表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星を隠さぬ君の隣で  作者: 最後に残った形


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
97/108

第9章 第1話:最終イベントの告知


 アステリオの中央広場にログインした瞬間、ノアは空を見上げた。


 いつもの夜空とは違っていた。


 頭上には、星を編んだような巨大な環が浮かんでいる。

 青白い光の輪が幾重にも重なり、ゆっくりと回転していた。広場の噴水から立ち上る粒子も、今日はいつもより明るく、まるで星屑が水面から空へ帰っていくように舞っている。


 広場全体が、何かを待っていた。


 プレイヤーたちもざわついている。

 あちこちでチャットウィンドウが開き、掲示板の速報を確認する声や、イベント予想をする声が飛び交っていた。


『今日、公式発表あるらしいぞ』

『大型アップデート?』

『星冠祭って名前だけ出てたやつ?』

『記念イベント系じゃないの?』

『絆記録がどうとか書いてあった』


 絆記録。


 その言葉が耳に入った瞬間、ノアの胸が小さく鳴った。


 前回の大型イベント、《星環試練・双影の迷宮》。

 あの最奥で、ノアとアークは声だけを頼りに互いを信じた。

 見えない場所で選び、進み、支え合った。


 怖かった。

 でも、確かに信じられた。


 その感覚は、今も胸の奥に残っている。


 信じることも、恋の続き。


 自分でそう思えた夜だった。


 ノアは広場の端へ移動し、人の流れから少しだけ外れる。

 足元の石畳には、今日だけの特別な魔導紋が浮かんでいた。星と月、剣と花、鏡のような模様。それらが光の線で結ばれ、中央の噴水へ集まっている。


 まるで、今までの道がどこかへ繋がっていくみたいだった。


『ノア』


 個別回線に声が入る。


 振り向く前に、胸が少しだけあたたかくなった。


「アーク」


 黒い装備のアークが、人混みの向こうから歩いてくる。

 広場の光を受けて、背中の剣が淡く反射していた。


 見慣れた姿。

 でも、今はその姿を見るだけで少し安心する。


『早かったな』

「アークも」

『公式発表、気になって』

「うん」

「広場、すごいね」

『ああ』

 アークも空を見上げる。

『いつものイベント前より、演出が大きい』

「星冠祭って、何なんだろう」

『告知文だけだと、記念イベントっぽかったけど』

「絆記録って聞こえた」

『俺も見た』

 アークは少しだけ表情を引き締める。

『過去の連携履歴を使うらしい』

「……連携履歴」

『パーティ活動とか、ペア戦闘とか、長く一緒にいた相手との記録を可視化するって』

「可視化」


 その言葉が、胸に引っかかった。


 可視化。

 見えるようになる。


 ノアとアークの時間が。

 ずっと隠していた頃の時間も。

 正体を言えずに苦しかった頃の連携も。

 好きなのに、名前の奥を見せられなかった時間も。


 それが、イベントとして他の誰かにも見えるのだろうか。


 ノアは自分の手を見下ろした。

 アバターの細い指先。

 現実の澪とは違う手。

 けれど、アークと何度も繋いだ手。


 ノアとして積み重ねた時間は、本物だ。

 そう思えるようになってきた。

 でも、それを誰かに見られることには、まだ少し怖さがある。


『ノア』

 アークが低く呼ぶ。

『大丈夫?』

「……うん」

 反射的に答えてから、すぐに首を振る。

「違う」

『うん』

「少し、怖い」

 言えた。


 前なら、大丈夫だと言い切っていたかもしれない。

 怖さを隠して、平気なふりをしていたかもしれない。


 でも今は、それをしないと決めている。


『俺も』

 アークは静かに言った。


「アークも?」

『うん』

『俺たちの記録が見えるってことだろ』

「うん」

『嬉しい気もする』

「うん」

『でも、怖い』

「……うん」

『ノアと過ごした時間は大事だけど』

 アークは少しだけ言葉を探すように間を置いた。

『あの頃のノアが苦しかったことも知ってるから』

 胸の奥が静かに痛んだ。


