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俺達が割り当てられた監視場所は、2人1チームが8時間交代で従事することになっており、1回の監視業務に従事した後は16時間の休憩が与えられる体制に組まれている。
ただし、完全な意味での休憩は監視任務終了後の8時間だけであり、残りの8時間は待機休憩と言って、監視現場の時間帯を担当しているチームに何か異常事態が発生した場合には、即座に待機休憩のチームへ出動命令が出されるので、休憩とは言っても容易に気を抜くことはできない。
特に、俺達は大統領がベルギーへ入国するまでの期間は深夜0時から翌朝の8時までを担当することになっており、任務明けは朝日の眩しい中を寝床としているビジネスホテルの部屋へ戻れば即ベッドに倒れ込むような生活となっている。
そのお陰で、身体的には時差ボケが続いているような感じが続くので疾病を発症したというわけではないが、何となく体調的にベストとは言い難い状態となっている。
午後3時半ごろに目を覚ましてから、午後4時には少し早めの夕食というか俺達にとっては朝食を食べて深夜からの監視に備えて体調を整え始め、特に後半の8時間は現地警護本部を通してベルギー軍基地内の射撃レンジを使用させてもらうよう手配してもらったので、俺とマイクはベルギー軍基地内の射撃レンジで射撃訓練を行い与えられた任務に備えている。
今回のミッションでは、基本的に軍のスナイパー養成コース等の教官から言われ続けた「ワンショット・ワンキル」所謂「一発必中」が求められることになる。
ただし、「ワンショット・ワンキル」というのは言葉にして言う程には容易に達成できる事ではなく、特に射程距離が長くなるほど難易度は比例して難しくなり、現実的に「ワンショット・ワンキル」が達成できるとすれば、かなり理想的な好条件が偶然であっても重ならない限りは達成できないだろう。
しかし、それを理由として諦めてしまえば永遠に「ワンショット・ワンキル」を達成することはできないので、達成すべき目標としての「ワンショット・ワンキル」の実現に少しでも近付くための努力を継続するのが必要になる。
例え「ワンショット・ワンキル」が実現できなかったとして、より少ない発砲数で着弾修正を行ってターゲットを捉えることができれば、消費する弾薬数を減らした上に時間的にも効率化が図られ戦果として充分に意味のあることになる。
まして、射程距離が圧倒的に短い拳銃ならば訓練次第で充分に「ワンショット・ワンキル」を達成するのは不可能なことではなく、加えて瞬時に2連射や3連射を実施して数多くの命中弾をターゲットに送り込むことができるのならば、確実に相手を即死状態に至らしめ反撃する暇を与えることにはならない。特に、相手が実践での戦闘経験を有している者であるならば被弾してから息絶えるまでに1秒でも時間を与えてしまえば自爆用の起動スイッチを押すのには充分な時間となってしまう。
そのため、俺の射撃訓練ではSCAR-H TPRライフル銃の射撃に集中するよりも携行しているコンバット・ユニット・レイル1911拳銃での射撃訓練に重点を置くことにした。
如何に、担当する監視場所が12階建てビルの屋上であったとしても長距離の狙撃のみとは限らず、状況次第では拳銃を使用する近距離での銃撃戦さえ想定され、しかも要人襲撃が必ずしも単独犯で行われるとは限らず、複数人数で行われた場面では、俺とマイクが所持している予備の弾薬全てを使用してでも複数犯全員を確実に殲滅しなければならない。
そのため、一緒に射撃訓練を行っているマイクは支給されたカスタムAR-15アサルトライフル銃の射撃訓練にも余念がない。
マイクが使用するカスタムAR-15アサルトライフル銃は、使用する弾薬が5.56×45ミリメートルNATO弾なので弾丸の重量は63グレイン(4.1グラム)と軽量であるため最大射程距離が約3,600メートルと認識されているが、現実的な有効射程距離としては300~600メートルと言ったところが妥当な距離で、今回のように多くのビルが建ち並んでいる市街地では、複雑な風等の影響を考慮すれば対応可能な距離は更に短くなり300メートル前後あたりが確実にターゲットへ致命弾を送り込める限界と思われる。
