バロンの非情さ
誠二の異常な頑丈さに、盗賊たちが呆然と立ちすくみ、完全に浮足立った――まさにその一瞬の隙だった。
「――甘えんだよ、野郎ども!」
バロンの鋭い一撃が空を裂いた。
御者台から飛び降りたバロンは、手に握った鉄付きの棍棒を一切の迷いなく振りぬいていた。熟練の商人が見せたとは思えぬ、無駄をぎりぎりまで削ぎ落とした実戦の動き。重厚な鉄の先端が弧を描き、先頭の男の側頭部を正確に打ち砕く。
「ガ、ぁ……っ!?」
鈍い音とともに男が崩れ落ちる。仲間が倒れたことに悲鳴を上げる暇すら、バロンは与えなかった。踏み込みざまに二人目の胸元へ棍棒の柄を強く叩き込み、返す手で最後の男の頭部を力任せに殴り倒す。
――ドサリ、ドサリ。
静寂が街道に戻ってきた。
あまりにも一瞬の出来事だった。数秒前まで息をし、声を張り上げていた人間たちが、今はただの動かない肉塊となって泥の上に転がっている。
「……っ、うく……」
誠二は思わず息を呑み、口元を両手で覆った。
前世の平和な日本で暮らし、せいぜいフィクションの画面越しでしか見たことのなかった「人の死」と「暴力」。生々しい血の匂いと鉄の臭いが鼻腔を突き刺し、臓物を揺さぶるような激しい吐き気が襲いかかってくる。
「バロンさん……っ! そこまでしなくても……! 武器を弾くだけとか、足を狙うとか……殺さなくても良かったじゃないですか!」
震える声を絞り出す誠二に対し、バロンは冷ややかな手つきで布を取り出し、棍棒についた血と脂を静かに拭い取っていた。その手元にも、表情にも、動揺の色は一切ない。
「甘いこと言うな、セージ」
バロンの声は低く、そして重かった。
「こいつらを生かして逃がしてみろ。反省して畑でも耕すと思うか? 答えはノーだ。武器を拾い直して、もっと弱い旅人や、警備の薄い貧乏村を襲うだけだ。それに……手加減なんて甘い考えで踏み込めば、一瞬の隙を突かれて殺されるのはこっちなんだよ」
「それは……そうかもしれませんけど……」
正論だった。だが、命をあっさりと刈り取ったバロンの手際の良さに、誠二はどうしても割り切れない割り切れなさを感じていた。
バロンはため息をつくと、棍棒を小脇に抱え、泥に伏した男の一人に近づいてその懐を検め始めた。
「……ん? これは……」
「どうしました、バロンさん」
「……見ろ」
バロンが差し出してきたのは、血と泥で汚れた一枚の粗末な木札だった。そこには使い込まれた文字で、何かが刻まれている。
「隣国――ギャラス公国の農民証だ。あそこは数年前から公爵の重税と飢饉で、農民が食えなくなって一揆やら逃亡やらが相次いでるって噂は聞いてたが……。こいつら、国を捨てて逃げてきた口だろうな」
「重税で、逃げて……盗賊に……?」
「食うために国を抜け出したが、行くあても寄るべもなく、街道で通りすがりを襲うしか生きる道がなかったんだろうよ」
バロンは淡々とそう言うと、力なく木札を地面に投げ捨てた。
誠二は横たわる男たちの顔を改めて見つめた。骨ばった頬、落ちくぼんだ目、ガリガリに痩せ細った腕。凶悪な悪党の顔などではなく、ただ追い詰められ、今日を生きるパンのために必死だった人間の顔だった。
「バロンさんは……こういうこと、何度も経験してるんですか」
「数えるほどじゃねえが、初めてでもねえよ。この街道じゃあな、珍しい話でも何でもねえんだ。奪わなきゃ死ぬ奴と、奪われたら死ぬ奴が押し合いへし合いしてるのが、この世界の現実なんだよ」
バロンはそう吐き捨てると、手入れを終えた棍棒を御者台の脇へと戻し、鼻を鳴らす馬の首を優しく撫でた。
「セージ、後味が悪いのはわかるが、こいつらの弔いは次の村か町の自警団に頼む。血の匂いに引き寄せられて、凶暴な魔物が集まってくる前に行くぞ。先を急ぐ」
「……わかりました」
誠二は倒れた男たちに向かって、静かに両手を合わせ、深く頭を下げた。
前世の習慣であり、この世界では何の意味もなさないおまじないのような仕草。それでも、そうせずにはいられなかった。
ガタゴトと音を立てて、荷馬車が再び動き出す。
一歩一歩、町へと進む車輪の音を聞きながら、誠二の胸の中には重く冷たい塊が居座り続けていた。
拙作、お読みいただきありがとうございます!
まだ試行錯誤してますので改稿する可能性があります。
よろしくお願いいたします。




