8-15 思ってたのと違う貴族街
本日もよろしくお願いします。
港を発った馬車の列は、王都にあるランクス森守伯邸へと向かう。
邸宅は貴族街にあるようで、そこへは港から一般市民の市街地に入らずに向かえるルートがあった。一番賑やかなメインストリートに続く道も港に繋がっているのだが、港から入った貴族は通常このルートを使うらしい。
「わぁ、おっきな建物ぉ! 賢者様、見て見て、でっかいよー」
『ネコ太:本当だねぇ!』
馬車の窓縁にちょこんと指を掛けたミニャは、外の風景を見上げて楽しげな声を上げる。そんなミニャの横では、同じく近衛賢者2名が窓縁にぶら下がって同じ光景を見上げている。
「これは水軍基地ですね」
そうやって、一緒に乗っているシゲンが教えてくれる。
昨晩にクラウの修行を受けたシゲンは、領主と同じくらいのタイミングで起きた。顔色は若干白く、かなり動きが悪くなっている印象だ。
「水軍基地。グルコサでいつもミニャが降りるところだ」
「水上や港で問題が生じた場合にすぐ出動できるように、港に隣接して作られているのですよ」
「むーっ、大切! ミニャンジャ村にも作る?」
『ニーテスト:いつも賢者たちがたくさん港にいるから、まだ不要だな。もう少し大きくなって、船がたくさん来るようになったら必要になるだろう』
「そっかー。まだお船はあんまり来ないもんね」
ミニャは納得して、また馬車の外を眺め始めた。
【300、名無し:はえー、やっぱり貴族街を攻め込まれたら困るもんな】
【301、百太郎:それはどうだろう。貴族街の形成には国それぞれに歴史があるからな。水軍基地が先にできてから、安全を求めて貴族街が発生したパターンも考えられる】
【302、名無し:貴族街の歴史なんて考えたこともなかった】
【303、百太郎:別の場所で力をつけた者が、新しく町を作る際に家来たちが集まる地域を計画的に決めたパターンもあれば、大きな町に人気スポットが生じて、貴族たちがその土地をこぞって買ったことで貴族街が発生したパターンもある。既存の貴族街が手狭になったから、離れた場所に作ることだってある。なんにせよ、王のお膝元に貴族が邸宅を持つのだから何らかのルールや歴史があるはずだ】
【304、名無し:ほーん。異世界物の貴族街って歴史なんて語られないからな】
【305、名無し:単純に、ストーリーに不要だから設定なんて考えてないんだろ】
【306、百太郎:この国は約束の石板を貰って女神の森を切り開いたはずだから、貴族街が独特な形成の仕方をしていてもおかしくはないだろうな】
【307、クラトス:ミニャンジャ村も土地の貸与分与は他人事じゃないですからね】
【308、名無し:子供たちに一等地をあげたいなぁ】
【309、名無し:そういうところやぞ。そこらへんはちゃんとしないと後々困ることになる】
ミニャが乗る馬車は、水軍基地の表門、裏門、貴族街の門と、いくつも大きな門を馬車で通過し、一気に貴族街へ。
「ふぉおおお、おっきなおウチがいっぱい!」
貴族街に建つ家は2、3階建てが多く、面積は日本の一軒家2戸分程度の大きさが一般的なようで、アニメ好きな賢者たちが想像していた大豪邸よりも小さな物ばかりだった。とはいえ、ミニャからすれば大きな家ばかりだ。
『ニーテスト:シゲン。ここの貴族街はどういうものなんだ? 住む条件や住んでいる貴族の性質という意味だが』
貴族街について気になっている様子の書き込みを読んでいたニーテストが、そう問うた。
「ここは役職に応じて王から貸されている土地と屋敷ですね。ですから、基本的に全て王家の持ち物です。ここに住むには領地を任されているか、王都で位の高い役職に就く必要があります。領地持ちは旅に従者を連れてきて、王都での生活の面倒を見る必要がありますので、広めの敷地を有する家が与えられる場合が多いですね」
『ニーテスト:ふむ。じゃあ引退したらどうするんだ? 一般市民に交ざって暮らすのか?』
「いえ、貴族街はここ以外にも離れた場所にいくつかあります。そこも基本的に王家の持ち物ですが、そちらの一部は役職など関係なく住む権利を買うことが可能です。そういった場所の権利を代々受け継いでいる貴族が多いので、隠居をする際にはそちらへ転居する場合が多いようです。他にも王都南西にあるテオブロの町が王都と雰囲気が似ているため、そこにある貴族街に住むという方も多くいます」
『ニーテスト:ほーん、なるほどねぇ。じゃあ、土地を使用する権利を売買なりで所有したとしても、王家の物であるのは絶対に変わらないという認識で合っているか?』
「はい。それは変わりません。というよりも、貴族街に限らず、王家直轄領の土地は全て王の物です。あくまでも、売買は土地を使用する権利をやり取りしているだけです。尤も、王家が強硬な手段で土地を接収するということは滅多にありませんので、実質的には土地の売買と同義のようなものですけどね」
『ニーテスト:よくわかった。ありがとう』
賢者たちは今後のミニャンジャ村の発展のためにいろいろと学んでいるが、ミニャからすれば大きな家がたくさんあって見ているだけで楽しかった。今もまた気になることを発見!
