表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星を隠さぬ君の隣で  作者: 最後に残った形


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

107/108

第9章 第11話:ちゃんと、付き合っています


 星を外側につけた翌日、澪は昨日より少しだけ落ち着いて教室に入った。


 もちろん、まったく平気になったわけではない。


 鞄の外側では、青い星のチャームが揺れている。

 机の横に鞄を掛けるたび、光を受けて小さくきらめく。そのたびに、見られているのではないかと胸が少し鳴った。


 でも、昨日とは違う。


 昨日、外へ出した。

 夏希が見てくれた。

 ひなが泣きそうになりながら褒めてくれた。

 凛花が目を逸らさずに「似合ってる」と言ってくれた。

 由良が「きれいだね」と笑ってくれた。

 そして朔の鞄には、銀の月が揺れていた。


 怖かった。

 でも、壊れなかった。


 見られて終わりではなかった。

 見られて、それでも立っていられた。


 その感覚が、今朝の澪の足元を少しだけ支えていた。


「おはよ、朝倉」


 席に着いた瞬間、夏希が後ろから声をかけてくる。


「おはよう」

「今日も星、外側」

「うん」

「継続できたじゃん」

「まだ二日目」

「二日目は大事」

 夏希は澪の鞄をちらりと見て、少しだけ笑った。


「似合ってる」

「昨日も言われた」

「何回でも言う」

「照れる」

「慣れな」

「無理」

「まあ、そこは朝倉らしい」

 そんなやり取りをしていると、胸の緊張が少しだけほどけていく。


 教室の前方では、朔が自分の席に鞄を置いていた。

 銀の月のチャームが、外側で小さく揺れている。


 目が合う。


 朔はほんの少しだけ口元を緩めた。

 澪も小さく頷く。


 それだけで、昨日の星冠祭の光が胸の奥に戻ってくるようだった。


 星を隠さぬ双影。


 アステリオで受け取った称号。

 まだ完全にその名前の通りになれたわけではない。

 でも、そうありたいと願った。

 その誓いが、今日も鞄の外側で揺れている。


 ホームルームが始まり、授業が進む。


 昨日に比べれば、視線は少し落ち着いた気がした。

 ただ、完全になくなったわけではない。

 星と月のチャームは、やはり目立つ。

 お揃いだと気づいている生徒も増えている。


 誰かが小声で話しているのが聞こえるたび、澪の胸は少しだけ鳴った。


「やっぱり、神谷と朝倉ってそうなのかな」

「お揃いっぽいよね」

「付き合ってるの?」

「でも、幼馴染だし」


 悪意ではない。

 好奇心。

 少しの驚き。

 昨日までにも何度かあった空気。


 でも今日は、それを完全には避けられないとわかっていた。


 星を外側につけた。

 それは、見られることを受け入れる一歩だった。


 なら、言葉を向けられる日も来る。


 そう思ってはいた。


 けれど、その瞬間が本当に来ると、やっぱり心臓は大きく跳ねた。


 昼休みのあと、澪が教科書をしまっていると、近くの席の女子が少し迷うように声をかけてきた。


「朝倉さん」


 澪は顔を上げる。


「何?」


 相手は少しだけ気まずそうに笑った。

 悪気はなさそうだった。

 ただ、ずっと気になっていたことを聞くか迷っている顔。


「あのさ」

「うん」

「聞いていいかわかんないんだけど」


 その前置きで、澪の胸が強く鳴った。


 夏希が後ろで、わずかに動きを止めたのがわかる。

 朔も前方の席でこちらを見た気配がした。


 教室のざわめきが、少しだけ遠くなる。


 相手の女子は、澪の鞄の星をちらりと見て、それから朔の鞄の月を見た。


「神谷くんと朝倉さんって」

 少しだけ間が空く。


