行商人との出会い
祭りから数日後、村に一人の行商人がやってきた。
「へえ、この燻製肉、これはいい。それに、この塗り薬……こいつは町の薬屋でも十分通用する品だ。誰が考えた?」
「私です」
誠二が名乗り出ると、行商人――バロンと名乗った男は、値踏みするような目を向けてきた。
(この目、懐かしいな。前世で数えきれないほど浴びた目だ)
「セージといったか。……お前さん、こんな村に埋もれてるにはもったいない目をしてるな。町に出てみる気はないか? 冒険者登録に商人ギルド登録、両方やっとけば、この村と町を行き来する商売の口利きくらいはしてやれる」
「ありがたい話ですけど……バロンさん、なんだか疲れてません?」
(顔色、よくないな。前世の得意先で、決算前にいつもこんな顔してる経理担当がいたっけ)
「……わかるか。実はな、この商売、思ったより儲からなくてな」
「儲からない、ですか。これだけ荷を運んでるのに?」
「そうなんだよ。荷は運んでる、村々も回ってる、なのに、手元に残る金が少ねえ。女房には『商人失格だ』なんて言われる始末だ」
誠二は思わず身を乗り出した。
(――これ、放っておけないやつだ)
「バロンさん、帳簿……お金の出入りを記録したもの、つけてますか」
「帳簿? そんな大層なもんはないな。頭の中で覚えてるだけだ」
「それだと、どこで損してるか、わからなくないですか」
「損なんてしてねえよ。安く仕入れて、高く売る。それだけだ」
「たとえば、この村からの仕入れ値と、町での売値、正確に覚えてます?」
「……だいたいは」
「だいたい、ですよね」
誠二は木の板に、簡単な表を描いてみせた。仕入れ値、運搬にかかる日数、荷が傷んで捨てた分、町での売値――項目を並べていくと、バロンの顔がみるみる曇っていった。
「おい、待て。……これ、燻製肉以外の荷、結構な割合で傷んで捨ててないか、俺」
「たぶん、そうだと思います。それと、この村からの往復にかかる日数を考えると、割に合ってない品目もあるはずです」
「うわ、マジか……。じゃあ、俺は今まで、何のために」
「悪い話ばかりじゃないですよ。これ、書き出して整理するだけで、儲かる品と儲からない品がはっきりします。儲からない品は扱う量を減らして、儲かる品に力を入れればいいだけです」
「そんな簡単な話か?」
「簡単ですよ。ただ、書き出して、見えるようにするだけです」
(前世でも、これだけで劇的に改善する取引先、山ほどあったな。……いや、待て、俺、また余計なことに首突っ込んでる気がする)
誠二は内心でそう呟きながらも、木の板に描いた表を、バロンにわかりやすいよう丁寧に書き直していった。
「ついでに、傷みやすい荷は、詰め方も見直した方がいいです。すき間を作って風を通すとか、乾燥させた葉を一緒に詰めるとか。それだけでも、傷む量はだいぶ減るはずです」
「セージ……お前、本当に何者なんだ」
「昔、そういう仕事をしていただけです」
「その『昔の仕事』、俺にも紹介してくれよ、まったく」
バロンは半分呆れ、半分感心したような顔で、木の板の表を何度も見返していた。
「……よし、決めた。セージ、お前が町に来るなら、ギルドでの口利き、精一杯やらせてもらう。この帳簿のやり方も、ちゃんと使わせてもらうぜ」
「お役に立てたなら、良かったです」
(また、悩んでるうちに首突っ込んで、また解決しちゃったな、俺。……まあ、いいか)
「……少し、考えさせてください」
誠二はドーラン、メイベル、ガレンの顔を思い浮かべながら、少し考えた。この二年間の村での暮らしは、もう十分すぎるほど居心地がよかった。だが――
(不老不死、なんだよな、俺。この時間の長さを考えたら、一つの村に留まり続けるのは、たぶん違う)
「行きます。ただし……」
「ただし?」
「この村との縁は、切りません。燻製肉と薬、これからも卸させてください」
「そいつは願ってもない話だ」
バロンは満足そうに笑った。
出立の朝、村中の人間が誠二を見送りに集まった。
「セージ、また戻って来い。獲物の掛かりが悪くなったら、お前の知恵が必要だからな」
ドーランは無骨に肩を叩き、それだけ言うと、あとは何も言わずに手を振った。
「セージ、これを持って行きな」
メイベルは、丹念に選んだ薬草の束と、旅の途中で使えるようにと配合した簡単な傷薬を持たせてくれた。
「お前さんはきっと、この村だけじゃ収まらない男だよ。……行きな。でも、たまには顔を見せておくれ」
「必ず戻ります」
ガレンは、誠二の手を両手で包み込むように握った。
「セージ。お前がこの村に来てくれて、本当によかった。……行ってこい。この村は、お前の帰る場所の一つだと思っておいてくれ」
「はい。――ありがとうございました、ガレンさん」
誠二は村を出た。振り返ると、ドーラン、メイベル、ガレン、そして多くの村人たちが、いつまでも手を振ってくれていた。
(……こんな見送り、前世じゃ一度もなかったな。転勤のときも、退職のときも)
誠二は森の入り口で一度足を止め、村を振り返った。
「――ありがとうございました。また、必ず」
誰にともなく呟いて、誠二は町へ向かう道を歩き出した。
冒険者登録と商人ギルド登録。そして、まだ見ぬ町のスラム。困っている誰かが、きっとどこかで待っている。
「さて……次は、何が待ってるんだか」
誠二はぼそりと独りごちながら、街道を歩いていった。
(隣の谷の村、それから町のスラム……女神様、随分と気軽に言ってくれるよな。予算も人手もないくせに、無茶振りだけは一人前だ)
それでも、困っている誰かがいると聞かされれば、放っておけない。お人よしと言われようが、この性分だけは、前世から変わらないらしい。
(――まあ、いいか。行ってみるか)
誠二は小さく苦笑いすると、足取りを速めた。二度目の人生は、ようやく本当の意味で動き出したばかりだった。




