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俺の位置からは、クロクマの背中側しか見えないので心臓を撃ち抜くことは角度的にも困難なように思える。
仮に、クロクマがルシェンコ・ボルツォフに襲い掛かるために立ち上がったりすれば心臓を後方から狙えなくもないが、そうなると冬眠前にクロクマが蓄えた分厚い脂肪層と丈夫な肩甲骨を撃ち抜かなければクロクマの心臓を破壊するのは困難なので、少しでも確実性を考えれば頭部を狙うヘッドショットを選択するのが最良の方法と思える。
ただし、クマの頭蓋骨も厚みがあって比較的丈夫に出来てはいるが、しかし脂肪層までは躯体に比べれば厚くはないので、確実に脳を破壊できればベストだが多少逸れたとしても338ラプアマグナム弾薬であれば脳の周辺を大きく破壊してくるだろうから、狙うポイントは小さいものの確実に頭部へ被弾させれば目的が達成できると判断した。
スコープのレティクル・センターを冬籠りを備えて丸々と太った後ろ姿のクロクマの首筋付近に合わせたうえで様子を伺う。
お陰で、ルシェンコ・ボルツォフの表情までは見ることができなくなってしまったが、恐らく今のルシェンコ・ボルツォフは発狂状態の一歩手前といったような状態となっているだろう。
何と言っても相手は人間ような感情を持たず、しかも言葉さえ通じない野生動物なので生きている人間を殺すことに躊躇等は一切しないし、自らの餌を得るためであれば生きている獲物を殺しながら食べることにも良心の呵責を感じることもないだろうから、生きたまま苦痛と共に殺されるのを待っている状態では精神的におかしくならない方が不思議なくらいだ。
血塗れで興奮状態のクロクマは、ルシェンコ・ボルツォフの右足首に噛み付くとルシェンコ・ボルツォフの身体を自分の方へ引き寄せるような行動をすると、足首を噛まれたルシェンコ・ボルツォフは苦痛のためか「ウォーッ」と絶叫を発している断末魔が聞こえてくる。
噛み付いていた足首をクロクマが離すが、牙によってアキレス腱を損傷したのかルシェンコ・ボルツォフは右脚を伸ばしたままで這って逃げるような仕草をしない。たぶん、可成りの恐怖によって精神が崩壊して逃げる気力さえ失ってしまったのかもしれない。
相手に攻撃を加えるのに充分なくらいにまで距離を詰めたクロクマは、後ろ足で立ち上がって「グォー」というような低音の唸り声を上げている。
その瞬間を待っていた俺は、スコープのレティクル・センターをクロクマの頸椎より若干右目に合わせてトリガーを引き絞ると「ドォーンッ」という発砲音と共に左腕の付け根にバットストックのプレートが強打して、同時にスコープが狙点位置から外れてしまう。
俺は、急いで右手でボルト・ハンドの取っ手を握ると一旦上方へ引き上げてから後方へ引っ張ると、発砲された空の薬莢が「キンッ」という音を発してエジェクション・ポートから勢い良く弾き出されて、空薬莢は斜面に転がり下って落ちていく。
空薬莢が弾き出された音を聞いた俺は、次にボルト・ハンドの取っ手を前方へ押し込むとボルト先端のボルト・フェイスにマガジンの最上部に位置してる次弾のヘッドを押し出しているのを感じ取り、そのまま取っ手を前方へ押し込むことで338ラプアマグナム弾薬をチャンバーへ送り込む。
その直後に、「ウワァーッ」というルシェンコ・ボルツォフが叫んだ声と鈍いながらも「バキッ、バキッ、バキッ」という骨が折れたような鈍い音が微かに聞こえてくる。
ボルト・ハンドの取っ手を下方へ押し下げて右手を離してから左目でスコープの接眼レンズを覗きながら、ルシェンコ・ボルツォフが居た辺りに戻してみるとクロクマは即死したのかルシェンコ・ボルツォフの身体に覆い被さる感じで倒れている。
