粉砕され、木の屑となって部屋中に飛び散った。誠二は痛がる様子もなく、「痛そうですね……大丈夫ですか?」と棍棒を持っていた男を心配そうに見つめている。
「ひ、ヒィッ……! 化け物だ……化け物が出たぞ!!」
拳は砕け、刃物は折れ、武器は粉々に弾け飛ぶ。もはや「頑丈」というレベルを遥かに超越した異様な光景に、周囲を取り囲んでいたゴロツキたちが青ざめて一歩、また一歩と後退りしていった。
「……セージ、あなた本当になんなのよその頑丈さ……」
隣で剣を抜こうとしていたルチアすらも、開いた口が塞がらない様子で呆然と呟いている。
「効かない、みたいです」
誠二が申し訳なさそうに手を広げると、アジト全体が恐ろしいほどの静寂に包まれた。
「……お前、何者だ」
ボスと呼ばれた男の目つきが、一瞬で鋭利な刃物のように変わった。単なる無知な商人でも、威勢だけの冒険者でもないと悟ったようだった。
「ただの、お節介な冒険者です」
「お節介、ね。……いいだろう、話を聞いてやる」
男は重々しく椅子に腰かけると、誠二と向き合った。周囲の手下たちは未だに恐怖で震えていたが、誠二の圧倒的な「存在感」の前に、交渉のテーブルが強制的に用意されたのだった。
「名前は?」
「セージです。あなたは?」
「ここじゃ『ボス』で通ってる。名乗るほどの名前でもねえよ」
拙作、お読みいただきありがとうございます!
まだ試行錯誤してますので改稿する可能性があります。
よろしくお願いいたします。




