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デルタのスナイパー  作者: 二条路恭平


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大統領がNATO首脳会議出席及び公式訪問のためにベルギーへ訪れる2日前の夜、俺とマイクは深夜0時から指定されているビルの屋上で警備任務に就いていた。

夜間という状況なので、SCAR-H TPRライフル銃に装着しているスコープだけでは確実な照準ができないので、それまでのスコープを取り外して5倍の倍率となる赤外線暗視スコープに取り換えている。

当然、それまでのスコープを取り外して赤外線暗視スコープに付け替えただけでは正確な照準等できるわけもなく、そのために前日の夜間にベルギー軍の射撃レンジを借りて赤外線暗視スコープでのゼロインを充分に行い、赤外線暗視スコープのゼロインが完了してからはSCAR-H TPRライフル銃から赤外線暗視スコープを取り外すような真似は一切していない。

ライフル銃の照準では、本来ライフル銃に装着されている固定サイトを使用する場合と光学照準器であるスコープやドット・サイト等を使用する場合がある。

固定サイトについてはライフル銃を使用する射手の年齢が若くて、充分な視力を有しているのであれば100ヤード(91.44メートル)くらいの射程距離ならば、ターゲットである人体に命中弾を送り込むのに支障はないだろうが、それは飽くまでもターゲットである身体の何処かに命中させたというだけの話で、必ずしもターゲットの急所に対して致命傷となる箇所へ命中弾を送り込めたというわけではない。

確かに、戦場において敵の身体へ命中弾を送り込みターゲットの戦闘力を奪う事に成功したのであれば、それは戦果として充分に評価できるものの確実に敵を即死状態に至らしめているわけではない。

今回のミッションは、大統領を含めた各国の要人を警護する目的でカウンター・スナイパーという任務を全うすることになるので、警察等の特殊任務班に所属しているスナイパーのように犯人逮捕までを考慮した狙撃とは違い、確実に襲撃者を射殺して如何なる攻撃行為も実行させることのないようにしなければならない。

そういった意味では、特殊部隊に所属して長距離射程までをカバーしてスナイパーとしての役割を担っている俺からすれば、規模の大小はあれど殺伐とした実践の場で敵の身柄拘束を主眼とした狙撃というのは極稀なケースであり、下手に敵の急所を外して武器類の使用ができない状態にしたという程度では敵に自爆するためのチャンスを与えることにもなり、結果として味方に損害を与え兼ねず、今回のケースに例えるなら最初の強行で襲撃者から所持している武器類を奪うとか、銃器や刃物の使用ができなくなるよう利き腕を撃ち抜いた程度では要人の安全が確保できたことにはならず、ほんの一瞬のタイミングで自爆等を行うチャンスを与えるような事態となれば、その爆発に巻き込まれた要人に致命的な負傷を負わせることにも成り兼ねない。

そういったケースを少しでも排除するのであれば、固定サイトを使用して肉眼に頼るよりは光学照準器等を使って対象とするターゲットを拡大させることで確実にポイントを捉えるのが現在の主流となってきている。

その正確性を担保する光学照準器等についても、本来は使用する銃器類に最初から固定されているわけではなく、ネジ等によって使用する銃器類に固定することで使用できる状態としている。しかし、如何にネジを締め付ける力等が調整できる工具を使用したとしても光学照準器等を頻繁に取り外した際、前回と完全に同一の状態で装着できるとは限らず、仮に1度くらいの角度で違った場合であったとしても微妙なズレが生じていたとしたら、手元では些細な違いにしか感じられなかった微妙な差異は、射程距離が数十メートルとか数百メートルとなって離れてしまえば確実に大きな違いを生む結果となり、狙点として狙ったポイントとはまるっきり違う箇所に着弾することになってしまい狙撃としての目的を達成することができない。

要人を狙って襲ってくる襲撃者の頭部を狙うヘッド・ショットを放ったつもりが、狙点から30センチメートルも横方向にズレるような状態であれば、放たれた弾丸はターゲットの頭部に命中することはなく確実に外れてしまい。そうなれば襲撃者は無傷の状態で要人への攻撃を加える機会を与えてしまう結果に繋がる。

