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デルタのスナイパー  作者: 二条路恭平


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今の風の状態は、下方からの風で2時から8時の方向へ比較的緩やかな強さで吹き上げてきているが、338ラプアマグナム弾薬を使用して射程距離が250メートル程度であれば弾道が左方向へ逸れる心配はないと判断できそうで、スコープの接眼レンズ内に映し出されている高級ライフル銃を構えているルシェンコ・ボルツォフを横方向から捉えている状態では、レティクル・センターをルシェンコ・ボルツォフの左肩付近に合わせてやれば確実に致命弾を送り込めそうなのでトリガーに左手の人差し指を掛けて引き始める。

トリガーの引き始めから3ミリメートルくらいは比較的抵抗も少なくスムーズに引けた後は、そこから先は少し抵抗が増してくるので発砲の瞬間が近付いているため左手の人差し指に力を込めるが、レティクルのセンターが狙っているポイントから外れぬように注意を払う。

左手の人差し指に伝わってくる感触では、ここで少しだけ力を加えてトリガーを引けば発砲となるのが分かり一気にトリガーを引き切った瞬間、スコープの接眼レンズには狙っていたルシェンコ・ボルツォフの手前に突然、ボディガードの1人が立ち塞がるように現れたのだが、完全にトリガーを引き切っているので発砲を今更中断することはできず、「ドォーンッ」という大きな発砲音と共にTFMボルトアクション・ライフル銃のバット・ストックが左腕の付け根付近にストレートパンチのように殴打してくる。

発砲による反動によってスコープは、発砲前に狙っていた位置から逸れているので急いでスコープを位置を修正すると、ルシェンコ・ボルツォフは驚愕の表情を前方と手前に交互に向けている。

俺に狙われたルシェンコ・ボルツォフが、楯代わりとなったボディガードが338ラプアマグナム弾薬の餌食となって射殺された死体に目を向けるのは理解できるのだが、関係のない前方へも視線を向けている理由について理解ができない。

また、もう1人のボディーガードへスコープを向けてみると俺の方へ視線を向けながらも構えているアサルトライフル銃のマズルは、ルシェンコ・ボルツォフが視線を送っている前方へ向けられており、フルオートによる発砲を開始しているので「パンッ、パンッ、パンッ」という軽快な連続発砲音が聞こえてくる。

不思議に思った俺は、直ぐにでもルシェンコ・ボルツォフのボディーガードがアサルトライフル銃を発砲してくる可能性があるのも忘れて、スコープをルシェンコ・ボルツォフとボディーガードが視線を送っている先へ向けてみると、ルシェンコ・ボルツォフから50メートルくらい離れた場所に結構大きな体格のクロクマが1匹現れており、ボディガードがフルオートで発砲しているアサルトライフル銃からの弾丸を浴びて蹲っているが、ボディガードが構えているアサルトライフル銃は想像の通り7.62×39ミリメートル弾薬を使用するAKM自動小銃であった。

クマに対して5.56××45ミリメートル弾薬のような軽量高速弾よりは遥かにマシではあるだろうが、果たして7.62×39ミリメートル弾薬をフルオートにしているとは言え野生のクマに対して如何ほどの効果があるのか疑問を感じる。

AKM自動小銃の特徴でもある30発の弾薬が装填可能なバナナ型のマガジンから20発程度を発砲したところで、ボディガードは射撃を一旦中止してクマの様子を伺っているが、蹲って20発の7.62ミリメートル弾を浴びたクロクマはピクリとも動く気配を感じさせない。

流石に、戦場で歩兵が携行するバトル・ライフル銃に使用する7.62×39ミリメートル弾薬であれば成獣のクロクマに対しても充分に威力を発揮するのだろうと一先ず安心したルシェンコ・ボルツォフは安堵の表情を浮かべると同時に、俺の方へは身を隠す狙いがあるのか太い幹の陰に身を隠そうとしている。

ルシェンコ・ボルツォフが身を隠したのを認識したボディガードは、手にしたAKM自動小銃のマズルを俺が潜んでいる方向へ向けて発砲しようとした瞬間に、大きな幹の陰に隠れているルシェンコ・ボルツォフが慌てた表情で蹲っていたはずのクロクマが居る方へ右手の人差し指を向けて何事かを叫んでいるのが見える。

ルシェンコ・ボルツォフの声に反応したボディガードは、俺が潜んでいる方へ向けていたAKM自動小銃のマズルをルシェンコ・ボルツォフが指差している方へ向け直して再びフルオートで発砲を開始する。

俺もスコープをルシェンコ・ボルツォフが指差している方へ向けてみると、20発近い7.62ミリメートル弾を浴びて死んだと思われたクロクマが全身を血塗れにしながらも、牙を剥き出しにした形相を浮かべてAKM自動小銃をフルオートで発砲しているボディガードの方へダッシュを始める。