 アークは、ノアの時間をきれいなものだけとして見ていない。

 楽しかったことも、連携がうまくいったことも、笑ったことも。

 でも、その裏にあった澪の痛みも知っている。


 だからこそ、その記録が外へ出ることを、ただ喜ぶだけではいられないのだろう。


「私たちの時間が、外に出るんだね」

 ノアは小さく言った。


『うん』

「怖い」

『うん』

「でも」

 ノアは広場の空を見上げる。

 星の環がゆっくり回っている。


「消したくはない」

 その言葉は、自分でも驚くほど自然に出た。


 隠していた時間だった。

 苦しかった時間だった。

 後悔もある。

 朔を傷つけたこともある。


 それでも、アークの隣にいた時間を、なかったことにはしたくない。


 ノアとして走った戦場。

 アークと交わした短い合図。

 水鏡庭で笑ったこと。

 星骸の渡り廊で触れた言葉。

 全部、確かに自分の一部だ。


 アークが静かに頷いた。


『俺も、消したくない』

「うん」

『怖いけど、俺は消したくない』

「私も」

 ノアは少しだけ笑った。

「消したくない」


 その時、広場全体に鐘の音が鳴り響いた。


 低く、澄んだ音。

 噴水の粒子が一斉に空へ舞い上がり、中央の星環が強く輝く。


 プレイヤーたちの声が一瞬で静まった。


 空に巨大なシステムウィンドウが開く。


《公式記念イベント告知》

《星冠祭》

《近日開催》


 広場がどよめく。


 続いて、説明文が光の文字として浮かび上がった。


《星冠祭は、アステリオで積み重ねられた絆と歩みを祝福する記念祭です》

《共に戦った記録、支え合った記録、交わした選択が、星の記憶として可視化されます》

《長く行動を共にした仲間、特別な連携を重ねたパートナーには、専用の星冠記録が開示されます》


 ノアの胸が強く鳴った。


 専用の星冠記録。


 その言葉の下に、いくつかの映像サンプルが流れる。

 プレイヤー同士が背中合わせに戦う姿。

 倒れた仲間を支える姿。

 同じ場所で何度も挑戦し、最後に勝利する姿。

 まるで、誰かの思い出が星の中に閉じ込められたみたいだった。


 美しい。

 けれど、少し怖い。


 あれが、ノアとアークにも起きるのかもしれない。


 自分たちの記録が、星として形になる。


『やっぱり』

 アークが言った。

『対象になりそうだな』

「うん」

「私たち、かなり一緒に戦ってる」

『連携回数も多い』

「イベントのペアギミックも」

『記録に入ってるだろうな』

 ノアは黙って頷いた。


 星環試練の最奥。

 声だけで繋がった試練。

 あれも、きっと記録されている。


 あの時の自分たちは、怖さを隠さなかった。

 信じた。

 それは誇れる記録のはずだ。


 でも、その前の記録はどうだろう。


 ノアが澪であることを隠していた頃。

 アークの隣にいたい一心で、ノアとして近づいていた頃。

 あの時間も、星になるのだろうか。


 それを見た時、自分はどう感じるのだろう。


 広場に、さらに詳細が表示される。


《星冠祭では、記録の公開範囲を各プレイヤーが選択できます》

《個人記録、パーティ記録、ペア記録の一部は、本人の承認により公開可能です》

《公開は任意です》


「任意……」

 ノアは小さく呟いた。


 全部が勝手に公開されるわけではない。

 それを知って、少しだけ安心する。


 でも同時に、選ばなければいけないということでもある。


 見せるのか。

 見せないのか。

 どこまで見せるのか。


 それは、今まで何度も向き合ってきた問いと同じだった。


 隠さないとは何か。

 全部を見せることなのか。

 守るために線を引くことなのか。

 逃げるための嘘をつかないことなのか。


 アステリオは、またその問いをノアの前へ差し出してきた。


『ノア』

 アークの声が近い。

『今すぐ決めなくていい』

「……うん」

『任意って書いてある』

「うん」

『俺たちで決めよう』

「うん」

 その言葉に、少し呼吸が楽になる。


 俺たちで決める。

 一人で裁かない。

 一人で罰にしない。


