森を抜けて
第1章 セリオン村編
前回:会社員として絶望の末に死んだ田中誠二は、疲れた女神に「健康だけでいい」と頼んだはずが、押し切られる形で不老不死の体を与えられ、異世界の森に放り込まれた。
目を覚ますと、深い森の中に若い男の体で横たわっていた。
両手を持ち上げてみる。皺の一つもない、二十代前半の若々しい手だった。関節も、腰も、痛くない。
(噓だろ。三十年間、朝起きるたびに軋んでた腰が、痛くない……)
誠二は自分の手を握ったり開いたりしながら、しばらくその感触を確かめていた。
「……セージ、か」
結局、あの女神に押し切られる形で決まった名前を、そのまま名乗ることにした。田中誠二の「セイジ」を少し崩しただけの、安直な名前ではあったが、文句を言う相手はもうこの場にいない。
(悪くない響きだけどな。もう肩書きも役職も要らない。……はっ、名刺を作る必要もないってのは、地味に清々しいな)
言葉は通じなかった。頭の中に流れ込んでくる知識は「この世界には魔法がある」という漠然とした事実くらいで、言語までは補ってくれなかった。
(あの女神、細かいところ全部端折るタイプだったな……。まあいい。営業やってた頃、言葉の通じない海外の展示会に放り込まれたこともあったし。今更だ)
三日ほど、木の実と川の水で命をつなぎながら森を歩いた。空腹も渇きも、以前の体なら音を上げていたはずが、今の体は驚くほど頑丈だった。
「……腹減った。だけど、死にそうにはならない。これが不老不死ってやつか」
誠二はぼそりと呟いて、拾った木の実を口に放り込んだ。渋みが強く、お世辞にも旨いとは言えなかった。
「まずい。……まずいけど、まあ、贅沢は言えないな」
夜、獣の唸り声に囲まれたときも、なぜか恐怖より先に妙な自信が湧いた。
(これ、殴り合っても勝てそうな気がするな。……いや、根拠はないんだけど)
四日目の朝、木々の隙間から煙が立ち上るのが見えた。
「――煙。人がいる」
柵で囲われた小さな集落が見えた。畑を耕す人々、井戸端で洗濯をする女たち、薪を割る老人。
(時代劇のセットみたいだな。……いや、リアルに人が生きてるんだから、そりゃそうか)
柵の前で行き倒れたふりをするのも気が引けたが、他に手がなかった。実際、三日森を歩いた体は限界に近かったのだ。
「よし、演技はいらないな。普通に限界だ」
誠二はそう独りごちて、柵の近くにへたり込んだ。
「おい、大丈夫か。……森の方から来たのか? 珍しいな」
声をかけてきたのは、弓を背負った初老の猟師だった。言葉はわからなかったが、差し出された水と、心配そうな表情の意味はわかった。
「……ありがとう、ございます」
誠二は深く頭を下げ、猟師について村に入っていった。