「あっ、いまお姉さんが素振りしてた!」
ミニャがそう言うので、賢者たちと同様にミニャちゃんファーストなシゲンはすぐに返答した。
「王国貴族の子弟は、騎士や上級兵士などの職に一般人よりも優位に就くことができるのですが、実力がなければさすがに採用されません。実際に将来そういった職に就くかはわかりませんが、なりたいと思った時に訓練を始めたのでは遅いですから、ああやって、ある程度の武術は幼い時から教育されるのです」
「偉いなー。ミニャも頑張って修行しなくちゃ」
うんうん、とミニャは感心した。ちなみに、お姉さんと言ったが、素振りをしていたのは10歳くらいの女の子である。ミニャからすればお姉さんだった。
そんなふうに、どこの家も庭を持っており、そこに従者用や倉らしき建物を持っている。庭の空いているスペースには花壇があったり、ミニャが目撃した少女のように、訓練に使っていたりしていた。
【344、名無し:案外、通りに人が多いな。貴族っぽい人もたくさん歩いているし】
【345、名無し:それは俺も思った。もっと静かで、人は巡回している兵士くらいしかいない場所なのかと思ってたわ】
【346、名無し:田舎住みの俺んちの周りよりよっぽど人が多いわ】
【347、名無し:まあ貴族たちだって生きてるわけですし】
【348、名無し:ていうか、元国王からして夜中にフラフラしてるからね】
【349、名無し:フォルガさんも、王都にいた時は酒場で冒険者と飯を食ってたみたいだからな】
賢者たちがスレッドで指摘したように、通りには貴族や従者と思しき人、巡回中の兵士やぱっと見では職業がわからない人など、結構多くの人が歩いていた。中にはマダム同士で立ち話している光景すらある。それは賢者たちが想像していた貴族街とは全然違った。
そんな中を、黒剣騎士団に護衛されて走る馬車の列。その馬車の中のひとつは天井にお人形さんをたくさん乗せたご機嫌な仕様だ。
「お母しゃま、おにんにょうしゃん! わぁ、手ぇ振ってくえました!」
当然、ミニャが乗る馬車は、貴族な幼女が騒いじゃうくらい目立った。そして、グルコサの町を救った女神の使徒の話は王国中に轟いている。
「まあ、きっと女神の使徒様よ!」
「おー、王都にお越しになったのか」
「な、なんと神々しい人形だ」
幼女は手を振ってくれたお人形さんに夢中だが、大人たちは動く人形たちを見て、誰が乗った馬車なのかすぐにピンときた様子。
【370、ナオマサ:そこのけそこのけぃ! ミニャちゃん陛下のお通りでぇい!】
【371、名無し:誰も塞いでない定期】
【372、ユナ:いいなー。屋根に乗っている人たち絶対に気持ちいいよ、これ】
【373、名無し:気持ちいいだろうねぇ】
【374、クロエ:実際にグルコサでのパレードは凄く興奮しましたよ】
【375、風鈴:あれは楽しかったねー。大歓声でミニャちゃんが褒められてさ】
【376、ナオマサ:いいなーっ!】
スレッドで言われているように、屋根に乗った賢者たちはミニャの人気に胸を張り、歓声を浴びて良い気持ち。子供を見れば手を振って、サービスも欠かさない。
【388、ロバート:ちょっと気になったんだけど、ここの貴族って馬車には乗らないのかな? この家の庭の規模だと、馬車を持つのが難しそうじゃないか?】
【389、名無し:言われてみればそうだな】
【390、名無し:俺んちの爺ちゃんは、こんくらいの規模の庭で牛を1頭飼ってたぞ。だけど、臭いが凄くてハエがよく飛んでたな】
【391、名無し:ウチの爺ちゃんちも牛舎だった建物があるよ。昔は牛が1頭いたって話を聞いたことがある】
【392、名無し:シティ派の俺氏、全然想像がつかない】
【393、名無し:カブトムシの幼虫がいっぱいいるんだぞ】
【394、名無し:牛の話でカブトムシが出てきて困惑不可避】
【395、名無し:たぶん、各家が馬車業者と契約しているんじゃないかな? 近世では、タクシーみたいな辻馬車ってのがあったみたいだし】
【396、クラトス:グルコサの場合は、貴族街から貴族たちは歩いて出勤しているぞ。馬車を使いたい場合は、メイドが馬車屋に走るんだよ。だけど、領主は普通に馬車や厩舎を所有しているな】
【397、名無し:言ってるそばから辻馬車っぽい物の停留所があるぞ】
