ラウド辺境伯領の中心都市・リゼルダ
街道の過酷な出来事から三日後。
木々が途切れ、緩やかな小高い丘を越えたところで、誠二たちの視界が一気に開けた。
地平線の向こうにそびえ立つのは、セリオン村やメレン村のような小さな集落とは比べものにならない規模の、堅牢な石造りの城壁だった。城壁の高さは誠二の見上げる遥か上に達し、ところどころに監視の櫓や巨大な弓兵用の隙間が設けられている。
「ここが、リゼルダ。ラウド辺境伯領の中心都市だ」
御者台で手綱を握るバロンが、指をさしながらそう言った。
城門の前には、商人の荷馬車や旅人、冒険者と思しき人々がズラリと長い行列を作っていた。門の脇には革甲冑で身を固めた警備の門番たちが立ち、一台ずつ入念に荷を検め、通行料らしき銅貨や銀貨を徴収している。
「バロンさん、これも毎回やってるんですか?」
「毎回だ。荷の中身と量、それに人頭数で料金が変わる。ここでごまかしたり、変にケチったりすると、後でギルドを通した商売で面倒なことになるからな。出払う経費として割り切るのが一番だ」
やがて誠二たちの順番が回ってくると、バロンは手慣れた様子で荷台の布をめくり、書類らしき羊皮紙と数枚のコインを門番に手渡した。門番はチラリと荷台に座る誠二に視線を走らせたが、バロンが手際よく説明を済ませると、あっさりと通行を許可した。
重々しい木製の城門を潜り抜けた瞬間、誠二は思わず足を止め、圧倒されて息を呑んだ。
「うわ……すごいな……」
視界に飛び込んできたのは、人、人、人の波だった。
石畳の立ち並ぶ通りの両脇には、三階建て以上の重厚な石造りの建物が隙間なく建ち並んでいる。飛び交う呼び込みの大声、荷車の軋む音、馬の蹄の響き、子どもの笑い声――あらゆる音と匂いが渦を巻き、活気となって街中に満ち溢れていた。その熱気と賑わいは、どこか前世の日本の地方都市の駅前や、歴史ある商店街を彷彿とさせた。
「セージ、口開けたまま突っ立ってると、スリに狙われるぞ」
「あ、すみません……っ」
バロンに注意され、誠二は慌てて口を閉じ、自分の懐をさすった。
(――ここから、また新しい生活や、色んな出来事が始まるんだろうな)
胸の高鳴りを覚えながら周囲を見渡すと、さらに驚くべき光景が目に入った。
すれ違う人々の中に、明らかに人間とは異なる特徴を持つ者たちが大勢混ざっていたのだ。頭の上にふさふさとした獣の耳を生やし、しっぽを揺らす者。肌の色が青みがかった者。あるいは大人でも誠二の腰ほどしか背丈がない小人族のような者――。
露店には、見たこともない奇妙な形の野菜や色鮮やかな布地が並び、誠二には読めない言語で書かれた看板が掲げられている。
「セージ、初めて見るか、こういう街並み」
「はい。……セリオン村やメレン村では、人間しか見なかったので」
「町にはいろんな種族がいる。基本的には大きな揉め事も起こさず、仲良くやってるほうだが……ん、あれはあんまり直視しない方がいいな」
バロンが視線だけでそっと目配せをした。誠二がそちらへ目をやると、混雑する街道の片隅を、異質で重くるしい雰囲気の一行が通り過ぎようとしていた。
太い金属の首輪をはめられ、鎖で一列に繋がれた数人の男たちや若い女子。彼らは力なく俯き、虚ろな目で石畳を見つめながら歩いている。その鎖の端を握っているのは、身なりの良い肥満体の男だった。周囲を行き交う街の人々は、彼らに誰も気を留める様子もなく、まるで当たり前の光景であるかのように通り過ぎていく。
「……あれは……?」
「奴隷だ。この国でも、合法の制度として認められてる。……詳しい話は、追々な」
「合法、なんですね」
「借金の形だったり、罪を犯した者の労役だったり、色々経緯や事情はある。……まあ、綺麗事だけじゃ済まない話だよ」
誠二は、去っていく彼らの痛々しい後ろ姿から目を逸らすことができなかった。
(――合法の制度、か。前世で言うところの、法律や社会の仕組みとして完全に組み込まれてるってことなんだろうな。理屈としては頭で理解できても……やっぱり、どうしても胸の奥にざらついた嫌な気持ちが残る)
自由を奪われ、首輪をつけられた人間が当たり前に売り買いされている現実。メレン村の井戸掘りや、街道での盗賊との遭遇に続き、異世界の厳しい現実に誠二の心は再び重く沈み込んだ。
「おいセージ、遅れるぞ。まずは俺の『バロン商会』の本店に向かう。荷を下ろして一息つこうや」
「あ、はい! 行きます」
誠二は口元をぐっと強く結び、意識を切り替えるように頭を振ると、人混みの中を進んでいくバロンの背中を慌てて追いかけたのだった。
拙作、お読みいただきありがとうございます!
まだ試行錯誤してますので改稿する可能性があります。
よろしくお願いいたします。