 何度も約束してきたことだ。


「怖いね」

『怖い』

「でも、少し見たい気もする」

『俺も』

「私たちの記録」

『うん』

「ノアとして、アークと積み重ねた時間」

『うん』

「怖いけど、見たい」

 アークは小さく頷いた。


『じゃあ、まずは二人で見る』

「うん」

『公開するかどうかは、そのあと考える』

「うん」

『セレスたちに見せたいかどうかも』

「うん」

『無理に決めない』

「……うん」

 ノアは胸に手を当てる。


 怖さは消えない。

 でも、道筋があると少しだけ立っていられる。


 広場には、さらに祝祭の演出が広がっていた。

 星冠祭の開催日。

 参加条件。

 特別クエスト。

 記念称号。

 限定エリア。


 プレイヤーたちは興奮した様子で話し始める。


『やばい、絶対参加する』

『ペア記録とか熱いな』

『これ、相方いる人めちゃくちゃ盛り上がるやつ』

『ソロ勢には関係ない?』

『パーティ記録もあるって』

『称号欲しい!』


 その中で、ノアは静かに立っていた。


 隣にアークがいる。

 それだけで、ざわめきの中でも自分を見失わずにいられる。


 そこへ、明るい声が飛んできた。


『ノアさん! アークさん!』


 ピピだった。


 セレスとフレアも一緒にいる。

 三人とも、今の告知を見ていたのだろう。

 ピピはもう目を輝かせていた。


『見ました!? 星冠祭! 絆記録ですよ! 絶対わたしたち対象ですよね!』

『落ち着きなさい』

 フレアが言う。

『無理です! これは落ち着けません!』

 セレスは穏やかに微笑んでいる。

『とても綺麗なイベントになりそうですね』


 ピピはノアとアークを交互に見た。

 そして、期待に満ちた声で言う。


『ノアさんとアークさんのペア記録、すごそうです!』

 ノアの胸が跳ねる。


 ピピに悪気はない。

 むしろ、心から楽しみにしている声だった。

 だからこそ、すぐには返事ができなかった。


 アークが一歩だけノアの隣に寄る。


『まだ、どうするかは決めてない』

 彼は静かに言った。


 ピピが目を瞬かせる。


『公開範囲のことですか?』

『うん』

『あ……そうですよね』

 ピピは少しだけ表情を変えた。

 勢いだけではなく、ちゃんと察した顔になる。


『すみません。見たいって思っちゃいましたけど、二人の記録ですもんね』

 その素直な言葉に、ノアは少し救われた。


「ううん」

「見たいって言ってくれるの、嫌じゃない」

『ほんとですか?』

「うん」

「でも、まだ少し怖い」

 ノアは正直に言った。


 ピピはこくこくと頷く。


『じゃあ、待ちます!』

「待つ?」

『はい! ノアさんとアークさんが、見せてもいいって思ったら見せてください』

『ピピにしては良い距離感』

 フレアが言う。

『今ちょっと褒められました!?』

『少し』

『やりました!』

 ピピが嬉しそうにする。


 セレスがノアへ視線を向けた。


『大切な記録ほど、見せるのに勇気がいりますよね』

「……うん」

『見せなくても、消えるわけではありません』

 その言葉が、胸に静かに届いた。


 見せなくても、消えるわけではない。


 内側につけた星のチャームと同じだ。

 見えなくても、そこにある。

 大事にしているから、すぐに外へ出さないこともある。


『でも』

 セレスはやさしく続ける。

『いつか見せたいと思えた時には、きっととても綺麗に見えると思います』

「うん」

「ありがとう」

 ノアは小さく頷いた。


 フレアは腕を組んだまま、淡々と言った。


『戦闘記録としては、ノアとアークの連携は公開価値が高い』

『フレアさん、雰囲気!』

 ピピが突っ込む。

『事実を言っただけ』

『でも今はもう少し情緒を!』

『情緒はセレス担当』

『分担制なんですか!?』

 そのやり取りに、ノアは思わず笑ってしまった。


 笑える。

 それだけで、少し楽になる。


 ピピがぱっと顔を明るくした。


『でも、星冠祭は五人でも参加しましょうね!』

『もちろん』

 セレスが頷く。

『パーティ記録もありますし』

『五人の記録なら、見たい』