「付き合ってるの?」


 言葉が、教室の空気に落ちた。


 大きな声ではなかった。

 でも、近くにいた何人かには確実に聞こえていた。


 周囲の空気が、ほんの少し止まる。

 視線が集まるのがわかった。


 心臓がうるさい。

 指先が少し冷たくなる。


 以前なら、固まっていた。

 似てるだけ、と弱い言い訳をしていたかもしれない。

 もしくは、朔を見るだけで、自分では答えられなかったかもしれない。


 澪は一瞬、朔のほうを見た。


 朔は立ち上がりかけていた。

 答えようとしてくれているのがわかった。


 守ってくれる。

 一緒に言ってくれる。

 昨日も、これまでも、朔はそうしてくれた。


 でも。


 今回は、自分で言いたかった。


 澪は朔を見たまま、ほんの少しだけ首を振った。


 大丈夫。

 私が言う。


 そう伝えるつもりで。


 朔は動きを止めた。

 少しだけ驚いた顔をして、それから静かに頷いた。


 待ってくれた。


 澪は前を向く。

 声をかけてきた女子を見る。


 喉が少し震える。

 でも、逃げない。


「うん」


 まず、頷いた。


 その一音だけで、胸が痛いほど鳴る。


 でも、そこで終わらせなかった。


「ちゃんと、付き合っています」


 言えた。


 自分の声で。

 自分の言葉で。

 人前で。


 教室が少しざわついた。


「え、やっぱり?」

「そうなんだ」

「おお……」

「幼馴染からってやつ?」


 いくつかの声が聞こえる。

 驚きと好奇心。

 でも、強い悪意ではなかった。


 それでも、澪の胸は大きく揺れていた。


 言った。

 付き合っています、と。

 ちゃんと。


 頬が熱い。

 手のひらに汗がにじむ。


 でも、後悔はなかった。


 相手の女子は少し目を丸くして、それから笑った。


「そっか」

「うん」

「なんか、ごめん。急に聞いて」

「ううん」

「でも、似合ってる」

 その言葉に、澪は息を止めた。


「二人、なんか前から空気近かったし」

「……そう?」

「うん」

「星と月も、いいね」

 澪の胸が少しだけ緩む。


「ありがとう」

 そう返すと、相手は軽く笑って席へ戻っていった。


 教室のざわめきは、まだ完全には戻らない。

 でも、空気は思ったよりもやわらかかった。


 その時、朔が立ち上がった。


 澪の胸がまた鳴る。


 朔は澪の席の近くまで来て、周囲の視線を少し受けながら、静かに言った。


「俺も」


 短い言葉。


 でも、教室の空気がまた少し止まる。


 朔は澪を見た。

 そして、はっきり続けた。


「俺も、澪と付き合ってる」


 澪の胸が熱くなった。


 澪、と呼ばれた。

 教室で。

 皆の前で。


 彼氏として。

 隣に立つ人として。


 朔の声は少しだけ緊張していた。

 でも、逃げていなかった。


 夏希が後ろから、わざとらしく手を叩くような仕草をした。


「はい、正式回答出ました」


 その一言で、教室の空気がふっとほどけた。


「夏希」

 澪が小さく呼ぶと、夏希はにやりと笑う。


「いや、変な空気のままにするよりいいでしょ」

「そうだけど」

「付き合ってます。以上。はい、午後の授業準備」

 夏希が軽く言うと、何人かが笑った。


 その笑いに、澪は救われた。


 からかいすぎず、でも重くしすぎない。

 夏希らしい整え方だった。


 ひなが教室の端からこちらを見ていた。


 目が合う。

 ひなは少しだけ唇を結んでいた。

 でも、すぐに笑った。


 口の動きだけで、こう言った。


 おめでとうございます。


 胸がぎゅっとなった。

 澪は小さく頷く。


 凛花は窓際の席からこちらを見ていた。

 その顔には、やはり少しの痛みがある。

 けれど、目は逸らしていない。


