8-7 クラウの修行 前編
本日もよろしくお願いします。
『ニーテスト:ニャロクーンさん。その鍛錬を受けて、その後の護衛任務などは続けられそうか?』
「うーむ、まず無理だろう。我の妻も体験したことがあるのだが、その当時の妻はいまのメリアランくらいの強さを持っていたが、それでも半日寝込み、起きてからも1日は本調子ではなかった」
『ニーテスト:それほどか……』
「ミニャ殿はおそらく大丈夫だ。我も受けたが、疲れる程度のものだった」
『ニーテスト:それは大人だったからじゃないのか? ミニャはまだ7歳だぞ?』
「いいや、違う。これから始まる修行の内容が、女神の使徒にはあまり効果がないのだ」
ニャロクーンからのアドバイスを元に、ニーテストの指示でひとまず600人の賢者がクラウの鍛錬とやらを受けてみることになった。
賢者が全員ダウンするような状態は困るので、王都でミニャを警護する予定の賢者から200名、それ以外から残り400名という振り分けだ。
ニーテストが3回に分けて行なってもらえるように交渉したのは、本日の状況を見て、臨機応変に明日のメンバーを変えるためだった。
大規模参加になるのは、やはり、女神像を引き渡す際の3回目になるだろうと考えている。可能なら今日明日で参加できなかった全員を参加させたいが、今日と明日は船がたくさんあるので600名もの賢者を展開できるのであって、3回目は足場の調達が課題になるだろう。
他にも、ニャロクーンのアドバイスで、コンソメリゾットが鍋ごと甲板に持ってこさせられ、賢者たちは本体のそばに食事を用意した。これから始まる修行は腹が減るのだろう。
忙しなく準備がされる甲板で、シゲンが船にいる人たちに問うた。
「皆様、聞いての通りです。明日もチャンスはありますが、今日受けたいという方はいますか? できれば、水龍様のお手を煩わせないように、半数は今日に受けていただきたい。そして、これを受けるとメリアランと同等の人でも半日ほど寝込むとのことですので、ご留意ください」
シュバッと真っ先に手を上げたのは、フォルガとキツネ獣人お姉さんのクリスタ。
フォルガは強さに貪欲で、クリスタは魔法の研究者として貪欲だからだ。2人共、クラウから何らかの教授を受けられると聞いて、目をキラキラさせている。クリスタくらいになると、雇い主であり元国王のフォルガよりも前に出てきて、絶対に受ける意気込みだ。
2人に続くようにして、ジゼ以外のフォルガのパーティメンバー全員が立候補した。
ジゼだけは立候補しなかったのだが、フォルガがアイコンタクトを送ったことで、すんなりと今日受けることになった。
このアイコンタクトの意味は、『万が一、明日のチャンスがなかった場合に困る』というものだった。様々な要因が考えられるが、それを言葉にすればクラウが約束を破るという意味に取られかねないので、フォルガは口に出さなかったのだ。
「2人共使い物にならなくなったら困るし、ルカルカは明日ね」
「いやいや、アンタが明日にしてよ!」
ミニャの護衛兼メイドであるコーネリアとルカルカがそんな争いを始めた。どの程度の辛さかもわからないのに、この2人も好奇心旺盛だった。
結局、シゲンに怒られてコーネリアが先に受けることになった。そんなシゲンは2日目に行なう。
「では、まずはわたくしからですわね」
「いや、お前にやらせるわけにはいかんだろう。先に私がやろう。それにほら、私は剣王の子孫なのだから、ここで引いたらご先祖様に顔向けできまい?」
「それは論理的な判断とは言えません。そもそも、わたくしにだって剣王様の血はわずかに流れています。いいですか——」
領主とその妻アマーリエもそんなバトルを始めた。
明日使い物にならなくなるので、この旅の責任者である2人が同時に受けるという考えはないようだ。このバトルは、結局アマーリエが論破した。
問題は子供たちだが、そこでニャロクーンがふわりと影から出てきて、アドバイスを行なった。
「子供は今日受けさせた方が良いだろう」
「ニャロクーン様、それはなぜでしょうか?」
アマーリエが首を傾げる。
「明日になったら怖気づく可能性がある。大人なら気持ちもコントロールできようが、子供の場合はその怖気によって鍛錬の効果が薄まってしまうだろう。よくわからん内に、がむしゃらにやってしまった方が良い」
