155
上空を飛行中のC-2グレイハウンドの貨物室は、2基のプロペラエンジンが耳障りなくらいに響いて、目の前には行き先となっている原子力空母エイブラハム・リンカーンへの補給物資が積み込まれており物資の中身は医薬品ということだが、余りにも座っている近くにまで積載されているので息苦しさを感じてしまう。
だが、これからのミッション遂行によって俺達も医薬品の世話になるかもしれないと思えば、邪魔者とは言えないだけでなく海外で海の上ともなれば軍用艦である空母に常備されている医薬品は貴重品以外の何物でもない。
ただし、目の前に医薬品が梱包された段ボール箱を眺めている以外に特段やることもないのに加えて、各自が早朝に支給された銃器に装着されている光学照準器のゼロインを行うために早起きをした関係もあり、C‐2グレイハウンドがメイン滑走路で離陸の許可を基地の管制官から受けるまでの間に、眠りに落ちていたようで副操縦士であるコ・パイロットから原子力空母エイブラハム・リンカーンへ着艦する旨が知らされるまでの記憶が全く無い状態で熟睡していた。
流石に、空母への着艦ともなれば事前に起こされて機体が着艦した時の衝撃に備えておかなければ、余程シートベルトをガチガチの状態で締め付けておくようにしなければ、着艦時のショックで身体全体が有らぬ方へ飛ばされて目の前にある医薬品の世話に早速なる事態となり、そのような状態ではミッションに従事するにも怪我の影響で身体が万全に動かせないのでは単なる御荷物にしかならず、それこそ何のためにアラビア海で展開している原子力空母エイブラハム・リンカーンまで来たのかという事になってしまう。
とにかく、飛行甲板には着艦してくる航空機のスピードを地上の滑走路より短い飛行甲板で減速させなければならないので、アレスティング・ワイヤーという装置を用意しており、着艦する航空機側もアレスティング・ワイヤーを引っ掛けるフックを出して着艦するのだが、フックにワイヤーが掛かれば着艦した航空機自体のブレーキ等による減速に加えてアレスティング・ワイヤーも制動をかけてくるので、地上の滑走路へ着陸するよりも何倍もの衝撃を体感する状態となる。
事実、目の前に積載されている医薬品はナイロン製の幅広ロープで固定されているので、地上の滑走路に着陸して輸送機が制動したとしても貨物室に積載されている荷物が極端に暴れて音を立てることは殆ど無いが、空母の飛行甲板に着艦した際には一瞬だが積載されている荷物がグラッと動くので、目の前でナイロン製のロープが切れたらと想像すると一抹の不安が過ってくる。
今の目の前に積み上げられた医薬品の段ボール箱が瞬間的だが揺れるのを直に見ると、傷病を治療するための医薬品がナイロン製の結束ロープが緩んだことで貨物室内で医薬品の段ボール箱が離散して負傷し、その怪我を治療するのが負傷の原因となった医薬品というのではブラックジョークの何物でもない。
しかし、俺の頭に一瞬過った妄想のような事態になるようなことはなく、多少強いショックはあったものの無事に着艦できて俺達3人は原子力空母エイブラハム・リンカーンに乗艦したことになる。
飛行甲板に降りた立った俺達3人は、艦橋へ向かい副長らしき白人の人物にフォートブラック基地から派遣されてきたデルタ・フォースのオペレーターであることを告げると
「当艦の副長でありますクリストファー・チャーリー中佐です。艦長は、艦長室で皆さんが到着するのを待っております。早速、艦長室へ案内しますので私に着いて来てください」
と言って艦内の廊下を歩いて行くが、軍用艦の常で何度か狭い階段を降りたりしないとならないのに加えて、案内役のチャーリー中佐が早歩きなので気を抜いていると副長の姿を見失ってしまいそうになる。
現状で、この原子力空母エイブラハム・リンカーンは作戦遂行中の状態となっているので、決して広くはない廊下を結構な往来が激しくあるのだが何度も海軍の艦船に乗船させてもらった経験では、原則としては艦内は走るなと言われていても歩く速度は全員早い。
軍用艦は基本的に、艦内を有効に機能させるため必要最小限の広さでしか設計されていないので、艦内での行動については基本的に走るということはなく余程の緊急事態が発生したようでなければ、安易に走ったりすると厳しく注意されることになる。
それは、狭い空間で走ったりすれば他の人間と擦れ違ったりする際にぶつかる可能性があり、ぶつかった事で1人ないし2人が転倒して負傷することが考えられるだけなく、転倒によって艦の運行に支障が出る可能性のあるスイッチ類をオン或いはオフにしてしまう可能性さえあるので、敵の攻撃を受けている状態であるとか、或いは艦内で火災が発生したような状態でもなければ走る行為が嫌われる。
