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デルタのスナイパー  作者: 二条路恭平


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昼近くになり、俺はナップザックから取り出したビスケット・タイプの栄養補助食品とミネラルウォーターで昼食を済ませているが、ルシェンコ・ボルツォフと2人の若い女達は温かく旨そうな料理を前にして笑みを溢して燥ぎながら食べているのを見ると、余りの格差に腹が立って仕方がない思いがするのだが、ここで気分を害したところで与えられているミッションが無事に成功するわけでもないので、これもミッションの一部と何とか割り切って冷静さを失わないようにする。

実際、精度を追及するような精密射撃においてはメンタルが占める割合は想像以上に大きいので、下手に気分を害していてもトリガーを引く瞬間に身体の何処かに余計な力が入ってしまって狙点へ向けていたマズルの位置が若干でも逸れてしまえば、ハンドガンのように射程距離が比較的短いのと高い精度を求める必要がないのなら問題がないものの、ライフル銃のように射程距離があって精度を求める場合では僅かな違いによって確実な命中弾を送り込むことができなくなってしまう。

とにかく、銃器を発砲して命中する箇所は風による影響が皆無であると仮定した場合には、撃ち出された弾丸がマズルから飛び出す瞬間にマズルが向いていた方向にしか飛翔しないので、ファイアリング・ピンが弾薬のプライマー部を打撃して弾薬内の装薬が燃焼し、発生した発射ガスの圧力によってケースから弾丸が飛び出した後に発生する最初の反動である第一次リコイルは如何なるデバイスを使用したとしても物理的に抑制することができず、唯一の抑制方法は銃器自体の重量を増加させてやることで反動によって動いてしまう銃器本体の移動量を少なくすることくらいなのである。

そのため、第一次リコイルによって生じる銃器本体の動きを上下左右ではなく可能な限り前後運動にコントロールして発砲の瞬間に向けていたマズルの位置を反動に伴う移動量を極力少なくしてやるしか方法がない。

更に、人間の能力で自然現象である風の強さや動きを予測するのは殆ど不可能な事でもあるので、余程の偶然によって各種の条件が揃わない限りは初弾命中とか全弾が同一箇所のワン・ホールへ着弾すると言ったようなことは殆ど夢物語に近いようなことなのだ。

また、銃撃に必要とされる各種のパーツであるバレル、アクション機関部、ストック、照準器等についても全てがベストの物を揃えたとしても、それによって求める精度の射撃が達成されるわけではなく、それらを組み立てる工程や組み立て後のメンテナンス等によっても影響を受けることになる一方、発砲における最終ステージに関わってくる射手の射撃スキルも大きく響いてくることになり、どれか1つでも要素が欠けてしまえば必要な精度に導くことができない。


イラついた気分を落ち着かせて、今の状況でターゲットであるルシェンコ・ボルツォフの狙撃を考えながら観察すると、ルシェンコ・ボルツォフが座っているリングルームのソファーまでは概ね200メートルくらいの射程距離と思われるので、確かに窓には白いレースのカーテンが障害物として存在はしているが、スコープ越しとは言え全くターゲットを捉えられない状態ではなく、使用する弾薬が338ラプアマグナム弾薬の威力を考慮すれば、少々着弾が狙点から逸れたとしてもターゲットに着弾さえしていれば射殺することが難しいとは思えない。

ただ、問題点があるとすればターゲットが雇っているボディーガードの2人を如何にして早い段階で始末することができるかで、昨日の状況ではボディーガードの2人はアサルトライフル銃を持っていることが分かっているので、早い段階で始末しておかないとボディーガードの2人がアサルトライフル銃を持ち出されては、速射性能においてボルトアクション・ライフル銃を使用する俺の方が不利になるのは明らかで、射程距離も200メートルくらいならばアサルトライフル銃でも充分に対応可能な距離であることを考えれば、ボディーガードの2人を生かしておく時間が長くなれば長くなる程、俺の方が不利な状態に陥ってしまうのは間違いがない。

まぁ、運良く発砲した弾丸が1人目の身体を貫通して後方にいる別の人物を同時に始末できるのであればラッキーと言え、338ラプアマグナム弾薬の威力だけを考えれば決して有り得ないことではないが、そう簡単に事が進めば苦労はしないだろう。

そんな事を考えながら観察を継続していると、昨日は気付きもしなかったがルシェンコ・ボルツォフの別荘には警護の意味も込めた犬の姿が見当たらない。

俺のような存在からすれば助かることなのだが、別荘の敷地内に犬等を放し飼いにしていれば敷地内や敷地の周辺に不審者が近付くようだと、人間の数万倍の嗅覚によって不審者等の侵入を探知することが可能となるが、ルシェンコ・ボルツォフのような立場の人間が雇い入れたボディガードだけで自分の身の安全が図れた等と安心しているとは到底思えない。しかし、昨日も別荘の周辺で暫く観察していても犬等が近寄ってきて吠えるようなこともなかったことを考えると番犬や猟犬はいないという結論になる。

もし、そうであれば別荘の敷地周辺には赤外線カメラや人感センサー、或いは人間の体温を感知するサーモカメラでも設置しているのだろうか?

俺は、今いる茂みから離れてルシェンコ・ボルツォフの別荘周囲を見て廻ることにした。

仮に、俺が想像している通りに赤外線カメラ等が設置されているであれば、その位置を把握しておかなければ狙撃を実行する際に、ライフル銃を構えた途端に俺の居る場所が特定されてアサルトライフル銃の集中砲火を浴びることになるかもしれない。

なるべく、ルシェンコ・ボルツォフの別荘敷地には近付かないように注意しながら肉眼で周囲を見て廻ると、間近で見ているわけではないので確証は持てないが明らかにセンサーのような類が敷地の柵に数ヵ所は設置されているのを発見することができる。

そうなると、ターゲットとしているルシェンコ・ボルツォフは動物等を警護として飼っているわけではなく機械による警備を信頼して選択していることになる。

確かに、犬等を飼っていれば餌代が掛かるしクマ等が現れた場合には下手をすればビビッて逃げることも考えられるが、一方で機械類ならば初期の設置費用以外のランニング・コストは電気代くらいのもので、仮にクマ等が現れた場合であっても決して逃げ出すこともなく確実に捉えて人間に知らせてくれるので信頼できないわけではない。

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