「な、なるほど……」
つまり、多少なりとも子供が怖いと思う光景が展開されると。
「私、やりたいです!」
アメリアがふんすぅと宣言すると、続くようにクレイとソランも参加する旨を表明する。
子供たちの参加が不安な領主夫妻だが、次のチャンスはもう訪れないであろうイベントである。
「わかった。では、クレイは私と一緒に明日受けろ。今日はソランとアメリアだ」
そのように決まったようだ。
ここでポイントなのが、クレイが翌日な点だ。万が一の場合を考えて、子供を全滅させないためもあるが、ミニャンジャ村に住んでいるクレイなら、明日の修行に参加できなくとも、女神像を引き渡す際の3回目に参加させてもらえるという計算があった。
他にも領主の兵士やメイドから半数が本日クラウから鍛錬を受けることになった。具体的な内容はわからないのに立候補しただけあって、彼らは、激熱イベントにワクワクしていた。
船乗りたちに利益がないので、領主が水龍に出会ったご祝儀という名目の迷惑料を少し乗せるようだ。まあ、一生語れる鉄板ネタになるし、船としての箔もつくので十分だろう。
ミニャの高速船と軍船4隻の甲板、それから大型船の右舷側に参加者がまとめられた。
ミニャは自分の高速船に乗り、賢者は600人も出したので他の船のスペースも借りて展開。激熱イベントに参加させてもらう手前、領主は快く使わせてくれた。
「ネコ太さん、ワクワクするねー!」
『ネコ太:ねーっ!』
『くのいち:どんなだろう。緊張するぅ!』
『闇人:ふんすぅ。これで封印されし我が力もさらに解放される』
『タカシ:悪いな、みんな! お先にスーパー賢者人になってくるぜ!』
『エンラ:ふっふっふっ、年甲斐もなくワクワクするな』
『サスケ:ああ、この歳でまだ新たな世界が開けるとは。長生きはしてみるものだ』
『クラトス:全員、しっかりと前後の変化のデータを残すんだぞ』
『サバイバー:覇王鈴木、悪いが頼むよ』
『雷光龍:頼んだぜ、覇王鈴木!』
『覇王鈴木:いいなーっ!』
『工作王:まあ、どんなものかじっくり見せてもらおうじゃないか』
『ネムネム:ミニャちゃん、頑張ってね!』
『ニーテスト:無理そうだったら言うんだぞ』
「うん! みんなもしっかり見ててね!」
ミニャと参加組の賢者たちはワクワクしながらその時を待つ。
後日組の賢者は羨望の眼差しで、ミニャや参加組の仲間を応援した。
準備が整い、クラウが言う。
『これから始まることに慌ててはいけない。心を静め、自分が得意な魔法を常に発動し続けるように。チャンスは一度きりだ。1人に対して2度は行なわない。では始めるぞ』
クラウがそう告げ終わった瞬間、参加者全員がそれぞれ水の球体の中に閉じ込められ、甲板から50cmほどの高さに浮かび上がった。
ギョッとした参加者たちは、慌てて水球から抜け出そうとするが指先一つ動かせない。
そこら中で大小様々な水球に人や人形が閉じ込められたそのビジュアルは最悪だ。不参加の賢者や人たちはあわあわである。
『ニーテスト:にゃ、ニャロクーンさん。大丈夫なんだよな?』
普段はクールなニーテストも、手を右往左往させながらミニャを見上げたり、ニャロクーンに問うたり。
ニャロクーンが「案ずるな」と答えるのと同時に、全員の耳にクラウの声が届いた。
『慌てるでない。まずは、その水の中で呼吸ができることを確認しろ』
それによって、参加者たちは水の中で呼吸するという体験を恐る恐る始め、不参加の人たちもひとまずは安堵した。
一方、ミニャと賢者、そして、フォルガたちミニャンジャ村勢はすぐに慣れてしまった。というのも、彼らは好奇心から、賢者に風呂場で水中移動の魔法をかけてもらった経験があったのだ。水中移動の魔法も水中での呼吸がセットになっているので、忌避感が少なかった。
『心を静め、とにかく自分の得意な魔法を発動し続けろ。その水の中で魔法は発動しないが、生み出された魔力がこれから始まる苦しみからお前たちを守ってくれる。苦しみを跳ねのけてくれると信じて、限界だと思っても発動し続け、刹那の時間でも長く抗うようにするのだ』