勝手の分からない艦内を副長のチャーリー中佐を見失わないよう、賢明に後ろ姿を付いて行くと、比較的人の往来が少なくなった廊下の前で副長のチャーリー中佐が立ち止まって俺達が来るのを待っている。
俺達3人が、チャーリー中佐の隣に並ぶと副長のチャーリー中佐はドアをノックして
「副長のチャーリーです。デルタ・フォースの3人が当艦に到着しましたので、案内してきました」
と大きくハッキリとした声で言う。
ドアの内部から艦長らしき男性の声で
「入って良い」
と入室を許可する声が聞こえる。
するとチャーリー中佐は
「失礼します」
と言って艦長室のドアを開けて、先に艦長室へ入りドアを開けたままで俺達が入室してくるのを待っている。
俺達3人が艦長室へ入室すると
「それでは失礼します」
と言ってチャーリー中佐は艦長室を退出する。
艦長室のドアが閉められたのを確認して、決して広くはない艦長室内の会議用テーブルの椅子に座っている白人の男性が
「私が艦長のマーク・ハミル大佐だ。まずは、空いている席に掛けたまえ」
と言ってハミル艦長の対面にある席を指し示す。
俺達3人は、ハミル艦長の対面にある席の後ろへ立って各自が氏名と階級を告げてから着席する。
俺達が着席するとハミル艦長は俺達3人の顔を見渡してから
「それでは、早速だが諸君等が従事する作戦における役割について説明する。今回の作戦では、主にメインで行動するのは海兵隊遠征隊のメンバーとなり、諸君等には主に海兵隊遠征隊の後方支援をしてもらう」
と説明してくるので
「質問がありますが、宜しいでしょうか」
マイクが軽く右手を挙手して発言する。
「何だね?」
ハミル艦長はマイクの質問を許可すると
「後方支援とは具体的には何を想定されているのでしょうか?」
とマイクが質問する。
「諸君等3人のうち2人は、スナイパーと聴いているので先行する海兵隊遠征隊に敵からの砲撃が行われた際に、その敵を狙撃によって排除してもらうを想定している」
ハミル艦長は即座に回答してマイクに視線を送り、この答えで充分かと言った表情を見せる。
ハミル艦長の回答で納得したマイクが頷くと
「それでは説明を続けるが、諸君等も知っている通り今回の作戦は大統領令のみの命令によって実行されるため、戦争権限法の適用を受けて最初の作戦が終了したならば大統領は48時間以内に、下院議長と上院臨時議長へ書面により報告しなければならず、その書面を受けて議会では宣戦布告についての審議が行われ、宣戦布告が決議されなければ開始した戦闘は議会への報告後60日以内のみが認められ、更に30日以内での撤収が義務付けられている」
ハミル艦長は、ここまで説明すると一呼吸おいて俺達の表情を見てから
「そうなると、現状では議会で宣戦布告については否決される可能性が高いので、そうなると今回の我々の作戦行動は長くても2カ月間ということになる。その間に、海兵隊遠征隊が出動となれば諸君等にも後方支援ということで出撃してもらうことになるので、そのつもりでいてもらいたい」
ハミル艦長の説明が終わったところで
「1つ質問があります」
と俺は右手を挙手する。
「何だ?」
とハミル艦長は俺からの質問を許可してくれたので
「海兵隊遠征隊が出動する際には、事前に我々にも連絡があるのでしょうか?」
と俺が尋ねる。
「基本的には諸君等にも当然連絡をすることになるが、諸君等も知っての通り本国から緊急な作戦命令が出される可能性は否定できないので、その場合には事前連絡とはならないことは理解してもらいたい」
とハミル艦長は穏やかな表情で答える。
確かに、これまで従事したミッションでも本国からの急な計画変更が告げられてくるのは決して珍しいことではないので、それに対して文句を言ってみたところで仕方のないことは充分に分かっている。
「その点につきましては理解しております」
とハミル艦長に答え、それを聞いたハミル艦長も小さく微笑んで頷いてみせる。
「それでは今回の作戦に関する話は以上となるが、今回の作戦期間中での諸君等の部屋については、本艦も決して広いわけではないので個室を用意するというわけにはいかないので、3人で1部屋を使ってもらう」
ハミル艦長の言葉を聞いた俺達3人は頷いてみせる。
この原子力空母エイブラハム・リンカーンが、如何に巨大な船体と言っても豪華客船に乗船したわけではないことは理解しているので個室が用意されないことで文句を言うつもりはない。