 澪と目が合うと、凛花は静かに頷いた。


 ちゃんと言ったわね。


 そう言われた気がした。


 由良は穏やかに微笑んでいた。

 祝福だけではない、いろいろな感情を含んだ笑み。

 それでも、その目は優しかった。


 澪はその全部を胸に受け取った。


 罪悪感としてではなく。

 罰としてではなく。

 感謝として。


 自分の恋を、自分で選ぶために。


 午後の授業は、あまり頭に入らなかった。


 付き合っています。


 自分が言った言葉が、何度も胸の中で響く。


 言えた。

 怖かった。

 今も少し怖い。


 でも、言ってしまったら、思っていたよりも世界は普通に続いていた。


 先生はいつも通り授業をしている。

 生徒たちはノートを取り、眠そうにしている人もいる。

 廊下では誰かが笑っている。


 世界は壊れなかった。


 澪が朔と付き合っていると認めても、朝倉澪は朝倉澪のまま、教室に座っている。


 それが少し不思議で、少し嬉しかった。


 放課後、終礼が終わると、教室はいつものようにざわついた。


 でも今日は、そのざわめきの中に少しだけ違う視線が混じっている。


 付き合っていると認めた直後の放課後。

 朔がどうするか、澪がどうするか。

 見られている気配がする。


 澪は鞄を持つ。

 青い星が揺れる。


 心臓が鳴る。

 でも、もう朝よりは落ち着いていた。


 朔が席を立った。


 澪のほうへ歩いてくる。


 いつもの距離。

 でも、今日は教室の空気が少しだけ違う。


 朔は澪の机の前で止まった。


「澪」


 名前を呼ばれる。

 胸が温かくなる。


「帰ろう」


 何度も聞いた言葉だった。


 でも今日は、付き合っていますと言った後の、最初の「帰ろう」だった。


 澪は鞄を持って立ち上がる。


「うん」


 頷く。


「帰ろう」


 周囲の視線が少しだけ動く。

 けれど、昨日ほど怖くなかった。


 夏希が後ろから軽く声をかける。


「行ってきな」

「うん」

「正式彼氏と」

「夏希」

「はいはい」

 夏希は笑った。

 でも、その目は優しかった。


 ひなが少し離れたところで手を振る。


「朝倉先輩、神谷先輩、また明日です」

「うん。また明日」

 朔も軽く頷く。


 凛花は席で鞄を閉めながら、こちらを一度だけ見た。

 由良は静かに微笑んでいた。


 澪はその視線を、今度は逃げずに受け取った。


 教室を出る。

 廊下を歩く。

 昇降口へ向かう。


 隣には朔がいる。

 鞄の外側には青い星。

 隣の鞄には銀の月。


 もう、隠れていない。


 昇降口で靴を履き替えたあと、校門へ向かう途中で朔が小さく言った。


「言えたな」

「うん」

「自分で」

「うん」

「朔、答えようとしてくれたよね」

「うん」

「でも、待ってくれた」

「澪が言うって顔してたから」

「そんな顔してた?」

「してた」

「そっか」

 澪は少しだけ笑う。


「怖かった」

「うん」

「でも、言いたかった」

「うん」

「朔だけに言わせたくなかった」

「うん」

「私も、ちゃんと付き合ってるって言いたかった」

 朔は静かに頷いた。


「嬉しかった」

 その一言で、澪の胸が熱くなる。


「ほんと?」

「うん」

「澪が、自分の言葉で言ってくれたのが」

「うん」

「かなり嬉しかった」

 顔が熱くなる。


「……そういうの、まだ慣れない」

「俺も、言うの慣れてない」

「でも言う」

「言いたくなった」

「便利」

「便利」

 二人で小さく笑う。


 校門を出て、住宅街へ入る。

 人通りが少し減ったところで、朔が手を差し出した。


「今は?」


 いつもの確認。


 でも、今日のその手は、いつもより少しだけ特別に見えた。


 澪は手を伸ばす。

 指が触れる。

 自然に絡む。


