二つの肩書き
翌朝。爽やかな朝日がリゼルダの街並みを照らす中、誠二はバロンに連れられて、賑わう大通りへと繰り出していた。
「まずは冒険者ギルドだ。身分証代わりに一つ持っておくと、何かと都合がいいからな」
バロンに案内されたのは、重厚な石造りの二階建ての建物だった。
入口では革甲冑や鉄の胸当てに身を包んだ荒くれ風の男女が頻繁に出入りしている。扉を潜ると、そこは独特の汗と金属の匂い、そして荒々しい熱気に満ち溢れていた。
広大なホールの中央には巨大な掲示板が設置され、討伐対象の魔物の絵姿や薬草採取などの依頼票が所狭しと張り出されている。その前では、柄の悪い男たちが「この依頼は俺たちが先に見つけた」「いや、俺たちだ」と胸ぐらを掴みかけて言い争う声が響いていた。
「セージ、ここは完全な実力主義の世界だ。田舎の村とは勝手が違うから覚悟しとけよ。実力次第で大金や名声を掴む奴もいれば、一足飛びに死ぬ奴も山ほどいる」
「はい、心得ておきます」
身を引き締めつつ、バロンの後に続いて受付カウンターへと向かう。
その時だった。
すり鉢状になったギルドのホールに、一瞬だけシンと冷ややかな静寂が広がった。
入口の方から、一人の女性剣士が歩いてくる。
美しく束ねられた藍色の髪に、隙のない洗練された仕立ての革鎧。腰には磨き抜かれた細身の長剣を差し、周囲の荒くれどもを寄せ付けない冷厳な雰囲気を纏っていた。氷のように冷たく凛々しい瞳は、誰とも視線を合わせることなく一直線に受付へと向けられている。
「……ありゃ『無敗の氷華』のルチアだ。腕は立つが、絶対に誰もパーティに入れねえソロの変わり者さ」
「ルチア……さん」
ざわつく周囲の冒険者たちが、まるで道を開けるようにすっと脇へ引いていく。
誠二の横を通り過ぎる瞬間、ふわりと心地よい凛とした空気と、かすかな鉄の匂いが鼻腔をかすめた。彼女の横顔には、どこか自らの命すら惜しんでいないような、影のある投げやりな危うさが覗いていた。
(綺麗な人だけど……すごく思い詰めた顔をしてるな)
誠二は思わずその背中を目で追ったが、バロンに肩を叩かれて我に返った。
「受付さん、こいつの登録を頼みたい」
「はいはい。身分証はあるかしら?」
「……ないです」
「じゃあ簡易登録ね。名前は?」
「セージです」
受付の女性は質問しながら、慣れた手つきで羊皮紙に羊毛筆で書き進めていく。片手間のような手つきだが、鋭い視線がちらりと誠二の上半身に注がれ、その体格を値抜くように動いていた。
「はい、これでFランク冒険者としてスタートね。依頼はあそこの掲示板から自由に選んでちょうだい。実績を積めば、徐々にランクは上がっていくから」
「ありがとうございます」
「それにしても、体つき……なかなか締まってていいわね。怪我しないように頑張りなさい」
「あはは……どうも」
誠二は苦笑いを浮かべて頭を下げ、手渡された木製の小さな冒険者証を受け取った。
(……ギルドでの転生ものテンプレイベント、特になかったな。『おいおい、こんなヒョロい奴が冒険者かよ~?』みたいな絡まれ方をするのかと思ってたけど、みんな忙しいみたいだし、案外あっさりしてるんだな)
自分の予想が拍子抜けに終わり、心の中でそっと安堵の息をついた。
続いて向かったのは、街の中央広場近くに位置する「商人ギルド」だった。
冒険者ギルドの喧騒とは打って変わって、こちらは静まり返り、羊皮紙をめくる音や羽ペンの走るカリカリという音、算盤に似た器具を弾く音が響いている。壁一面の棚にぎっしりと積み上げられた分厚い帳簿の山に、前世でオフィスワークをしていた誠二は思わず圧倒された。
「バロンの紹介か。……セージ、といったな。行商の見習いとして登録しておく」
「よろしくお願いします」
奥の重厚なデスクに座る、年配のギルド職員が眼鏡の奥から誠二を見つめた。
「バロン、お前が連れてきた人材は外れたことがないからな。今回も期待してるぞ」
「へへ、そりゃどうも。こいつは気が利くし、力仕事も手際もいいんだ」
「ふむ……セージと言ったな。真面目に働けば、いずれ自分の裁量で商売ができるようになる。この街は広いからな、焦らず気長にやることだ」
「ありがとうございます。頑張ります」
こうして、午前中のうちに二つのギルドでの手続きが完了した。
誠二は二枚の登録証を手にとり、交互に見つめた。
(――冒険者と、商人見習い。肩書きが二つに増えたな。前世じゃ会社員っていう一つの肩書きに縛られて息苦しかったのに、今は自分の意思で二つの草鞋を履こうとしている……なんだか不思議な気分だ)
ギルドを出ると、眩しい日光が誠二の顔を照らした。バロンが歩きながら振り返る。
「セージ、冒険者もいいが、うちの手伝いも頼むぞ」
「はい! よろしくお願いします」
「まずは、お前に手頃で安い宿を紹介してやる。いつまでもうちの客室に置いとくわけにもいかんしな。自分の拠点を確保しろ」
「すみません、最初から最後までお世話になりっぱなしで……」
「気にすんな。よく気が利くお前がいると、うちの作業もだいぶ捗るんだ。持ちつ持たれつってやつさ」
先ほどすれ違った藍色の髪の剣士――ルチアの凛とした横顔をどこか頭の片隅に残しながら、誠二は新たな生活への第一歩を踏み出したのだった。
拙作、お読みいただきありがとうございます!
まだ試行錯誤してますので改稿する可能性があります。
よろしくお願いいたします。




