コンサルタントの本領と商人たちの信頼
「……ちょっと! セージ、朝よ! いつのまで寝ているの、起きなさい!」
早朝。誠二が暮らす安宿『木漏れ日亭』の部屋の扉が、ドンドンと激しく叩かれた。
目を擦りながら扉を開けると、そこには既に革鎧を完璧に纏い、腕を組んで仁王立ちするルチアの姿があった。
「あ、ルチアさん。おはようございます。……こんな朝早くから、どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもないでしょう! 今日はあなたがEランクに上がって初めての朝よ! Eランクになれば、ワンランク上の『Dランク依頼』だって受けられるようになるの。Fランクみたいな薬草採取じゃなく、本格的な魔物討伐や護衛依頼が受けられるようになるのよ! だから、さっさと準備をしてギルドへ行くわよ!」
フンと胸を張って講釈を垂れるルチア。
『Dランク依頼を受けられるようになったセージを自分が隣でしっかり監視・サポートしてあげたい』という思惑が透けて見えていたが、誠二は困ったように苦笑いを浮かべて頭を下げた。
「すみません、ルチアさん。わざわざ教えていただいたのに申し訳ないんですが……実は今日は商人ギルドでの手伝い、バロン商会の方の仕事が入っていまして。冒険者としての活動はお休みなんです」
「なっ……商会の仕事ですって……!? 私がわざわざ朝早くから教えに来てあげたのに……!」
出鼻をくじかれたルチアは、耳まで真っ赤にして狼狽えた。
「だ、誰があなたの心配なんてしたかしら! 私はただ、調子に乗った新人が無謀なDランク依頼を受けて死なないように『監視』しようとしただけなんだから! ふん、仕事なら仕事で勝手にしなさい! 死んでも知らないんだからね!」
早口でそう言い捨てると、ルチアはフイッと顔を背け、ドタバタと大きな足音を立てて階段を駆け下りていってしまった。
(素直じゃないけど、Dランクになれて一緒に危険な依頼に行けるのが嬉しかったのかな……。後でお詫びに何か甘いものでも買っていこう)
中身が五十歳のおじさんである誠二は、彼女の微笑ましいツンデレぶりに笑みをこぼしながら、商会へ行く身支度を整えた。
――バロン商会の店舗に到着すると、帳場の奥で分厚い台帳を広げていたバロンが、豪快に笑いながら煙管の煙をくゆらせた。
「セージ、冒険者稼業でEランクに上がったのは結構だが、うちの仕事も忘れてもらっちゃ困るぞ」
「もちろんです。今日は一日、商会の手伝いをさせてもらいます」
荷馬車に積む商品の点検から、仕入れ先や売り先の手配まで――バロンの商売の全体像を把握するため、誠二は積極的に作業を手伝い始めた。
だが、作業の合間に番頭が渋い顔をして見せてくれた帳簿を手にした瞬間、誠二の元コンサルタントとしての職業病が疼き始めた。文字は乱雑で、数字の計算ミスや記入漏れが散見される。それ以上に、行商の訪問ルートに致命的な非効率が見受けられたのだ。
「バロンさん、この行商ルート……少々非効率的ではないでしょうか?」
「ん? どういうことだ?」
誠二は地図と帳簿を並べ、指で示しながら丁寧に説明を始めた。
「例えば、このA村とB村ですが、街道の方向としてはほぼ同線上にあります。にもかかわらず、現在は別々の日にわざわざ往復して回っていますよね。これを同一のルートとして統合して巡回すれば、移動日数が二日短縮され、馬の疲労や人件費も大幅に削減できます」
「……あー、確かに。昔からの流れでなんとなく順番に回っていたが、言われてみればその通りだな」
「さらに、この時期は南の農村で特定の作物が収穫期を迎え、市場で過剰供給になりやすいはずです。現地で安く一括仕入れを行い、需要が高まっている北の鉱山町へそのまま運んで販売すれば、仕入れコストを抑えつつ利益率を二割以上改善できる計算になります」
スラスラと提示される具体的な数値と論理的な分析に、バロンは目を丸くした。
「お前……本当にただの田舎出身の流れ者か? まるで大都市の凄腕の商頭みたいな口を利きやがる」
「あはは……まあ、昔取った杵柄というやつです」
(前世で、無駄だらけの営業ルートを組んでいた新人後輩を何度も指導してきたからな……。あの頃の泥臭い経験が、異世界の商人ギルドで役に立つとは夢にも思わなかったよ)
誠二は苦笑いしながら、バロン商会の帳簿と行商ルート、さらには在庫の管理方法までをフォーマット化して整理し直していった。
最初は懐疑的だった番頭も、数字の劇的な改善を目の当たりにして一変、誠二へ尊敬の眼差しを向けるようになった。
「セージさん……! この表のつけ方と数字の整理の仕方を、俺にも教えていただけませんか? 俺ももっと数字に強くなって、旦那の役に立ちたいんです!」
「もちろんです。最初は難しく見えますが、フォーマットさえ整えれば簡単ですよ。一緒にやりましょう」
誠二は嫌な顔一つせず、人材育成のノウハウを活かして丁寧に教えていった。
――それから半月ほど経過した頃。
バロン商会の全体の利益は、前月比で明確な改善を見せていた。
「いやあ、恐れ入ったよ。セージ、お前をうちの専属として引き抜きたいくらいだ」
「はは、冒険者ギルドの依頼や訓練もありますので、そこはご容赦を」
「わかってるよ、冗談だ。……にしても、お前がうちに来てからというもの、番頭の顔つきまで引き締まって変わったな」
「番頭さんが一生懸命努力してくださっているからです」
「その番頭をやる気にさせて伸ばしたのが、お前だろうが」
バロンは呆れたように笑うと、パタンと帳簿を閉じた。
夕暮れ時。荷馬車の端に腰掛け、誠二は沈みゆく夕日をぼんやりと眺めていた。
(自分の知識が誰かの役に立ち、感謝される……。前世じゃ味わえなかった充実感だな)
異世界での忙しくも心地よい日々に、誠二は確かな手応えを感じていたのだった。
拙作、お読みいただきありがとうございます!
まだ試行錯誤してますので改稿する可能性があります。
よろしくお願いいたします。




