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デルタのスナイパー  作者: 二条路恭平


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19時から開かれた中国国営企業の公式会見には、無精髭を剃り頭髪を整えて高級なスーツに身を包み自己の如何なる思考さえも周囲の人間には悟られないような無表情を演出しているシー・ユーシュェンを始めとして、国営企業の幹部連中が雁首を連ねて雛壇に現れている動画が配信されていた。

会見の冒頭で司会者が

「これまで、当社においてCEOであるシー・ユーシュェンが誘拐されている事実はないとのコメントを発表しておりましたが、実はCEOシー・ユーシュェンが誘拐されていたのは事実であったものの、誘拐犯側からシー・ユーシュェンの身の安全を確保したければ警察当局とマスコミ等には一切連絡をするなと忠告があったため、当社CEOシー・ユーシュェンの安全を第一に考えての対応でありましたことを改めて発表させて頂きますと同時に、関係機関には改めてお詫びを申し上げるところであります」

と冒頭の挨拶を行って会見がスタートする。

国営企業側からの一方的な説明には、巧みに真実を隠しながらも通り一遍の説明のみに終始して少しも内容のないものばかりであり、集まった報道陣からは不満の声と怒号が沸き上がり騒然としている。

そこから記者達からの質問が始まったのだが、殆どの質問が誘拐犯に関することではなく身代金の金額であるとか、身代金を用意するためにパナマ運河の通航料を一時的に引き上げたとの噂についての真偽、更には本来ならば中国が用意すべき身代金をパナマ運河の通航料徴収という手段によって全く無関係の国々から資金を集めたことへのコメント等を求めるものに集中した。

それらの質問に対して、国営企業側の答弁は何れも明確な回答ではなく明らかに真相を話すつもりはないのが露骨に分かるもので、その事が一層マスコミ記者達からの反感を買って容易に会見が終了する気配が感じられない。

そんな状況下に業を煮やしたのか唯一の当事者であるシー・ユーシュェンが右手にマイクを握って席から立ち上がると

「パナマ運河の通航管理権は、我々が保有している権利であり他の何者であっても否定されるような事はない。確かに私が誘拐されて開放されるために必要となった金額は、非常に高額であったことは間違いなく一企業が容易に準備できるものでもなく、仮に高額な身代金を企業内部で工面した場合には企業自体の存続が危うくなる事態を招きかねない。そこで、我々が正当な手段によって得ている保有資産の権利を最大限に活用することの何処に問題があるのと言うのか?もし、我々が保有している権利を活用するために支払う利用料が私を開放するための身代金の原資となるのが納得できないと言うのであれば、我々が管理している施設を利用しなければ良く、ご存じの通り地球上の海は全て繋がっており我々が管理している施設を利用せずとも自由に航行できるのだから、何処からも非難を受ける謂れはない」

と集まったマスコミの記者達を見下すように一瞥すると右手に持ったマイクを無造作にテーブルへ置き、不機嫌な表情を浮かべたまま雛壇を降りると記者達が次々に押し寄せてくるのを左腕で追い払うようにして会場を出て行った。

雛壇に残された幹部連中は、茫然とした表情で退出するシー・ユーシュェンの後ろ姿を眺めているだけであったが、マスコミの視線が集まってくるのを自覚すると何も答えることなく我先に会場を退出していった。

その一部始終がネットの動画で流れたことで、中国国営企業の評判は一層悪くなるばかりなのだが、更に始末の悪いことに中国の外務部においての定例記者会見でもパナマでの国営企業の会見が話題となったのだが、中国外務部の報道官は「一民間企業の記者会見について、コメントするような必要はない」と木で鼻を括ったような回答に終始したことでネット上では中国国営企業が完全に槍玉に上がって炎上の様相を呈している。

だが、この会見で何事も無かったかのよう無難に終わらせられなかったことが、その後の中国国営企業に大きな影響を及ぼすことになる事は中国を始め、中国国営企業側には知る由もない。

翌日には、パナマ運河を高額な通航料を支払わされたと思われる国々が一斉に「国営企業の役員が誘拐されて身代金を要求されたのであれば、人質となった役員は言わば公務員とみなされるべきで、身代金の原資は中国において賄われるべき性質のものであり、世界貿易に係る経費から徴収すべき性質ではなく臨時に請求された通航料は受け入れられず差額分を早急に返還するよう要請する」といった公式談話が発表される。

更に、パナマ共和国政府からも中国国営企業からはパナマ運河を通航する船舶から徴収した料金の一定割合をパナマ共和国へ納付する契約となっていることを楯に通航料を値上げして徴収した分の早期納付を迫ってくる。

この状況で、パナマの中国国営企業は完全に四面楚歌の状態となってしまい中国本土からはパナマ共和国へ納付する金銭については、国営企業内で調達するよう言い渡され内部留保資金の大半を吐き出さなければならなくなると、企業存続を懸けて社員のリストラや保有資産の売却にまで行う必要に迫られてしまう。

結果、国営企業が幹部による記者会見を実施した週内には、多くの社員をリストラするような事態となりパナマ運河の管理権についても売りに出さなければならないような事態に追い込まれ、そこへ更なる追い打ちを掛けるようにCEOであるシー・ユーシュェンが国営企業の社屋から投身自殺をするに及んでパナマの中国国営企業の事態は混迷の度を深めてきている。

そこへ狙いすましたように救いの手を差し伸べるべくアメリカがパナマ運河の通航管理権を買い取るという内容をホワイトハウスの報道官がコメントし、あたかも中国サイドへ救いの手を差し伸べるような態度を示してくる。

裏事情を知らない多くの民衆からすれば、体制の違う中国に対して融和的な態度で臨んでいるアメリカの姿勢は好意的に受け止められそうな感じに見えるが、実際にやっていることは自らが仕組んだアクシデントを狡猾に利用して自国の国益に結び付けているのだから、まさにマッチ・アンド・ポンプを巧みに行っているだけの話なのだ。

しかし、幾ら綺麗事を並べてみても人種も違えば思考の仕方も違う体制の集合体である国同士が外交によって自国発展の基盤となる国益を得ようとするのであれば、他の国々との議論によって双方がウィンウィンの関係を構築しながら互いに発展しよう等といった絵空事が通用するはずがなく、国同士の外交というのは暗黙のうちに弱肉強食のルールが存在しており、如何にして相手からより多くの事柄を奪い取るのかが自国の国益を勝ち取ることに繋がるのだ。

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