中央大陸の六国と知識の価値
バロン商会での帳簿整理とルート改革が一段落した頃。誠二は荷馬車の積み降ろし作業の合間や、移動中の御者台での休憩時間を利用して、バロンからこの世界の地理や国家情勢について詳しい話を聞くようになっていた。
ただの雑談に見えて、五十歳の手練れコンサルタントとしての顔を持つ誠二にとって、現場の生の情報は「世界を知るための市場調査」そのものだった。
「セージ、お前はこの『中央大陸』がどんな形をしてるか知ってるか?」
馬車の御者台で手綱を握りながら、バロンがタバコの煙を吐き出した。
「いえ、田舎から出てきたばかりなもので。大まかな形くらいしか……」
「大陸の真ん中にはな、天を衝くような巨大な山脈――『神の背骨』と呼ばれる中央山脈が鎮座しててな。その峻厳な山脈を取り囲むようにして、六つの国がぐるりと輪を描くように隣り合ってるんだ」
バロンは懐から使い込まれた羊皮紙の広域地図を取り出し、御者台の膝の上に広げて見せた。
「俺たちがいるのが、大陸の南東に位置する『リゼンド王国』だ。百年以上大きな内乱もなく安定してて、農耕と流通が盛んな穏やかな国さ。で、うちの南から西にかけて広く隣接してるのが、この前話した『ギャラス公国』。軍事色が強くて重税に苦しむ国だが、香辛料や鉱物資源の産地でもある」
「山脈を囲む他の四国は、どんな国なんですか?」
「うちの北隣、北東に広がるのが、エルフや精霊族が多く住まう森林国家『エルヴェン教国』。魔法技術と木工品は一級品だが、排他的で他種族の入国には厳しい。北から北西にかけては、凄まじい極寒の地を束ねる『レグラント帝国』。武闘派の騎士団とドワーフの鍛冶技術で成り立ってる軍事大国だ」
バロンは太い指で地図の北西から西側へと滑らせていく。
「帝国の西隣、北西の領域が、数多の獣人族の氏族が束ねられた『ガルーダ獣王族国』だ。血気が荒いが、狩猟素材や珍しい魔導具の宝庫さ。そしてギャラスとガルーダに挟まれた西側の領域が、広大な砂漠とオアシスを抱える商業国家『シャハル首長国』。絹織物や交易で莫大な富を蓄えてる金持ちの国だな」
「なるほど……。我がリゼンド王国は、北東の『エルヴェン教国』と南西の『ギャラス公国』の二国に挟まれる形で隣接しているんですね」
誠二は頭の中で前世の世界地図や国家関係のフレームワークを当てはめ、六国の地理的・経済的関係性を立体的に思い描いた。
「そういうことだ。中央山脈があるせいで反対側の国へ行くには遠回りするか危険な山越えをするしかない。だからこそ隣国同士の小競り合いが絶えねえのさ。特にうちは隣のギャラス公国と国境沿いでいがみ合ってる。向こうの重税から逃げてきた難民が盗賊化して、こっちに流れ込んでくるのが一番の頭痛の種だ」
「種族間の格差なんかも、国によって違うんですか?」
「そりゃあな。エルヴェンじゃ他種族は下に見られるし、ガルーダじゃ実力主義だ。我がリゼンド王国は『法の下ではみな平等』ってのが表向きの建前だが……実態は貧富の差が激しくてな。スラムに追いやられた連中や金のない異種族がどんな扱いを受けてるか……。貧困による格差ってのは、種族の壁よりずっと根深くて救いがねえのさ」
バロンの現実的な言葉に、誠二は深く頷いた。表面的な理念があっても、経済的な貧困が人を追い詰め、治安悪化の温床になるのは前世の地球でも変わらない構造だった。
「まあ、政治の裏事情より、俺たち商人には隣国の特産品や物価の動きの方が大事だけどな。ギャラスの胡椒やハーブがあれば、うちの塩漬け肉スープも少しは食える代物になるんだが」
「ははは、そうですね。香辛料の流通ルートが開ければ、食文化も大きく変わりそうです」
誠二は懐からメモ帳を取り出し、教わった六国の位置関係、地理的特徴、隣国ギャラスとの緊張関係、そして特産品の情報を手際よく書き留めていった。
(――知識は荷物にならないからな。前世のコンサル時代も、他業界の情報や雑談の蓄積が、巡り巡って起死回生の一手になることがよくあった)
メモ帳を閉じ、御者台から見えるリゼルダの街並みを眺める。
夕暮れの赤い光が、街道沿いに広がる畑や石造りの建物を鮮やかに橙色へ染め上げていた。
平穏に見えるこの街の裏側にも、隣国からの流入問題や貧困の歪みが確実に潜んでいる。自分の身を守り、穏やかなセカンドライフを送るためにも、この「世界の構造」を知っておくことは決して無駄にはならない――。
誠二は温かい夕風を胸いっぱいに吸い込みながら、次なる一歩へ静かに思いを馳せるのだった。
拙作、お読みいただきありがとうございます!
まだ試行錯誤してますので改稿する可能性があります。
よろしくお願いいたします。