たぶん、ルシェンコ・ボルツォフが叫び声を挙げたのは射殺されたクロクマが倒れ込んでくる際に出したもので、その後に300キログラム以上の体重が圧し掛かってきたことでルシェンコ・ボルツォフの胸骨が何箇所にも渡って折れたのだろう。
ロシアでマフィアのような活動をしてのし上がってきた人物としては実にあっけない最期となったが、これで別荘に居る人間達を確実に始末すれば今回のミッションは終了したことになる。
腹這いだった俺は、その場から立ち上がりスコープの接眼レンズと対物レンズに保護キャップを被せると安全装置を掛けてアクシデンタル・ディスチャージである暴発を防いでおく。
次いで、TFMボルトアクション・ライフル銃をナイロン製のソフトケースへ収納しようかと思ったが、これから移動する際にクマと遭遇しないとも限らないことを想定して、今度はクマと遭遇した場合には基本的にTFMボルトアクション・ライフル銃で対処しようと考え直して、TFMボルトアクション・ライフル銃に装着しているスリングで右肩から担ぎ、ソフトケースは左手で持つことにした。
確実に、クロクマの下敷きとなって圧死しているだろうが自分の目で確認しないうちは確定的な事は言えないので、斜面を駆け降りるとクロクマが俯せで倒れている場所へ近付いてみる。
クロクマの周囲には血溜まりが出来ているのが見えるが、その血液はクロクマのものなのかルシェンコ・ボルツォフの身体から流出したものかは判別がつかない。
両目を開けたままで倒れているクロクマの左まつ毛をTFMボルトアクション・ライフル銃のマズルで軽く突いてみるが何の反応もないところをみるとクロクマは確実に死んでいることが分かる。
次いで、ルシェンコ・ボルツォフの死亡を確認したいのだが1人で300キログラム以上もあるクロクマの死体を動かすのは容易なことではないので、俺は立ち位置を色々と変えて屈んで見ると、僅かではあるがルシェンコ・ボルツォフの顔が確認できそうな状態となったので、仔細にルシェンコ・ボルツォフの顔を見ると鼻からは鼻血が流れ出ており、見開いている両目は空を見詰めたまま生気がない。
最終的に、ベストの胸ポケットに入れていた小型の携帯ライトを使ってルシェンコ・ボルツォフの瞳にライトの光を照射してみるが、見開いた瞳孔が小さくなる反応もないことを踏まえるとルシェンコ・ボルツォフの死亡も間違いと確信した。
死体をそのままにして、ルシェンコ・ボルツォフ達が歩いた獣道を辿って別荘へ向かおうと歩き出し、目の前に最初にルシェンコ・ボルツォフを狙った際に立ち塞がったボディガードが横倒れになっているのを見付ける。
改めて観察すると左の側頭部には射入孔の小さな穴が赤くなっているが、射出孔となった右側は右の耳から上の部分が消失して両方の鼻から鼻血が大量に垂れており、倒れている頭部周辺は赤黒くなった血溜まりが広がっている。
その死体は両手でAKM自動小銃を握っているところをみると、俺が発砲した瞬間にクロクマが現れたのを発見したボディガードがルシェンコ・ボルツォフを警護するために、クロクマに対してAKM自動小銃を発砲するつもりでルシェンコ・ボルツォフに近寄ったため被弾したのだろうと推測する。
まぁ、この死体は運がなかったのだろうけど仮にルシェンコ・ボルツォフの身代わりとなって射殺されなかったとしても、最終的には俺によって射殺されることに違いはないので運と言うよりも時間の問題だったということになるのだろう。
3人の遺体とクロクマ1匹の死体は放置したままで、俺はルシェンコ・ボルツォフの別荘へ向かうが、途中で俺自身が気付かぬうちに死体と化したルシェンコ・ボルツォフを始めボディガード2人に、クロクマから流れ出た血液の匂いが移ってしまい肉食獣を呼び寄せてしまうかもしれないので、ルシェンコ・ボルツォフの別荘で残りの人間を始末する際には肉食獣が襲ってくる可能性も含めて注意しなければ逆に、俺が肉食獣の餌食となって喰われてしまう結果になる。