瀕死の状態となったクロクマが血液中に行き渡ったアドレナリンの影響なのか、とても20発の7.62ミリメートル弾を被弾した状態とは思えぬスピードで突進している。

徐々にクロクマとの距離が縮まってきたことで表情が引き攣っているボディガードは、腰だめにしてAKM自動小銃を連射しているがマガジンに残っている弾薬は10発しかないので直ぐにマガジンが空となって発砲が中断される。

慌てたボディガードは、AKM自動小銃から空となったマガジンを引き抜き右腰に装着している予備のマガジンを取り出して、AKM自動小銃へ叩き込もうとしているところに、血塗れのクロクマが襲い掛かりボディガードの目の前で立ち上がると鋭い爪のある右の前脚でボディガードを張り倒し、強烈な力で張り倒されたボディガードはAKM自動小銃を放り投げてルシェンコ・ボルツォフが隠れている幹に身体を強く打ち付けてしまう。

背中を打撲して動き難くなっているボディガードに、血塗れのクロクマは容赦することなく牙を剥き出してボディガードの頭部に咬みついたまま、激しく顔を左右に揺さぶるものだからボディガードの身体は何度も激しく幹に当てられているので上半身の骨は所々で亀裂骨折をしているかもしれない。

完全に動けぬ状態となったボディガードに対して、クロクマが両の前脚でボディガードの胸部を押さえ付けて再びボディガードの顔面に噛み付いて激しく身体を左右に振り始めると、耐え切れなくなったボディガードの身体から首から先が千切れて、頸動脈からは鮮血が噴水のように吹き出している。

その光景を間近で見ていたルシェンコ・ボルツォフは大きく目を見開いて顔面を引き攣らせ、腰を抜かしたような状態となって逃げ出すことも忘れているようだ。

一方のクロクマは、自らに対して銃を発砲してきた人間の首を千切ったくらいでは気が済まないのか、死体となったボディガードの胸部に置いた前脚で何度も圧し潰すように動くので、切断された食道から消化途中の食い物が鮮血に塗れて流出している以外に、肺の一部までもがはみ出してきている。

「ウワァーッ」というルシェンコ・ボルツォフが悲鳴を上げたことで、もう1人の生き残りがいることに気付いたクロクマが牙を抜き出してルシェンコ・ボルツォフの方へ近付いていくが、当のルシェンコ・ボルツォフは恐怖のために下半身に力が入らないのか尻餅を突いた状態で、視線はクロクマを凝視したまま後方へ這っているだけである。

このままの状態を傍観していても、ターゲットであるルシェンコ・ボルツォフがクロクマに殺されるであろうことは間違いなく、それであっても一応はミッションが求めている結果が達成されることになる。

ただ、何かのきっかけでルシェンコ・ボルツォフが立ち上がって逃げ出さないとも限らないので、俺は右手でボルト・ハンドを操作して発砲済みとなった空薬莢を排出してマガジンの最上部にある次弾をチャンバーへ装填してから、改めてスコープをルシェンコ・ボルツォフの胸部中央へ合わせておく。

血塗れ状態で、人間1人を血祭にしたことで興奮状態となっているクロクマは、ボディガードの血なのかクロクマ自身の血なのか分からないが、口元から鮮血を滴らせながらルシェンコ・ボルツォフに近寄っていく。

クロクマとの距離が狭まってくる状態で、大きく目を見開いて顔を引き攣らせて何事かを喚ており、その声は250メートル離れた俺の耳にも届いているがルシェンコ・ボルツォフが喚ている言葉がロシア語なので何を意味しているのか俺には全く分からない。

すっかり目の前に迫ったクロクマを前に、ルシェンコ・ボルツォフの表情が引き攣っていた状態から何時の間にか泣き顔に変わって、頻りに何事かを喋っているようだが当然だが目の前のクロクマにも伝わらないし、250メートル先に潜んでいる俺にも伝わることはない。

その状況をスコープ越しに見ていた俺は、瀕死のクロクマが復讐とばかりにルシェンコ・ボルツォフを血祭にした後で、血祭にした人間以外の匂いを感じ取って俺の方へ来る可能性もあると考えると黙って状況を見ているだけには行かないと判断し、いっそのことルシェンコ・ボルツォフとクロクマを同時に始末することにした。

クロクマが、ルシェンコ・ボルツォフに攻撃を仕掛けた瞬間に、クロクマの心臓か頭部を338ラプアマグナム弾薬で狙撃すれば、クロクマは即刻くたばってルシェンコ・ボルツォフの身体に倒れ込むことになる。

俺が見た感じでは、クロクマは体長180センチメートルくらいで体重にしても軽く300キログラムぐらいはあるだろうから、即死したクロクマがルシェンコ・ボルツォフの身体の上に倒れ込めば間違いなくルシェンコ・ボルツォフも圧死するであろうことは確実である。

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