第4章:二人の距離と親友たちの反応
葵さんの家族の車を降りたあと、僕はひとり夜道を歩いていた。
街灯の明かりが、静かに足元を照らしている。
だけど――
僕の中に残っているのは、あの光景だった。
唇に触れた、柔らかくて、温かい感触。
「……夢じゃないんだよな」
思わず、指先で自分の唇に触れる。
これまで、誰かに好かれることなんてなかった。
誰かに必要とされることも、なかった。
それなのに――
“国民的アイドル”が、僕を選んだ。
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
⸻
帰宅すると、スマホが震えた。
画面を開いた瞬間、いつものグループLINEが賑やかに動いていた。
【宮下佳織】
「隆くん、昨日のライブ見たよ!葵ちゃん、本当に可愛かった……!」
【仲村俊輔】
「お前さ、あんな子と付き合うとかマジかよ…現実味なさすぎるだろ」
【柳瀬卓郎】
「いやいや、これはドラマ化決定案件だろw 主演:簗川隆」
【福原愛莉】
「ねぇ隆……ちゃんと大事にしてる?ああいう子、放っておいたらすぐ誰かに奪われるよ?」
それぞれの言葉は違うのに、どこか同じ温度だった。
心配と、驚きと、そして――祝福。
僕は少しだけ考えてから、返信を打つ。
【簗川隆】
「ありがとう。みんなにも、ちゃんと会ってほしい」
送信したあと、しばらく画面を見つめる。
“紹介する”
それはつまり――
この関係を、ちゃんと“現実”にするということだった。
⸻
翌日。
いつもの喫茶店。
変わらない木の香りと、静かな音楽。
だけど、空気だけはどこか違っていた。
先に口を開いたのは、佳織だった。
「……ねぇ、隆」
その声は、いつもより少しだけ真剣だった。
「葵ちゃんって、アイドルでしょ?」
「うん」
「恋愛禁止とか……大丈夫なの?」
僕は、少しだけ視線を落とす。
それは、考えないようにしていたことだった。
⸻
卓郎が軽く笑いながら言う。
「まぁバレなきゃいいんだよ、バレなきゃ」
その軽さは、場の空気を壊さないためのものだと分かっている。
でも――
俊輔は違った。
「いや、それは甘いだろ」
彼は真っ直ぐに僕を見る。
「相手はアイドルだぞ。ファンがいる。事務所がある。世間がある」
一拍置いて、続けた。
「お前一人の問題じゃ済まない」
言葉は厳しい。
でも、それは責めているんじゃない。
“守ろうとしている”言葉だった。
⸻
愛莉が、ふっと笑う。
「でもさ」
彼女は頬杖をつきながら、優しく言った。
「隆がそんな顔するの、初めて見たよ」
「え……?」
「誰かを本気で好きな顔」
一瞬、言葉を失う。
⸻
佳織が静かに続けた。
「……いいんじゃないかな」
「佳織……?」
「だってさ、隆くんが選んだんでしょ?」
彼女は少しだけ寂しそうに、それでも優しく笑った。
「だったら、私は応援する」
⸻
その瞬間、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
言葉にできない何かが、込み上げてきた。
⸻
そのとき、スマホが震えた。
画面には――
【湊川葵】
通話。
僕はすぐに出る。
「もしもし」
『隆くん?』
その声を聞いた瞬間、少しだけ安心する。
「今、みんなと一緒にいるよ」
『ほんと?』
声が少し弾む。
『みんなに……よろしく伝えてほしいな』
「うん」
僕は周りを見渡しながら、ゆっくりと言った。
「みんな、葵さんも会いたいって」
⸻
卓郎がニヤリと笑う。
「いよいよヒロイン登場か」
俊輔は腕を組みながら頷く。
「ちゃんと挨拶しないとな」
佳織は小さく微笑み、
愛莉は楽しそうに言った。
「面白くなってきたね」
⸻
その日、僕ははっきりと感じた。
“孤独じゃない”
そう思えたのは、初めてだった。
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