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翌日は朝から、曇天で若干風も吹いて肌寒さを感じるような天気となっている。
昨日から、アップしているターゲットを捕捉した衛星画像のアプリケーション・ソフトでルシェンコ・ボルツォフの動きをチェックしてみるが、今のところは別荘から動いた様子はないようである。
天気予報では降雨の可能性は低そうなのだが肌寒さのために、ルシェンコ・ボルツォフは今日の出猟は控えるかもしれない。
しかし、そうは言ってもルシェンコ・ボルツォフが出猟をしないからと言って俺もロッジでのんびりと待機しているわけにもいかないので、外見は単独猟で出猟するような装いを整え、更に防寒ジャケットを着込んでルシェンコ・ボルツォフの別荘を目指してロッジを出発する。
実際に屋外へ出てみると思っている以上に、風速は強くないものの北風なので長時間も屋外で活動していると体温が奪われて指先が悴んでくる。
念のためと思って防寒ジャケットのサイドポケットには、コンバット・グローブを突っ込んでいるので直ぐに取り出して、両手にコンバット・グローブを嵌めることにする。
特に、ボルトアクション・ライフル銃で高い精度の狙撃を実施しようとするのであれば、トリガーを引くための利き手の人差し指であるトリガー・フィンガーの感覚は重要であり、悴むことで感覚が鈍るようでは繊細な力加減ができすにガク引きと言って必要以上の力でトリガーを引くことで、マズルがターゲット方向から逸れてしまい狙点に弾丸を送り込むことができなくなってしまう。
ただし、指先が悴むことのないように手袋等をしていても、これが高精度の狙撃を行うのではなく単に敵との交戦状態での発砲であるならば手袋等を装着したままでの発砲でも大した問題はないのだが、高い命中精度が求められる狙撃である場合は発砲を行うためにトリガーを引く場合には、手袋等は外しておかなければ繊細なトリガー・コントロールがしにくい。
こんな肌寒さであってもシカやクマ等は、餌が少なくなる冬場に備えるために餌を求めて森林の中を徘徊しているだろうから、周囲への注意を払って野生動物との遭遇に備えルシェンコ・ボルツォフの別荘を目指し歩を進める。
実際には野生動物相手のハンティングを行う必要のない俺からすれば、クマ除けの鈴等を身に付けて行動したいところだが名目上は単独のハンティングということになっているので、クマ除けの鈴等を身に付けての行動では明らかに不自然に見えるからクマ除けの鈴等を持って行動するわけにはいかない。
ルシェンコ・ボルツォフの別荘まで半分くらいの場所まで進んだ時に、前方10時の方向から「ボォ、ボォ」という牡クマの鳴き声が聞こえてくるので、一瞬だが面倒な事態となった思い小さく舌打ちをする。
右肩に担いでいるナイロン製のソフトケースから音を立てぬようにしてTFMボルトアクション・ライフル銃を取り出して、ボルト・ハンドを右手で握って操作を行いマガジンに5発装填している338ラプアマグナム弾薬1発をチャンバーへ送り込んで安全装置を掛けておく。
ちなみに、ハンティング用のライフル銃であれば装弾数が5発もあれば充分に対応可能であり、10発以上のボックスマガジンを必要とすることはなく、そもそも発砲の対象は銃器を持たぬ野生動物であることを考えれば、こちらが発砲したとしても反撃のために野生動物側が銃器を発砲してくることは100パーセントないので、正直に言えば使用する弾薬が338ラプアマグナム弾薬であることを踏まえ、弾薬自体の威力を加味すれば3発もあれば例えグリズリーを相手にするような事態となっても充分に対処できる。
いざとなって現れた牡クマが襲ってくるようであれば、躊躇なく発砲しなければならないがルシェンコ・ボルツォフの別荘までの距離が2キロメートル以上はあるにしても、338ラプアマグナム弾薬を発砲した際に生じる発砲音は結構大きな音となり別荘にいる人間達に聞こえるだろうから、出来ることなら極力発砲は控えたいところだ。
それに、外見上は単独猟のハンターだからと言って目の前にいるクマを狙撃した場合、そのクマの死体を処理しないわけにもいかないし、射殺した死体処理を1人で行うとなれば結構な仕事量となり時間も掛かってしまう。
近くの大きな幹になっているアラスカヒノキの陰に隠れて、茂みにいるクマの様子を伺っていると何かを採餌しているのか「クチャ、クチャ」という音が聞こえてくる。
冬場を控えて食欲が最も旺盛な時期に、採餌中のクマに接近するば食い物への執着が強い時期でもあるので、こちらにはクマが採餌している餌を横取りする意思が微塵もないにしても、クマからすれば貴重な餌を横取りしようとしている敵と見なされて攻撃してくる可能性は捨てきれない。
30分以上は、その場に留まってクマの採餌が終わるのを待っていると茂みの方から小枝を折るような「パキッ、パキッ」という音と「ガサッ、ガサッ」という草を踏みしめるような音が聞こえ、その音が徐々に遠ざかっているのが分かる。
遭遇したクマは、ここでの採餌を終えて新たな餌を求め移動を始めたようで緊張感が徐々に薄らいでいく。
最初は、TFMボルトアクション・ライフル銃をナイロン製のソフトケースに収納した状態でも大丈夫だろうと判断していたが、こうして今いる場所は野生動物達の住み家であることを思い出し、TFMボルトアクション・ライフル銃をソフトケースへ収納するのではなく、TFMボルトアクション・ライフル銃に装着されている負い皮であるライフル・スリングを使って右肩に担ぐことにする。
最も、この状態ではTFMボルトアクション・ライフル銃のマズルが上方へ向けられるので、仮に降雨ともなればマズルから雨粒が入り込むのでソフトケースへ収納してマズルを下向きにして携行しなければならなくなる。
しかし、冷静に考えれば遭遇したのが牡クマだったのは幸いかもしれないと思えてくる。これが、子グマを連れた牝グマならば餌を横取りされると思われる以前に子グマを守るために見境なく母グマは攻撃してくるだけでなく、牡クマが餌を横取りされると思って攻撃してきた場合には一定以上の離れれば一時的にせよクマからの攻撃は済むかもしれないが、母グマの場合は連れている子グマの安全が確保されるまでは執拗に攻撃してくるので、子連れの牝グマと遭遇した場合は躊躇なく母グマを射殺した上で子グマも始末しなければならなくなる。
そんな事を考えならが歩いていると、再び2時の方向から「バキッ、バキッ」という小枝が折られる音が聞こえてきたので、再度クマとの遭遇かと脚を停めて2時の方向を注視していると、茂みの隙間からムースと思われる角が動いているのを見付ける。
それを見た俺は途端にホッとしてしまうのは、ムースの場合はクマとは違い遭遇しても余程のことがなければ、人間に気付いたムースの方が逃げ出すことはあっても交尾期の牡でもなければ襲い掛かってくる心配はない。
案の定、茂みから姿を現したムースは俺の存在に気が付くと小走りになって、俺から遠ざかり別の茂みに姿を隠してしまう。
こんな調子で、ルシェンコ・ボルツォフの別荘近くに辿り着くのに何事も無ければ30分程度で済むのが、1時間以上も掛かってしまうことになった。
ルシェンコ・ボルツォフの別荘では、レースのカーテンが引かれたリングルームにバスローブ姿のルシェンコ・ボルツォフと2人の若い女がソファーで寝そべっているのが視認できる。
この調子では、間違いなく今日の出猟はないだろうと判断できる。




