8-6 水龍クラウ
本日もよろしくお願いします。
それは青い光を纏った龍だった。
波を一切立てずに、首から上だけを水上へ出したその姿は、輝く青白い鱗に覆われた龍のもの。ヒレのような器官を頭に持ち、東洋の龍に似ており威厳に満ち溢れているものの、どこか穏やかな印象も同時に受ける。
その姿を見た瞬間、船乗りたちが一斉に平伏した。船乗りたちにとっては神に準ずる存在なのだろう。陸を活動の場にしている者たちも、平伏こそしないが龍から目が離せない。
誰もが動けない中、ミニャは船縁の柵にぴょんと飛び乗った。シッポをくるんと回して抜群のバランス感覚をみせるが、肝を冷やしたシゲンが慌ててミニャの腰に手を添えて支えた。
自分の全身を水龍の前にさらけ出したミニャは、すぅーと空気で胸を膨らませる。
「ミニャはミニャです! 7歳です! 女神様の使徒で、ミニャンジャ村の村長さんです! いつも湖を使わせてもらってます! 水龍様、よろしくお願いします!」
バーン!
ミニャがクソ度胸を見せた。
船に乗っている者たち全てと生配信を見ている賢者たちが、揃って息を呑む。
これには同じように柵の上でお座りしているニャロクーンだって、思わずフレーメン反応を見せるネコのような顔でミニャを見上げたほどである。
そんなご挨拶砲を受けた水龍クラウが言う。
『ほっほっほっ。今回の女神の使徒はなんとめんこいことだろうか。我はクラウ。最古の龍がひとつ。よろしく頼むぞ、ミニャよ』
「はい!」
この水龍が喋ることは、剣王のおとぎ話でも語られていた。
巨大さに似合わず水面に波紋ひとつ立てずに話すその声は、どこか気品を感じさせる澄んだ女性のものだった。おそらく、ニャロクーンのように魔法的な方法で会話をしているのだろう。
「そんでね、周りにいるお人形さんたちは賢者様! にゃふぅ!」
『ほっほっほっ、そうかそうか。見よ、ニャロクーン。貴様と違い、なんと愛らしいことだろう』
「我がお主と初めて会ったのはもう30近かったわ。愛らしいもなにもなかろうが」
「わぁ、ニャロクーンさん、水龍様とお友達なの? しゅっごー!」
『そやつは我と出会った時、いきなり攻撃してきおったわ』
「にゃーっ、ダメでしょーっ!」
「い、いや、我の生きていた時代では、この湖はまだ秘境みたいなもので、水龍がいるなんて誰も知らなかったのだ」
キャッキャするミニャの様子に、賢者も他の面子も緊張をほぐすことができた。
ただ、船乗りたちだけはずっと平伏したままだ。それでも話は聞こえているので、『これが女神の使徒……っ!』とミニャに畏怖を抱いていた。
「クラウよ、魔力を抑えよ。この船には幼子も多く乗っている」
ニャロクーンがそう言うと、魔力の圧が縮小し、それに伴って辺り一帯の水面を輝かせていた青い光がクラウの周りにまで範囲を狭めた。
それにより、ギャラリーたちはこの貴重な体験を純粋に楽しむ余裕ができた。
「それでクラウよ。今日はどうした」
『女神の使徒が近くを通ったのだから挨拶に赴くのは当然のことだろう』
「お主ら竜族の感覚はわからぬが、そういうものか。しかし、これだけ大騒ぎさせたのだ、手土産のひとつでも持ってきたのだろうな?」
『貴様は我を何だと思っておるのか、もちろん用意しておる』
クラウがそう言うと、青い光を帯びた板状の物が湖の中から空中へと浮びあがり、ミニャの方へと近づいてきた。
船縁に立ち、青い光を纏ったアイテムを授かるミニャの姿は、まさにおとぎ話そのもの。近衛隊は龍のプレッシャーを跳ねのけて、激写激写! 中には最高のアングル求めて空中を飛んで、船外へ行く者もいる。遊びじゃねえんだ……っ!
