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お疲れ女神の無茶振り世直し転生 不老不死おじさんの苦悩  作者: mojito
第2章 町のギルドとスラム編

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メレン村の濁った井戸

朝の澄んだ空気に、湿った土と木々の匂いが混じり合っている。


セリオン村を旅立った日の早朝、澄み渡る秋空のもとで村人たちに見送られながら、誠二は商人バロンの駆る荷馬車の荷台に揺られていた。


ガタゴトと車輪が木製の軸を鳴らす音を聞きながら振り返ると、まだ遠くの道端で、村長のドーランや薬草摘みを教えてくれた老婆たちが、小さく手を振っているのが見えた。彼らの姿が街道の曲がり角の向こうへと完全に消え去るまで、誠二は目を離すことができなかった。


(――さて。セリオン村を出て、これからどこへ行くのやら。何が待ってるんだか、さっぱり予測もつかないな)


胸の中に湧き上がるのは、見知らぬ土地への小さな期待と、それ以上に大きな所在なさだった。前世での記憶を保持したままこの世界に転生し、2年の歳月が流れた。だが、世間知らずの「セージ」として生きる誠二にとって、セリオン村以外の世界はあまりにも広大で未知に満ちていた。


旅路は穏やかだった。セリオン村を去ってふた日目の昼下がり、バロンの荷馬車は街道から少し外れた小さな集落へと差し掛かった。


見上げると空はどこまでも高く広がっているが、街道沿いに群生する木々は、セリオン村の周りにある雄大な巨木群に比べると、心なしか背が低く葉の付き方も疎らだった。どことなく荒涼とした雰囲気が、漂っている。


「ここはメレン村だ。うちの重要な取引先の一つでな。干し肉や粗末な農作物を買いつけて、町の細工品なんかを卸してるのさ」


御者台で太い手綱を握るバロンが、タバコの煙を吐き出しながら後ろの誠二に声をかけた。


「ドーランさんたちの村とは、なんだか雰囲気が違いますね。木々の育ちも違いますし……」


「土地柄ってやつだな。ここは昔から水はけが悪いうえに、地質が粘土質で固くてね。雨が降ればすぐにぬかるむし、日照りが続けば地面が割れる。昔から水絡みの苦労が絶えない村なんだよ」


「水ですか……生きる基本ですもんね」


馬車が村の入口を潜ると、数人の村人たちが立ち止まり、こちらを伺うように見ていた。しかし、セリオン村の村人たちが持っていた明るさや温もりはそこにはなく、皆一様に痩せこけ、暗く沈んだ目つきをしている。


「おう、村長! 元気にしてたか」


バロンが馬車を止め、車台から軽やかに飛び降りて声をかけた。

出迎えたのは、白髪の混じったボサボサ頭にツギハギだらけの服を着た、衰弱の色の濃い中年男――このメレン村の村長だった。


「……ああ、バロンさんか。よく来てくれたな。だが、申し訳ないが今はまともな商談ができる状態じゃなくてね……」


村長は掠れた声で応じると、弱々しく首を振った。その顔は重い病にでもかかっているかのように衰弱し、深く刻まれた眉間のシワが心労の激しさを物語っていた。

バロンは眉をひそめ、誠二の方を振り返った。


「……セージ、悪いんだが、少し時間をくれるか。ここの連中、最近やたら暗い顔をしてるとは思ってたが、どうも普通じゃねえ」


「ええ、もちろんです。何かあったんですか、村長さん」


誠二が尋ねると、村長は深いため息をつき、村の中央にある小さな広場の方へと視線を向けた。


「……井戸の水が、濁ってるんだよ。理由がさっぱりわからなくてな」


「井戸水が、ですか?」


「ああ。いつ頃からだったか……もうひと月ほど前からだ。水を取り出すと、うっすらと白く濁っていて、変な臭いがする。最近じゃあ、その水を飲んだ子どもたちが次々と深刻なお腹壊しを起こしていてね。熱を出して寝込む子も出てきている。正直、村じゅう困り果てているんだ」


「他の井戸から水を取ることはできないんですか?」


「村には井戸がこれ一つしかないんだよ。近くに川はあるが、干上がって久しいし、湧き水が出るような場所もない。この井戸だけが……メレン村の頼みの綱なんだ」


村長の切実な言葉に、誠二は思わず表情を引き締めた。


(子どもがお腹を壊してる……? たかが水の濁りと放置しておいたら、赤痢や大腸菌の感染症で命に関わるぞ。放っておけるわけがない――)