それでもマイクがカスタムAR-15アサルトライフル銃の射撃訓練に勤しんでいるのは、俺とマイクが使用するセミオートマチック拳銃の45ACP弾薬よりも5.56×45ミリメートル弾薬は、その弾丸形状が尖っている事に加えて拳銃弾薬よりも多くの装薬量を燃焼して弾丸を加速させるので45ACP弾よりも高速で撃ち出せるために、人体に対する貫通力は圧倒的に優れているので被弾した人物の身体を貫通した弾丸が、後方にいる人物の身体にも被弾するコラテラル・ダメージが期待できる。
コラテラル・ダメージについては、警察関係者が銃撃戦を行った場合にコラテラル・ダメージの発生によって、事件とは無関係の一般市民を巻き込むのを避けたいという思いから敬遠する傾向にあるが、俺達のように戦場で相手の命を奪い合うような銃撃戦を展開しているケースでは、必ずしもコラテラル・ダメージは回避すべき現象ではなく、逆に少ない消費弾薬数と短い時間で敵の戦力を1人以上削ぐ事が実現できる好ましい現象とさえ言える。
俺とマイクは、前日と同様にベルギー軍の基地内にある射撃レンジで充分な射撃訓練を実施した後で、市街地各所に配置される監視要員を送迎するベルギー警察のバンに乗り込み割り当てられた12階建てビルの屋上へ向かう。
ブリュッセルの街中は、流石に明日から開催されるNATO首脳会議に向けて至るところに鉄製のゲートやコンクリートブロックの配置作業がブリュッセル市民の日常生活への影響を考慮して深夜に行われ交通規制の準備が着々と行われている風景を目の当たりにすると物々しさと緊張感が増している実感が湧く。
送迎用のバンから降車して、俺とマイクが12階建てのビルへ向かう途中でも2度ほど警戒中の制服警察官に呼び止められ身分証のチェックが行われた。最初のうちは、度重なる制服警察官による身分証の提示を求められる事に、愚痴を溢していたマイクも慣れたようで愚痴1つ溢すことなく淡々と身分証提示の求めに応じている。
担当する12階建てビルの裏口へ向かいビルの警備員にインターフォンを使って連絡をした上で、ビルの警備員にも身分証を提示して建物内へ入れてもらい屋上へエレベーターを使って屋上へ向かう。
屋上へ到着した俺とマイクは、腰に装備している無線機の電源をオンにして起動させて無線機のチャンネルが1になっている事を確認してから、咽頭マイク越しに自分の名前を告げて声紋チェックを受ける。
声紋チェックをクリアして、本人であることが確認されると機械音声で別のチャンネルに切り替えるように指示されるので、無線機のチャンネル切り替え用のボタンを押して現地警護本部との通信が可能状態となり、指定された監視ポイントに到着して監視任務に従事することを告げる。
現地警護本部の担当者からは直前まで監視任務に従事していたチームからの引継ぎ事項等が伝えられてくる。その現地警護本部との無線での遣り取りを行っている間も、俺とマイクは赤外線双眼鏡で周囲を監視しながら無線通信を行う。
特に、前回の監視を行った際に発見して不審者の取り逃がしや不審物の発見に至らなかった件については、陽が明けてから再び捜査・捜索を継続しているが新たな展開には至っていないとの連絡を受け、その点に充分留意して監視任務に従事して欲しいとの指示も受ける。
その指示を無線で聞いたマイクが
「本部からベルギー警察かベルギー軍の警護チームに、俺達が監視しているビルの周辺から不審な電波が発信されていないかを調べてもらえないのか?」
と現地警護本部の担当者に提案する。
「ベルギー側へ依頼するのは難しい話じゃないが、不審な電波とは?」
現地警護本部の担当者が訝し気にマイクに聴いてくる。