「うん」

「今は、繋ぎたい」


 朔の手に少し力がこもる。


「俺も」


 二人は手を繋いで歩き出した。


 夕方の住宅街。

 遠くから部活帰りの生徒の声が聞こえる。

 家々の窓には、少しずつ明かりが灯り始めている。


 星と月のチャームが、それぞれの鞄で揺れる。

 繋いだ手の間に、あたたかい沈黙がある。


「今日」

 澪はぽつりと言った。

「世界、壊れなかった」

 朔が少しだけ横を見る。


「壊れると思ってた?」

「少し」

「うん」

「付き合ってるって言ったら、何か大きく変わる気がしてた」

「うん」

「でも、普通に授業があって、放課後になった」

「うん」

「みんな少し驚いたけど」

「うん」

「それでも、終わらなかった」

 朔は静かに頷いた。


「たぶん、そういうことなんだろうな」

「何が?」

「隠さないって」

 朔は前を向いたまま言う。

「何かを言ったら全部変わるんじゃなくて」

「うん」

「言っても、ちゃんと続いていくって知ること」

 その言葉に、澪は胸が静かに震えた。


 言っても、続いていく。


 ノアだと明かしても。

 好きだと言っても。

 付き合っていますと言っても。

 星を外へ出しても。


 怖いことを越えた先に、世界はちゃんと続いていた。


 そしてその続きに、朔がいた。


「朔」

「何?」

「私、ちゃんと付き合っていますって言えた」

「うん」

「付き合ってるって、何かまだ不思議」

「うん」

「でも、嬉しい」

「俺も」

「朔が彼氏なの、まだ時々夢みたい」

「俺も、澪が彼女なの、まだ時々現実感ない」

「本当?」

「本当」

「でも」

 澪は繋いだ手を見る。

「手があると、現実だなって思う」

 朔は少しだけ耳を赤くした。


「それ、かなり来る」

「仕返し」

「最近、本当に強くなったな」

「少しだけ」

「かなり」

 二人で笑った。


 家の前に着くと、澪は少し名残惜しくなった。


 今日一日、大きな一歩を踏み出した。

 その最後に、このままもう少しだけ手を繋いでいたかった。


 朔も、同じことを思ったのかもしれない。

 手を離すまで、ほんの少し間があった。


「今日は」

 朔が言う。

「うん」

「本当に、お疲れ」

「朔も」

「俺はあんまり」

「朔も言ってくれた」

「うん」

「俺も、澪と付き合ってるって」

「うん」

「あれ、嬉しかった」

 朔の表情が少しやわらぐ。


「なら、よかった」

「うん」

「また明日」

「うん」

「また明日」


 手を離す。

 星と月が、小さく揺れる。


 朔が帰っていく背中を見送り、澪は家へ入った。


 自室に戻ると、鞄を机の上に置く。

 青い星が外側で揺れている。

 昨日よりも、今日のほうが少し自然に見えた。


 澪はスマート端末を開いた。


 朔からメッセージが届く。


『今日、言ってくれてありがとう』

『すごく嬉しかった』


 澪は画面を見つめながら、頬が少し熱くなるのを感じた。


 返信を打つ。


『私も、言えてよかった』

『待っててくれてありがとう』


 少し考えて、もう一文を足す。


『ちゃんと、朔の彼女ですって言えた気がした』


 送信した瞬間、恥ずかしさで端末を伏せそうになった。

 でも、既読はすぐについた。


 返事が来る。


『俺も、ちゃんと澪の彼氏だって言えた気がした』


 胸がいっぱいになる。


 澪は端末を胸に抱えた。


 今日、自分の言葉で言えた。


 ちゃんと、付き合っています。


 その言葉は、まだ少し恥ずかしくて、胸が鳴る。

 でも、もう怖さだけではない。


 澪は鞄の青い星に触れた。


 外側で揺れるその星は、昨日より少しだけ自分のものになった気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