言われた通り、参加者たちは自分の得意な魔法を発動し始めた。たしかに魔法は発動せず、しかし、魔力を使っている感覚だけは残る。参加者にとって、それはとても不思議な感覚だった。
『説明は終わりだ。では、鍛錬を始めるぞ』
その声と共に、水球の中にいる者たちに負荷が掛かり始めた。
「ふん、随分と説明してくれるな」
『覇王鈴木:そ、そうなんですか? 個人的に今のを聞いてもよくわからなかったんですけど』
「我や我の妻の時は、『この魔法が何を意味しているのか分からないのであれば、この修練を受ける段階に至っていない』と言われたぞ」
『覇王鈴木:なるほど。まあ、小さい子もいますしね』
そんな小さい子の1人であるアメリアも、ミニャンジャ村のお風呂で、水の中で呼吸をするという体験をしたことがあった。だからか、幼いのに水球に慣れるのは早かった。
しかし、指一本すらも動かせないことに恐怖を覚える。胸はドキドキと激しく動くのに、その胸を押さえることすらできない。
『良いか、繰り返し言うが、魔法を発動し続けるのだ』
アメリアは、再び告げられたクラウの言葉に、慌てて魔法を発動した。
ミニャンジャ村の子供に負けないよう、たくさん練習した水生成の魔法。だが、いつもは手を前に突き出して「えいっ」とするので、この体勢で使うのは強い違和感を覚える。
それでも魔法は発動してくれたようで、体から魔力が抜け落ちていった。
すると、動かない体の右側からじんわりと冷たい水の感触が襲ってきた。
びっくりした瞬間、何かが水球の中を移動して、その冷たい水を跳ねのけたのを知覚した。
今度はふとももの辺りがどんどん熱くなっていく。
動けないので見たわけではないが、このままではとても熱い物がふとももに触れると予感して、アメリアは強い拒否感を覚えた。その瞬間、再び水球の中で何かが移動し、その熱を退治した。
何かが腕に絡みつくような気配を感じてそれを跳ねのけたかと思えば、次は体全体を圧迫されたような不快感。
「っ!? っっっ!?」
幼いアメリアには何が起こっているかわからない。
次々に異変が起こり、水球の中を何かが移動してそれを退治してくれる。それはとても心強いが、その何かが移動するたびに体の中の何かがどんどん疲弊していくように感じた。
自分を守ってくれる何かの正体を理解できたのは、随分と疲れた頃だった。
クラウも説明していたが、発動していない魔法が異変を退けてくれているのだ。だが、まだ6歳のアメリアには、それ以上の分析も、工夫も、操作もできない。原始的な拒否感によって魔力が動き、異変を退けるだけ。
凄く疲れた。
そう思った時に、背中に獣の爪のような感触が触れた。
もうダメかもしれない。
そう思った時だった。
「頑張れ頑張れ賢者様! 頑張れ頑張れアメリアちゃん!」
そんな声が聞こえたような気がして、アメリアは『このーっ!』と心の中で念じて、背中からの脅威を跳ねのけるのだった。
クラウの修行が始まると、ミニャは自分の得意な魔法とは何だろうと考えた。
とりあえずお水を出す魔法をやってみるが、しっくりこない。
「みゃ!」
すると、なんだかお水が窮屈になった気配。
『ミニャよ。女神様からいただいた魔法を使用するのだ』
「むむむっ!」
クラウからアドバイスを受けて、ミニャは賢者たちを応援する魔法を使い始めた。
賢者やフォルガも含めて、他の者は指一本動かせないのに、ミニャだけは水の玉の中でちょっとずつ動き出す。
「頑張れ頑張れ賢者様、ふぅ! 頑張れ頑張れ賢者様、ふぅ! うにゃー、重いぃっ、けど負けないぞーっ! 頑張れ頑張れ賢者様、ふぅ!」
応援の魔法を使い始めると、体への圧迫感は霧散する。
それ以降、ミニャの周りで何か異変が起こった瞬間には、瞬く間にそれらは霧散していった。
【409、クライブ:勝ち確BGMキターッ!】
【410、名無し:ミニャちゃんだけ動いてて草なんよ】
【411、名無し:声もミニャちゃんしか出せてないな】
【412、ナオマサ:うぉおおお、ミニャちゃん最強! ミニャちゃんスイスイ!】
【413、名無し:スイスイは草】
【414、カーマイン:しかし、応援のバフが入ってないっぽいですね。少なくとも私には入ってません】
【415、幻魔:俺にも入ってないよ。魔法が発動しない空間って言ってたし、そのせいじゃないか?】