そういった事を踏まえてゼロインを終えた光学照準器については、その使用が終了するまでは安易に取り外すことはしないのが重要と言える。

第一カウンター・スナイピングが必要となった場合、現在位置しているのは12階建てのビルの屋上なので、狙撃するターゲットの位置からすれば明らかに撃ち下ろしとなり、発射された弾丸が描く弾道は低伸するので実際にスコープで狙った箇所よりも上方に着弾することになる。加えて、俺達が居るのは周囲に大小のビルが建ち並んでいる市街地なのでビル風が流れ込むことも考慮すれば、風向・風速が弾道に及ぼす影響を判断するのも一筋縄ではない。

市街地でのビル風は、単に高層建物の間を風が流れるということだけではなく、ビルの間となる狭い空間と言える谷間を勢い良く流れるほかに、ビルの壁面に衝突した風は不規則な方向へ流れることになり乱流を発生させるので、その乱流による影響を判断するのは容易なことではない。

俺が使用する7.62×51ミリメートルNATO弾の重量は、175グレイン(11グラム)なので如何に高速で飛翔しているとは言え風の影響を受けない筈がない。宇宙に打ち上げられるロケットにしても、発射台から加速状態で撃ち上げられた場合も見た目には真っ直ぐに上昇しているように感じるが、ジェット燃料が燃焼して発生する白煙を見れば、風の影響を受けているため微妙に蛇行しているのが分かる筈で、そのロケットよりも遥かに軽量な弾丸が風の影響を受けて風下方向へ逸れてしまうのは道理であると言える。


俺とマイクは、8倍のデジタルズーム機能を有している赤外線双眼鏡を使って12階建てのビルの屋上から周囲を警戒していると足元の方から微かながら言い争いの声が聞こえてきた。

俺は、赤外線双眼鏡から目を離して屋上の端へ近付きビルの下を覗くと、道路には道端に停車しているワゴンの屋根が見え、その停車しているワゴン車の近くで街灯等に照らし出されて2人の男性が警戒中の警察官と何やら言い争いをしているのが見えた。

俺は、喉に装着している咽頭マイクを使って現地警護本部へ無線で状況を確認してみると、地元のケーブルテレビ局がNATO首脳会議に出席する各国首脳が通る予定の道路を警戒している状況を撮影させろと警戒中のベルギーの警察官と押し問答をしている最中だと教えられる。

マスコミの取材に関しては、予めベルギーの警備当局に事前申請を行わせたうえでカメラによる撮影等については決められた場所以外での取材は禁止されている筈だが、地元の小さなケーブルテレビ局となればマスコミと警備当局との取り決め等は把握せず半ば強引にゲリラ取材を敢行しているのかもしれない。

足元での地元マスコミと警察官の小競り合いは30分くらい行われた後、停車していたワゴン車に2人の男性が乗り込んで走り出すと夜の街中に紛れて行った。

俺は再び赤外線双眼鏡を構えて夜の街中の監視を再開すると、それまでビルの足元で行われていた小競り合いに興味も示さず赤外線双眼鏡で周囲を監視していたマイクが

「本部、さっきの小競り合いが行われた際に俺達が監視しているビルの向かい側にあるビルから3時の方へ4棟目と5棟目の間にある路地へ不審者が1名入っていくのが見えた。何か手荷物のような物を所持していたので付近にいる警察官を派遣してもらえるか・」

赤外線双眼鏡から目を離すことなく本部へ無線で連絡を入れている。

「さっきの小競り合いに紛れて、不審者がビル路地へ入ったのを見付けていたのか?それで、その不審者が持っていた荷物の大きさはどの程度だった?」

俺がマイクに問い掛けると、本部の無線でも似たような事をマイクに質問してくる。

「ビル路地へ入っていったのは1名、赤外線双眼鏡なのでハッキリした事は言えないが、恐らく年齢は20~30代くらいだと思う。ただし、白人か黒人かは不明。その人物は大き目のショルダーバックを所持していた。小競り合いが始まって直ぐにビル路地へ入っていったので、それから監視しているが一向にビル路地から出た気配がない」

