第10話
重力が消えた。
車体が宙へ投げ出される。
東京の夜景が、ゆっくり回転して見えた。
下では、枝に侵食された高速道路が崩れ落ちている。
《逃走失敗を確認》
上位体の声。
背後から大量の枝が伸びてくる。
追いつかれる。
悠真は反射的に視界を集中させた。
枝。
未来の枝。
無数の可能性。
車が墜落する枝。
横転する枝。
全員死ぬ枝。
その中に。
一本だけ。
細い光みたいな枝。
「左!!」
玲奈が即座にハンドルを切る。
空中で車体が回転。
次の瞬間。
ガァァァン!!
ビル屋上へ激突した。
衝撃。
全員の身体が大きく揺れる。
車体が半回転しながら滑る。
あと数メートルで屋上端。
「止まれェェ!!」
玲奈がブレーキを踏み込む。
タイヤが火花を散らし。
ギリギリで停止した。
沈黙。
数秒。
「……生きてる?」
アキラが震える声で言った。
玲奈が荒く息を吐く。
「なんとかな」
悠真は心臓を押さえる。
まだバクバクしている。
だが。
見えた。
今の。
確かに、“成功する未来”が見えていた。
月城が悠真を見る。
「榊くん……」
その目には恐怖が混じっていた。
「未来、見えてるよね」
悠真は答えられない。
認めたくなかった。
だが。
普通じゃない。
その時。
ドンッ!!
屋上へ、上位体が着地した。
コンクリートが砕ける。
《追跡完了》
「クソッ、しつこい!」
玲奈が拳銃を抜く。
上位体はゆっくり近づいてくる。
人間の顔だけが笑っていた。
背中の枝が空中へ広がる。
月みたいに。
《観測者を回収します》
悠真は視界を集中させる。
枝。
上位体の枝。
複雑すぎる。
だが。
中心がある。
胸部。
処刑体と同じ。
「核がある……!」
アキラが振り向く。
「見えるの!?」
「あそこだ!」
悠真が指差した瞬間。
上位体が止まった。
《解析》
嫌な感覚。
また読まれてる。
上位体の枝が、一斉にこちらへ向く。
《危険度上昇》
次の瞬間。
枝が射出された。
「散れ!!」
全員が飛び退く。
枝が屋上を貫く。
コンクリートが紙みたいに裂けた。
速すぎる。
「どう倒す!」
玲奈が叫ぶ。
悠真は必死に枝を追う。
未来。
未来。
未来。
無数の死。
その中で。
また一本だけ見えた。
細い成功。
「アキラ!! 左の室外機撃て!!」
「は!?」
「早く!!」
アキラが反射的に発砲。
パンッ!!
弾丸が大型室外機へ命中。
次の瞬間。
爆発。
白煙。
上位体の動きが一瞬止まる。
「今!!」
玲奈が飛び出す。
スライディングしながら、上位体の懐へ。
拳銃を胸部へ押し当てる。
パンパンパンパンッ!!
至近距離連射。
枝の核が砕ける。
《接続……異常》
上位体が初めてよろめいた。
だが。
終わらない。
傷口から大量の枝が再生を始める。
「再生早すぎだろ!!」
アキラが叫ぶ。
その瞬間。
悠真の視界に、別の枝が見えた。
核のさらに奥。
一本の“主枝”。
あれだ。
「玲奈さん! 中心じゃない! 奥!」
「どこだ!」
「首!」
玲奈が即座に照準変更。
引き金。
パンッ!!
弾丸が上位体の首へ命中。
瞬間。
世界が止まった。
《――――》
声が消える。
上位体の全身にヒビ。
枝が崩壊していく。
《接続……切断》
次の瞬間。
怪物が、灰みたいに崩れ落ちた。
静寂。
夜風だけが吹く。
「……倒した?」
アキラが呟く。
玲奈は警戒を解かない。
だが。
枝は消えていた。
悠真は膝へ手をつく。
疲労が一気に押し寄せる。
頭痛。
視界のノイズ。
未来を見るたび、脳が焼けるみたいだった。
その時。
空から、音がした。
ゴォォォ……。
全員が顔を上げる。
空。
巨大な枝の塊が、さらに低くなっている。
いや。
降りてきている。
東京へ。
《第一都市接続完了》
声。
今までより、遥かに近い。
《核、降下開始》
次の瞬間。
空の中心が裂けた。
黒い穴。
その奥から、“目”が覗いた。
巨大。
東京全体より大きい。
生物の目じゃない。
無数の枝で構成された瞳。
それが。
悠真を見た。
《観測者、確認》
頭の中へ直接響く。
《お前は、なぜ選べる?》
その瞬間。
悠真の視界に、知らない映像が流れ込んだ。
白い部屋。
大量のモニター。
そして。
椅子に座る、自分。
いや。
“自分によく似た誰か”。
そいつが、笑っていた。
『やっと見つけた』
映像が途切れる。
悠真は息を呑む。
今のは何だ。
すると。
空の“目”が、静かに告げた。
《観測者番号零号》
《記録照合完了》