 ノアは自然に言った。


 自分でも少し驚く。


 でも、五人で戦った時間は見たいと思った。

 セレスが支えてくれたこと。

 フレアが冷静に導いてくれたこと。

 ピピが明るく場を動かしてくれたこと。

 アークが隣にいたこと。


 それは、ちゃんと見たい。


『嬉しいです!』

 ピピが笑う。

『じゃあ五人の星冠記録、絶対見ましょう!』

『公開するかは別として』

 フレアが釘を刺す。

『はい、まずは自分たちで!』

 セレスも微笑む。

『それがいいと思います』


 その会話の中で、ノアは少しずつ胸の緊張がほどけていくのを感じていた。


 全部をすぐに外へ出さなくていい。

 でも、見たいと思えるものがある。

 消したくないと思える時間がある。


 それだけで、十分に前へ進んでいる気がした。


 しばらく五人で星冠祭の告知内容を確認したあと、それぞれログアウトすることになった。

 ピピは最後まで楽しみにしていると騒ぎ、フレアは攻略情報をまとめると言い、セレスは「無理のない範囲で楽しみましょう」と穏やかに締めた。


 三人が去ったあと、ノアとアークは中央広場の噴水前に残った。


 空にはまだ、星冠祭の光の文字が揺れている。


『ノア』

「うん」

『今日、どうだった?』

「怖かった」

『うん』

「でも、消したくないって思った」

『うん』

「前より、少しだけ」

 ノアは胸の奥を確かめるように言った。

「ノアとしていた時間を、大事にしたいって思えた」

 アークは静かに頷いた。


『俺も大事にしたい』

「うん」

『綺麗なところだけじゃなくて』

「うん」

『苦しかったところも、遠回りしたところも』

「うん」

『全部、今に繋がってるから』

 その言葉に、ノアは目を伏せる。


 今に繋がっている。

 そう思えるようになるまで、随分遠くまで来た気がする。


「アーク」

『何』

「星冠祭、一緒に見たい」

『うん』

「私たちの記録」

『うん』

「怖いけど、見たい」

『見よう』

「うん」

『二人で』

「うん」

「二人で」


 約束のように言葉を交わす。


 ノアはそっと手を差し出した。

 アークは迷わずその手を取る。


 広場にはたくさんのプレイヤーがいる。

 でも、今はもう、それが少しだけ怖くなくなっていた。

 ここで手を繋いでいることを、誰かに見られるかもしれない。

 それでも、今は離したくない。


『また明日』

 アークが言う。

「うん」

「また明日」


 ログアウトして現実へ戻ると、部屋は静かだった。


 澪はベッドの端に座り、しばらく手のひらを見つめた。

 アークと繋いでいた感覚は、もう現実には残っていない。

 でも、胸の奥には確かに温度がある。


 机の横に置いた鞄を手に取る。

 内側のファスナーについた星のチャームを、そっと指で触れた。


 青い小さな星。

 まだ外からは見えない場所にある。


 星冠祭。

 星の記録。

 見せること。

 見せないこと。

 消したくない時間。


 澪はチャームを外側につけることを、一瞬だけ想像した。


 学校で見える場所に揺れる青い星。

 朔の鞄には、銀の月。

 誰かが気づくかもしれない。

 聞かれるかもしれない。

 噂になるかもしれない。


 まだ怖い。


 でも、外に出したい気持ちも、確かにある。


「……まだ、内側」


 小さく呟く。


 でも、その言葉は諦めではなかった。

 今はまだ内側。

 けれど、いつか。


 澪は星のチャームに触れたまま、スマート端末を見た。

 朔からメッセージが届いている。


『星冠祭、一緒に見よう』

『怖くても』


 澪は少しだけ笑って、返信を打った。


『うん』

『消したくないから、見たい』


 送信してから、鞄の内側の星をもう一度見た。


 隠していた時間。

 苦しかった時間。

 それでも、消したくない時間。


 その全部が、いつか外の光に触れる日が来るのかもしれない。


 澪は星のチャームをそっと揺らした。

 青い小さな星が、鞄の内側で静かに光った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