前世で培われた倫理観と、持ち前の頼まれると断れない性格が、誠二の胸の奥で不協和音を鳴らした。


「村長さん、その井戸を見せてもらってもいいですか」


「ん? あんたはバロンさんの連れかい……? 見ても何も変わりはせんよ。ただの水だ」


「見るだけでいいんです。お願いします」


誠二の真剣な眼差しに押され、村長は力なく頷くと、村の中央へ二人を案内した。


村の中央広場には、石造りの古びた井戸がぽつんと佇んでいた。つるべの縄はすり減り、木製の桶は黒ずんでいる。誠二は井戸の縁に歩み寄り、身を乗り出して覗き込んだ。

遥か下にある水面を凝視する。暗がりの中でも、確かに水は澄んでおらず、どんよりと泥を混ぜたように濁っていた。鼻を近づけると、微かに硫化水素や有機物が腐敗したような、ツンとする嫌な臭いが立ち上ってくる。


(微生物や生ゴミ、あるいは排泄物の混入……。地下水脈そのものが汚染されているのか、それともごく近くの表層から汚水が浸入しているのか……)


誠二は頭の中で前世の知識――衛生環境や水質汚濁に関する初歩的な概念を引っ張り出し、周囲の地形観察を開始した。


「バロンさん、この井戸って、最近深く掘り直したりしましたか?」


「いや、俺がこの村に通い始めた何年も前からそのままだって聞いたな」


「じゃあ、地下深くの水脈が急に変化したわけじゃないな……」


誠二は立ち上がり、井戸の周囲をぐるりと見回した。メレン村はなだらかな傾斜地にある。井戸は敷地の中ほどにあり、その少し小高い上風・上流側を目で追っていく。


「村長さん、あるいは村の皆さん。ここ半年くらいの間に……この井戸より少し高い場所に、新しく肥溜めとか、家畜小屋とかを作りませんでしたか?」


誠二の問いかけに、バロンも村長も首をかしげた。だが、後ろで二人のやり取りを黙って見ていた若い村人の男が、はっとしたように目を見開いた。


「あ……! おい、村長、まさか……」


「ん? なんだ、急に声を張り上げて」


「半年前に、大雨で裏手の豚小屋が壊れただろ! だから、井戸のすぐ脇……あのアカシアの木の根元あたりに、新しく豚小屋を移設したじゃないか!」


「あ……! そう言われればそうだ! 確かにな!」


若い村人は自身の頭を叩きながら誠二に寄ってきた。


「そういえば、井戸の水が匂い始めたり、濁り始めたりしたのも……豚小屋をあそこに移してからしばらく経った頃だった気がする!」


「それです。原因は十中八九、それですよ」


誠二は納得がいったように力強く頷いた。


「豚小屋のフンや汚水が、雨が降るたびに地面に染み込んでいたんです。ここは水はけの悪い粘土質の土地だから、汚水が遠くに逃げずに、地面の中の浅い層を伝って、そのまま井戸の側面や底部にじわじわと流れ込んでいたんですよ」


「な……なんだって……!?」


村長は絶句し、膝から崩れ落ちそうになった。


「じゃあ……わしらは、自分たちで豚の糞尿を混ぜた水を子どもたちに飲ませていたというのか……!? なんということだ……! わしらの無知のせいで、子どもたちを病に苦しめていたなんて……!」


「村長さん、自分を責めないでください。専門の知識がなけりゃ、地下の水の流れなんて誰にもわかりませんよ」


誠二は慌てて村長の肩を支えた。


「でも、原因が分かったんなら対策はできます。豚小屋を今すぐ別の場所に移して、井戸と汚水経路の間に粘土を使った遮水溝を作れば、濁りは収まるはずです!」


「そ、そんなことで、本当にあの水が元通りになるのか……!?」


「絶対に直るとは保証できませんが、試してみる価値は大いにあります。やりましょう!」


誠二の力強い言葉に、落ち込んでいた村長と村人たちの目に、かすかな希望の光が宿った。

村長は誠二の顔をまじまじと見つめると、ボロボロの衣服も気にせず、土の上にひざまずく勢いで深々と頭を下げた。


「頼む……! 頼む、セージさんとおっしゃったか! この村には水や土地のことに詳しい者が誰一人いなくてな……子どもたちが腹を壊して苦しむのを、ただ指を咥えて見てることしかできなかったんだ! どうか、村を……子どもたちを助けてくれ!」


「頭を上げてください、村長さん。できる限りのことは、全部やってみますから!」

こうして、旅の途上であるはずの誠二は、メレン村の井戸再生作業へと乗り出すことになったのだった。

拙作、お読みいただきありがとうございます!

まだ試行錯誤してますので改稿する可能性があります。

よろしくお願いいたします。

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