【416、名無し:魔法キャンセル空間とか、水龍さんガチで強くね?】
【417、幻魔:最古の龍の1体だって名乗ってたし、女神の使徒を超えたエンドコンテンツ級なんだろうな】
【418、名無し:伝説にある邪竜ってのもこんなにすげぇのかな?】
【419、幻魔:竜や龍にも位があるんじゃないかな? さっき感じたプレッシャーから考えて、このクラスの存在に勝つって女神の使徒でも無理だと思う】
【420、名無し:それは俺も同意だな。さっきのプレッシャーだって、体から漏れている魔力で生じていただけだろ? それが画面を貫通して俺たちにまで届くって異常だよ。これが戦闘態勢だったらあんなものじゃないはずだもん】
【421、名無し:そんな水龍でも小魚レベルってことは、女神様って冗談抜きで最強の存在なのかな】
【422、名無し:まあ、他の神様を知らないから比べようがないよな】
【423、名無し:ねえねえ、誰か中の様子を実況してー!】
【424、名無し:いや、そこは集中してもろてwww】
【425、ホムラ:というか、ウインドウも消えちゃってるよ】
【426、名無し:召喚状態自体が魔法だと思うけど、解除されないってことは、やっぱりミニャちゃんの召喚は凄いんだろうな】
【427、カーマイン:光属性の誰か、この水球の魔法の鑑定はしましたか?】
【428、ピリカ:私がしたよ。『スピリナの修練』ていう魔法らしいね】
【429、カーマイン:クラウの修練じゃないんですね。スピリナってなんでしょう?】
生配信で見学する賢者たちは暢気にそんなことを語り合うが、実際に近くで見ている賢者は場の空気に当てられて、心配の気持ちが強かった。
『ニーテスト:ニャロクーンさん、本当に大丈夫なんだよな?』
「お主は心配し過ぎだ。大丈夫だから見ておれ」
そんなふうに言われちゃうニーテストだが、みんなも心配しているので冷やかせる者はいない。
『覇王鈴木:ニャロクーンさん、あの中では何が起こっているんですか?』
「一言で言えば、幻覚の攻撃を受けている」
『覇王鈴木:幻覚の攻撃ですか?』
「うむ。水圧だとか、刺すような水の冷たさだとかだな。人によってその苛烈さは変わる。この中だとミニャ殿が一番激しく、次いでフォルガたちか。当然、アメリアは一番易しいはずだ」
『ニーテスト:えー……っ』
「あの中で魔法を使うことで、それらの幻覚を霧散させられる仕組みになっている」
『覇王鈴木:ふーん……でも、それだけですか? それなら地上でもできそうな訓練ですけど』
「もちろん違うとも。あの中は体が一切動かせない代わりに、地上よりも魔力を直感的に動かせる。これにより、魂を構築する魔力線を活性化させ、魔法を放出する魔法門を広く開ける感覚を体験することができるのだ。まあ、後者については、あくまでも体験、いうなればお試しだ。その感覚を自在に操るにはその後の鍛錬次第となるな」
『覇王鈴木:へえ、さすが最古の龍。すげぇ魔法が使えますね』
「いや、あの魔法は特別だ。竜族は適当に魔法を放つだけで敵を屠ってしまうからな、通常はあんなややこしい魔法を使わん。あの魔法は我よりも古い時代に生きた女神の使徒と共に作ったらしい」
『覇王鈴木:それってスピリナって人じゃないですか?』
「スピリナ……たしかクラウもそんな名前を口にしていたな。知っているのか?」
『覇王鈴木:賢者の中に魔法の鑑定をしたヤツがいるんですが、この魔法の名前が『スピリナの修練』というらしいです』
「ほう。名前などないと思っていたが、そんな名称だったか」
『覇王鈴木:みたいですね』
「その女神の使徒が自身を鍛えるために、クラウに協力してもらってあの魔法を完成させたそうだ。しかし、我もあの魔法を受けたが、女神の使徒にはあまり効果がなかったがな」
『覇王鈴木:だけど、女神の使徒以外には効果的だと』
「その通りだ。むっ、やはりアメリアが最初に終わったか。少しこの場を離れるぞ」
『覇王鈴木:わかりました』
修行開始から5分ほど経った頃、大型船の上で修練を受けていたアメリアが水球から解放された。
それを見たニャロクーンは、高速船から離れていった。
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