街道の盗賊
メレン村を出て三日目。
街道を取り囲む木々はますます密度を増し、昼間だというのに日差しが遮られて薄暗い陰影が路上に伸びていた。車輪が打ち鳴らすゴトゴトという低い音だけが、不気味な静寂の中に響き渡っている。
(――バロンさんの言っていた『荒れる日』って、この空気感のことなのかな)
荷台に腰掛けた誠二は、周囲の深い森を警戒するように見回していた。前世の平和な日本なら、単なる「薄ち気味悪い森」で済んだだろう。しかし、ここは魔物や無法者が横行する異世界だ。メレン村での和やかな空気は一変し、肌を刺すような緊張感が漂っていた。
その時だった。
「――止まりな!!」
耳を裂くような怒号とともに、両脇の鬱蒼とした藪の中から、突如として数人の男たちが路上へ飛び出してきた。
木々の影に密かに潜んでいたのだろう。姿を現すまで、足音も気配すら感じさせない鮮やかな奇襲だった。男たちは瞬く間に荷馬車を取り囲み、錆びついた武器を掲げて威嚇してくる。
「荷物と金を全部置いていきな! 命が惜しくなけりゃ、素直に従うんだな!」
叫んだのは、先頭に立つ痩せこけた男だった。
男たちの身なりは、お世辞にも手入れされているとは言えなかった。着ている服はツギハギだらけで泥にまみれ、手に握られた剣や斧は刃こぼれだらけの粗末な代物だ。
だが、その鋭い目つきの奥には、兇悪さというよりも、どこか後がない者に特有の……追い詰められた獣のような焦燥と飢えがギラギラと滲み出ていた。
「……チッ、やっぱり出やがったか。間が悪いな」
バロンは舌打ちをひとつ漏らすと、焦る様子もなく手綱を離し、御者台の脇に立てかけてあった手頃な鉄付きの棍棒を手にとった。その無駄のない手慣れた動きからは、長年の商人生活の中でこうした襲撃に幾度となく遭い、修羅場を潜り抜けてきた熟練の凄みが伝わってきた。
「セージ、お前は下におりて下がってろ。巻き込まれたらタダじゃ済まねえぞ」
「い、いや、バロンさん! あの人たち、なんだか困窮してるみたいですし……話し合いで済ませられないんですか!?」
前世で暴力とは無縁の生活を送ってきた誠二は、慌てて声を張り上げた。だが、バロンは首を横に振る。
「無理だな、こういう極限状態の奴らには言葉なんて届かねえ。殺るか殺られるかだ」
「ひっくるめて叩き殺してやるよ!」
誠二たちの会話を遮るように、盗賊の一人が弓を引き絞った。
ヒュッと鋭い風切り音が響く。放たれた矢は、狙い過たず荷台の誠二の胸元を目掛けて一直線に飛来した。
「セージっ!?」
バロンの悲鳴のような叫びが響く。避ける余裕など微塵もなかった。
鋭利な鉄の矢先が、誠二の左胸――心臓のある位置へと一直線に突き刺さった。
――ドスッ。
鈍い音が響き、矢は誠二の胸に激突した。
しかし、肉を切り裂き骨を砕く凄惨な感触も、激痛も訪れなかった。矢はまるで厚い鉄板にでも弾かれたかのように、誠二の胸に触れた瞬間、パキンと虚しい音を立てて折れ曲がり、そのまま路上へと力なくコロコロと転がり落ちた。
「――――え?」
静寂が街道を包み込んだ。
矢を放った男も、剣を構えていた男たちも、そして手綱を握りしめていたバロンまでもが、信じられないものを見たかのように目を丸くして固まっている。あまりにも現実離れした光景に、誰も次の動きに移れずにいた。
「い、痛くない……な?」
誠二は自分の胸元を見下ろし、他人事のようにぽつりと呟いた。
服の上から手で触れてみるが、胸には痛みどころか痒みすらない。それどころか、着ていた布服にすら、小さな穴一つ開いていなかったのだ。
(あ……これ、あのアホみたいに大雑把な女神の『不老不死』のオマケか……!? 病気にならないだけじゃなくて、物理攻撃のダメージまで無効化されるのか……? 頑丈すぎるだろ、いい加減にしてくれよ……)
誠二は冷や汗を流しながら、心の中で女神に対する理不尽なツッコミを入れまくっていた。
「な、なんだこいつは……!? 悪魔か!? おい、ビビるな、斬り殺せ!!」
正体不明の現象に恐怖した盗賊のリーダー格が、金切り声を上げた。
脇から飛び出してきた別の男が、必死の形相で刃こぼれした長剣を振り下ろし、誠二の首筋を目掛けて勢いよく斬りかかってきた。
――ガキンッ!!
高い金属音が森に響き渡った。
剣が誠二の首筋に当たった瞬間、乾いた音とともに弾き返されたのは剣の方だった。男の手に激しい衝撃が走り、粗末な剣は刃こぼれがさらにひどく欠け飛び、男は痺れた手を押さえてその場に尻餅をついた。
「ひっ……! は、刃が……刃が通らねえ……!?」
「あー……やっぱり、効かないみたいです」
誠二は困ったように首を傾げ、自分の首元をさすった。怪力に加えてこの異常な耐久力。前世ではしがないデスクワーカーだった男が、異世界の理不尽な加護によって、歩く要塞のようになってしまっていた。
「セージ……お前、一体何者だ……? 化け物か……」
後ろで一部始終を見ていたバロンが、呆れと開いた口が塞がらないといった感心、そして微かな恐怖が混ざり合ったような、何とも言えない奇妙な声を漏らしたのだった。
拙作、お読みいただきありがとうございます!
まだ試行錯誤してますので改稿する可能性があります。
よろしくお願いいたします。