そうマイクが答えると、マイクは咽頭マイクを一旦喉から外して

「俺も、ジョージと同じようにビルの下で行われている小競り合いを見ようとしたんだが、偶然にも赤外線双眼鏡を離す直前に向けていた方向で不審者が目に入ったんで暫く眺めていたが、ビル路地へ入ったきりで一向に出てこないんで気になったんだ」

俺に答えるとマイクは、再び咽頭マイクを喉に装着する。

暫くすると、マイクが現地警護本部へ連絡したビル路地近くに2台のベルギー警察のパトロールカーが到着すると、それぞれのパトロールカーから2人ずつの制服警察官が降りて大き目のLEDハンディライトを照らしながらビル路地へ入っていくのが見えた。

制服警察官達が、ビル路地に入ってから20分くらいが経過した時にマイクが赤外線双眼鏡を構えた状態で

「パトロールカーの方へ歩いている髭面の男、もしかしたらビル路地に入っていった野郎かもしれないなぁ。ただ、ショルダーバック等は持ってねぇし完全に手ぶらだ」

そう俺に伝えくるので

「顔を見てどうなんだ?」

俺がマイクに問い掛けると

「一瞬のことだったから顔をしっかりとは見ちゃいねぇんだが、何となく同一人物ような気がする」

何処となく煮え切らない感じでマイクが答えるのを聞いた俺は

「要人警護なんだから、ダメ元で本部へ連絡したらどうだ?」

そうマイクにアドバイスをすると

「こちら本部、2人の会話を傍受していたので現場へ急行したパトロールカーで待機している警察官に確認させる」

咽頭マイク越しに俺達の会話を傍受していた現地警護本部の担当者が無線で言ってきた。

現地警護本部からの無線連絡を受けたパトロールカーで待機していた警察官がパトロールカーから降りて、パトロールカーへ向かって歩いて来る髭面の男を待ち構えていると、制服警察官と目が合った髭面の男は突如として制服警察官へ背を向けると走り出した。

慌てた制服警察官2人も髭面の男を追って走り出すが、髭面の男は横断歩道もない目の前の道路を横切り、俺達が屋上にいるビルの2棟手前のビル路地へ入り込んで行く。お陰で、俺達からはビルが障害物となって髭面の男を捕捉することができない。

髭面の男を追って2人の制服警察官もビル路地へ入って行くが、直ぐに見失ったらしく現地警護本部から無線で

「そちらから逃走した男を捕捉していないか?」

と問い掛けてくるが

「こちらからは、ビルが障害物となって男が捕捉できない」

俺が本部へ返答する。

「了解した」

現地警護本部の担当者は直ぐに了解した旨を俺達へ告げて、追跡中の制服警察官に連絡するが、その時には既に2人の制服警察官は髭面の男を完全に見失い追跡を諦めざるを得ない状況となっていた。

一方、髭面の男が最初に入り込んだビル路地を捜索していた4人の制服警察官達も路地の至る所を見て回ったのだが、大き目のショルダーバックのような不審物の発見には至らず、手ぶらの状態で路地から出てくる。

髭面の男を追跡していた2人の制服警察官とビル路地を捜索した4人の制服警察官達が2台のパロールカーに戻って現地警護本部へ連絡を入れてきた後に、本部の担当者から俺達へ無線で

「折角の情報を充分に生かせなったが、その調子で不審な事を発見したら本部へ連絡してくれ。要人警護では少しでの不安があるのを見過ごさない事が重要だから宜しく頼む」

と言ってくる。

確かに重要なのは少しでも不審な事がった場合には、その事が不審な事ではない理由を探すのではなく。それが本当に不審なことなのかを確認し、仮に異常な状態だと判明した場合には速やかに排除することが重要で、その点では俺達が従事するミッションと似通った部分がなくもない。

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