【398、名無し:ほーん、貴族街に待機しているだけあって立派な馬車だな】
【399、名無し:あの、牛の話でカブトムシが出てくる件の説明をしてくれません?】
【400、名無し:牛糞堆肥に湧くバクテリアを幼虫が食べるから、牛舎はカブトムシがよく卵を産んでいくのさ。だからまるまると太った幼虫がたくさん捕れる】
【401、名無し:はえー、知らんかった。馬車の話に戻っていいよ】
賢者たちは生配信を見て王都の文化を楽しんだ。
馬車はやがて、一軒の館の門の前で停車した。
そこは他の屋敷よりも2倍ほど広い庭面積を持つ邸宅だった。
「むむむっ、停まっちゃった」
「到着したようですね」
「おー、じゃあ、ここが領主様の王都のおウチ?」
「左様です」
どうやら、馬車ごと門の中に入るような仕様ではないらしい。
話に聞く貴族の生活とは異なり、賢者たちはかなり戸惑った。
【449、名無し:入らんのかい!】
【450、百太郎:馬車のロータリーはある程度の広さが必要だからね。グルコサの領主館くらいの庭の規模でなければ、この車列をスムーズに入れて降車させるのは無理だろう】
【451、名無し:そういうこと!?】
【452、名無し:多少歩くことは厭わないところを見ると、俺らの考える貴族とは価値観がかなり違うのかもな】
【453、名無し:うわっ、だけど騎士さんたちがすげぇぞwww】
黒剣騎士たちは馬車の周囲を警護し、さらに馬車から門の前まで左右に並んで道を作ってくれていた。凄いVIP感。
賢者たちがぴょんぴょんと馬車から降りて隊列を組む。
そして、いよいよミニャが降車する番になった。
しゅたりと元気に馬車から飛び降りて、ミニャちゃん陛下、ご到着。
「ふぉおおお、かっくいー」
ミニャは綺麗に整列して道を作っている黒剣騎士団を見回して、お目々をキラキラさせた。みんなとても強そうである。
隊列を組んだ賢者たちに先導され、ミニャは大きく開いた森守伯王都邸の門を潜った。
「にゃー、素敵なおウチ!」
領主の王都邸は、木造煉瓦造りで、日本の一軒家3戸分程度の物だった。森守伯というのは地球で言えば公爵レベルだが、それでも別邸はこの程度の大きさらしい。
門のすぐ裏には詰所と思しき小さな建物があり、離れに建物が2つある。先ほどのシゲンの話を参考にすれば、旅に連れてきた兵士や使用人用の建物だろう。
庭はテニスコート2枚分程度で、門から家屋まで石畳の道が敷かれ、その左右には秋の花を咲かせる花壇が続いていた。
そして、花壇を挟んだ庭の一部には、貴族の庭に似つかわしくない、むき出しの地面の謎空間があった。おそらく、王国貴族にとって必要な訓練スペースなのだろう。
「ミニャ殿、ようこそ。王都森守伯邸へ」
先に馬車から降りていた領主がそう言って歓迎してくれた。
それに対してコクンと頷いたミニャはむむむ顔。その視線の先には、建物の入り口に並ぶメイドさんたちの姿があった。
賢者たちの想定よりも小さいとはいえ、十分に大きな屋敷である。領主が使わない間も屋敷を守り、維持するためにメイドが必要なのだ。
ミニャたちが近づくと、メイドたちは揃って頭を下げ、階段の上で執事が玄関を大きく開けた。
そんなことをされちゃったミニャはぴょんと小さくジャンプして、着地と同時にスイッチオン!
「ミニャはミニャです! 7歳です! 今日からお世話になります。よろしくお願いします!」
簡略化された名乗りと共に、礼儀正しくご挨拶。
すると、メイド長らしき年配の女性が頭を下げたまま返礼した。
「ようこそお越しくださいました、ミニャ様」
「「「ようこそお越しくださいました、ミニャ様」」」
それに続くようにして他のメイドたちも声を揃えてミニャを歓迎した。
おそらく、出迎えのメイドにご挨拶する客人は初めてだったであろうに、すぐに返礼することができるメイドたちのホスピタリティヂカラに、ミニャも賢者たちもニッコリであった。
読んでくださりありがとうございます。
いよいよ明後日6月20日に書籍発売になります!
多くの方から予約したと感想をいただき、感謝の気持ちでいっぱいです。
また、予約受付をしていた『ミニャちゃんの「やったるぞー」元気爆発アクリルキーホルダー』の売れ行きがとても良かったようです。増産をしていだけるようなので、手に入れたいという方は、ぜひ書泉さんのHPをチェックしてみてください。