「もし、昨夜のビル路地へ張り込んだ不審者が持っていたショルダーバックに小型ドローンのような機体が収納されて、そのドローンに内臓されたコンピュータに事前プログラムがインプットされ、しかもGPS機能まで活用して起動できるなら気付かれ難い場所へ隠しているなら、改めて不審者が戻ってこなくても指定した時間に自動で起動してGPS電波を利用して要人を襲撃するのは可能じゃないか?ウクライナで行われた戦闘でもドローンを使ってロシア海軍の軍艦が撃沈させられているんだから、プログラムによってコントロールされたドローンを使用すれば爆薬の種類にもよるが、要人が乗車している車両等に襲撃を加えるのも強ち不可能じゃないぜぇ」
マイクは冷静に現地警護本部の担当者へ説明する。
確かに、ウクライナとロシアでの戦闘で使用されたドローンは近代戦闘を様変わりさせるだけのゲームチェンジャーになったと言っても過言ではない。
見た目には少ない量でも威力の大きなプラスチック爆薬を備えて目標へ飛来させれば、軍艦や地上最強兵器と言われている戦車でさえ破壊することが可能なのは実際の戦争で実証されているだけでなく、偵察用に使用したドローンから位置情報を使ってミサイル等を誘導するさえ可能なのだから、流石に武装テロリスト集団が所持しているとは思えないが、小型の地対地ミサイルを低空で飛翔させればアメリカ大統領専用車である通称「ザ・ビースト」さえ、ライフル弾薬の貫通を阻止できる強固な車体装甲で取り囲み、窓ガラスも防弾ガラスによって守られ車体重量が2トンもあって警護に特化させた車両であっても1発のミサイルで破壊するのが困難であるとは思えない。
その事を理解した現地警護本部の担当者は
「成る程、君が言う通りにドローンを利用すれば現場近くに襲撃者がいなくても要人に危害を加えるのは不可能じゃない。早速、こちらでベルギー側にGPS衛星とのコンタクトを取っている電波が、君達がいる周辺で発信されていないかを調査してもらうことにする」
そうマイクに返答すると一旦無線を切った。
今回の西側首脳が集まるNATO首脳会議において、要人を狙う襲撃者が必ずしもドローンを使用するのかは現時点で判明しているわけではないが、仮にドローンを使用した場合には、飛翔タイプのドローンだとレーダー波で捕捉するのは決して不可能ではないが、機体自体が小さいためにレーダーの感度を上げねばならず、そうなればドローンを捕捉するのと同時に飛び回っている野鳥等も捉えることになり、野鳥の種類によっては飛翔速度がドローンと大差ないのもいるであろうから、そのなかからドローンを確実に把握するのは容易なことではなく。
仮に、襲撃してくるドローンを確保したいのであれば、ドローンが起動開始となる前に通信衛星とコンタクトするため発信させる電波を捕捉して、起動前の状態にあるドローンを確保するのが最も効率的である。
現時点における仮定の話にはなるが、武装テロリスト集団が大統領を標的とするのであれば今回のNATO首脳会議に出席する大統領の移動ルートは、合衆国から大統領専用機である「エアフォース・ワン」に搭乗してフロレンヌ空軍基地に着陸し、その後は大統領専用ヘリコプターである「マリーン・ワン」に乗り換えてフロレンヌ空軍基地からブリュッセル内のアメリカ大使館へ向かい、そこで大統領専用車「ザ・ビースト」へ乗車して会議会場であるNATO本部へ赴くことになるのは容易に想像できるので、狙うチャンスとしては「マリーン・ワン」でアメリカ大使館に着陸する際に低速状態で飛行しているケースか、或いは「ザ・ビースト」に乗車して車列を連ねてブリュッセル市内を走行中というケースが最も高い確率で狙われる。
ただ、何れにしても「エアフォース・ワン」、「マリーン・ワン」そして「ザ・ビースト」を運用する際には非常時のバックアップ用に同型の機体や車両が同行しているので、それぞれ同じ乗り物が2つ運航されている状態で、そのどちらに大統領が乗り込んでいるのかを確定できなければ襲撃を成功させる可能性は高くならない。そうなれば、大統領を襲撃する際には最低でも2台のドローンを使用して同時に襲撃を仕掛けてくると想定した方が間違いないと言える。




