【ギョウザ】誕生と行列の宿
「女将さん、これ、厨房をお借りして使ってもいいですか?」
買い集めた安価な香草と、精肉店から破格で譲り受けた捨て肉の包みを手に、誠二は『木漏れ日亭』の厨房へ足を踏み入れた。後ろからは「本当に怪しい食べ物を作らないでしょうね」と腕を組んだルチアが、不満げに監視の目を光らせてついてくる。
厨房奥の大柄な亭主は胡散臭そうな顔をしていたが、女将に小突き回されて渋々見守る態勢に入った。
「まず、この骨の周りの肉を細かく刻んで潰します。そこに、この安く仕入れた香草を刻んで混ぜ合わせるんです」
「おいおい、そんな筋張った肉の叩き切りなんて、どれだけ手間がかかると思ってんだ」
「私がやりますよ。力仕事と単純作業は得意なので」
「力仕事って言ったって、そんな細かい包丁仕事のどこが……」
亭主の言葉が終わらないうちに、誠二は分厚い包丁を握り、木のまな板の上で肉を叩き始めた。
――トン、トン、トン、トトトトトン!
絶対的な肉体強度と圧倒的な筋力を持つ誠二の手に与えられた包丁は、まるで機械のような精密さと速さで肉の筋を断ち切っていく。丹念に刻み、仕上げに拳でズシンと叩き潰せば、硬かった捨て肉があっという間に極上の『ひき肉』へと姿を変えた。
「な……なんだその手際の良さは!? お前、本当にただの冒険者か……?」
目を丸くする亭主をよそに、誠二は前世の記憶を辿りながら、水と小麦粉を捏ねて薄く伸ばした生地を用意した。刻んだ肉と香辛野草を混ぜ合わせた餡を匙ですくい、皮の中心に載せてひだを寄せながら包んでいく。手つきは最初こそぎこちなかったが、数を重ねるうちに素早く美しい形に仕上がっていった。
「……セージ、これは一体何という料理なの?」
かたずをのんで作業を見守っていたルチアが、思わず身を乗り出して尋ねてきた。
「『ギョウザ』っていう料理です。……まあ、こちらの世界に同じ名前がないので勝手にそう呼んでいるだけですが」
包み終えたギョウザを熱した鉄板に並べ、少量の水と油を注いで蓋をする。
じゅうううっと激しい蒸気が立ち上り、香ばしい油の弾ける音とともに、ニンニクに似た野草の刺激的な香りと肉の焦げる甘い匂いが厨房いっぱいに満ちた。
「……っ! なんだこの匂い、すごく旨そうだぞ……」
亭主が思わず生唾を飲み込んだ。
底面にこんがりと綺麗な狐色の焼き目がついたところで、誠二は手際よく皿に取り分けた。まずは一番の「監視役」であり、ツンデレな試食役に一皿差し出す。
「ルチアさん、焼き立てをどうぞ。熱いので気をつけてくださいね」
「ふ、ふん! 毒見だと思って食べてあげるわよ!」
ルチアはフーフーと息を吹きかけ、小さな口で恐る恐る一つかじりついた。
次の瞬間――モチッとした皮が破れ、中から熱々のジューシーな肉汁と、野草の爽やかな風味が弾けて口いっぱいに広がった。
「っ……!? なに……これ……っ! 肉汁が……すごく旨味が詰まってて……美味しい……!」
目を大きく見開き、頬を赤く染めて身悶えするルチア。口元の肉汁を慌てて拭いながら、夢中で二つ目に手を伸ばした。その素直すぎる反応を見て、誠二は笑顔で亭主と女将にも皿を差し出した。
「お二人も食べてみてください」
亭主が恐る恐る口へ運ぶと、途端に目を見張った。
「……うまい! なんだこれ、うまいぞ!! 筋張った肉の硬さなんてかけらもねえ! なんでこんなに柔らかくてジューシーなんだ!?」
「本当かい!? あたしにも! ……んん~っ! セージさん、これ……とんでもないものを作ったねぇ!」
「大したものじゃないですよ。捨てる肉と安い野草を包んで焼いただけです」
「その『ただ』が、うちには思いつかなかったんだよ……!」
女将は感銘を受けたように皿の上のギョウザを見つめ、亭主も無言のまま三つ目に手を伸ばしていた。ルチアに至っては、すでに自分の皿を綺麗に平らげ、「……もう少し、毒見が必要かしら」と期待のこもった視線を誠二に送っていた。
「これ、明日からお店のランチで出してみませんか?」
誠二の提案に、亭主は真剣な顔で腕を組んだ。
「安く仕入れた捨て肉とそこらの野草だけで、こんな味になるのか……。これなら原価も信じられないくらい抑えられるぞ」
「はい。パンとスープを付けて手頃な価格のランチ定食にすれば、スラムの労働者や若い冒険者も気軽に来られますし、絶対に喜ばれます」
「よし、やってみるか! ……セージさん、あんた本当に商人になった方がいいんじゃねえのか?」
「今はまだ、商人見習いとEランク冒険者ですから」
「ハハハ! そのうち、こっちが商人としてのいろはを見習わせてもらう番かもな!」
豪快に笑う亭主に、誠二は照れくさそうに苦笑いを浮かべた。
――数日後。『木漏れ日亭』の店舗前に「ギョウザ定食」と書かれた看板が掲げられた。
最初は「包み焼き? 変わった料理だな」と物珍しさに頼む客が数人程度だったが、一口食べた客たちの口コミは瞬く間に街中へ広がっていった。
「おい! 木漏れ日亭の新メニュー食ったか!? めちゃくちゃ美味いぞ!」
「安いのに肉汁たっぷりで、腹いっぱい食えるってよ!」
噂を聞きつけた労働者や冒険者たちが殺到し、昼時になると食堂の前には信じられないほどの長蛇の列ができるようになった。
「セージさん! うちがこんなに繁盛したの、店を開いてから初めてだよ!」
女将は涙ぐみながら誠二の手を固く握りしめた。亭主も汗だくになりながら、どこか誇らしげな顔で厨房に立っている。
「セージのおかげだな、これは」
「私はきっかけを作っただけです。こうして毎日美味しいギョウザを作り続けているのは、お二人ですから」
(前世でも、売れない地方店舗のメニュー改革で同じような体験をしたな……。やっぱり、誰かの仕事が報われて喜んでもらえるのは一番嬉しいよ)
誠二は苦笑いしながら、大盛況の食堂を眺めた。
客席の隅では、ルチアが「私は混雑前の優先試食権があるから」とすまし顔でギョウザ定食を頬張っている。厨房では、亭主が真剣な眼差しで丁寧にギョウザを包んでいた。その姿は、最初に出会った時の投げやりな顔とは見違えるようだった。
「セージさん、これからも色々知恵を貸してくれよな!」
「はい、もちろんです」
誠二は温かく頷き、活気あふれる食堂の入り口を誇らしい気持ちで見つめるのだった。
拙作、お読みいただきありがとうございます!
まだ試行錯誤してますので改稿する可能性があります。
よろしくお願いいたします。