ミニャは己の胴体ほどもある光る板を受け取る。それによってバランスを少し崩すが、すかさずシゲンの手とニャロクーンの影がミニャの体を支えてくれた。ニャロクーンに至っては、受け取った水龍の鱗も落ちないようにフォローしてくれている。
「わぁ、綺麗!」
「それは自然と剥がれた龍の鱗をひとつにしたものだ」
ニャロクーンがそう教えてくれた。どうやら、ただの鱗ではなく、特別な物のようだ。
「ふぉおお……凄そう。こんなに綺麗なの貰って良いんですか?」
『構わぬとも。その代わりと言ってはなんだが、女神様のことを聞かせておくれ』
「わかりました!」
『サバイバー:ミニャちゃん、ここで話すのはさすがに危ない。護衛船に移ってはどうだろう』
サバイバーの提案を受けて、ミニャはニャロクーンと共に護衛船へ移ることにした。
風属性に空中移動の魔法をかけてもらい、スイーッと護衛船へ移動したミニャは、そこで身振り手振りを交えて、女神パトラと出会った時のことを話した。
ミニャはもう何度もこの話をしており、そのおかげか、賢者たちが初めて聞いた時のような、幼子がする纏まりのない内容ではなくなっていた。
「そんでね、ミニャ、女神様とお母さんに花冠をプレゼントして、女神の園から出てきたんだ!」
話し終えた頃には敬語ではなくなっていたが、クラウは特に気にしておらず、とても楽しげだった。
『ああ、素晴らしい話だった』
「ホント!?」
『うむ。我が出会った女神の使徒は、皆ある程度大人になってから女神様と会う幸運に恵まれた。それゆえか、その者らから話を聞く限り、女神様のご対応もまた彼らの年齢に合わせたものだった』
キッズに対応した女神の話は、水龍を以てしても目新しさ抜群だった様子。
『時にミニャよ。お主が作った村には、とても素晴らしい女神像があるそうだな』
「うん、賢者様が作ってくれたの! なんで知ってるの?」
『森の妖精たちが噂をしているそうだ。湖の底にいる我とはあまり交流のない存在だが、あやつらは湖の妖精たちとよく話をするのだ。そこから我も知ることになった』
「にゃんですと! 賢者様、妖精さんだって!」
『ネコ太:そんなのもいるんだね。見てみたいね』
「うん!」
「クラウよ。たしかにあの女神像は素晴らしいが、それがどうした?」
『うむ、我にも作ってくれまいか?』
「ニーテストさん、作ってだって! いーい?」
ミニャが近くで話を聞いていたニーテストに問うた。
ニーテストは生産賢者のスレッドをサッと見た。『激熱納品イベントキターッ!』と滅茶苦茶やる気なので、問題ないだろう。
『ニーテスト:ああ、依頼を受けていいぞ。ただ、完成品を届けられるのは少し先になるだろう』
「クラウ様、作ってくれるって!」
『まことか!』
「でも、お届けできるのは少し先だって。ミニャ、これから王都に行くの」
『王都。剣の女神の使徒が作った町か。ああ、用事が済んでからで構わない』
「クラウ。水底の輝きを持ってこい。湖の底に持っていくならその方が良かろう」
『なるほど、それは尤もだ』
知らないアイテムの名前が出てきて、生産スレは大盛り上がり。話の流れから考えて、水に対して強い耐性を持つ素材だろう。
『して、ミニャよ、お礼は何が良い?』
「お礼。うーん、でも、ミニャ、綺麗な鱗を貰っちゃったしなぁ!」
ミニャは腕組みをしてお姉さんの構え。水龍の前でそれをやる度胸に、大型船から見ているコーネリアたちは、すげぇな、と思った。
『で、あるならば、お主とその従者を鍛えるのはどうだろうか?』
「わぁ、そんなことできるんだ」
「あれか。ミニャ殿にはあまり効果はないが、賢者殿には良いかもしれんな」
「えーっ、賢者様に良い感じなの? じゃあ、それでお願いします!」
とミニャが提案を受け取ってしまったので、ニーテストが慌ててミニャの足を叩いた。
『ニーテスト:どのくらいの期間を使うのかと何人までやってくれるか聞いてくれ。これから王都に行くから、長期間割かれるのは困る』
「たしかに!」
ミニャはニーテストの通訳を始めた。
だが、クラウは賢者たちの声が聞こえているのではないかとニーテストたちは思った。ニャロクーンがそういう存在なので、同等かそれ以上のこの龍もそうなのではないかと。
なんにせよ、ミニャが強者と話すというのは重要な経験なので、このままにした。
『そんなに時間はかからん。すぐに終わる。見たところ非常に多いようだが、お主たちの小ささなら何人でも構わん』
「うんとうんと。それじゃあ、水底の輝きっていうのを用意するのにどれほど掛かりますか?」
『それほど掛からんが、忙しないのもいかんな。では、明日の夜にもまた会うのではどうだろう』
「ふんふん、わかりました。それなら、その鍛えるのを3回に分けてやってほしいです。今これからと、明日に水底の輝きを貰った時と、女神様の像を納品した際の3回です。あと、できれば、ここにいる人たちで希望する人にもやってあげてほしいです! んっ!」
『良かろう』
「ありがとうございます! うんとうんと、あとね。最後にひとつお願いがあってね。クラウ様の全体の姿を見せてほしいです!」
『ほう、不思議なことを言う。では今夜去る時に見せるとしようか』
「ふぉおお、見せてくれるって! ありがとうございます!」
ミニャが交渉を成功させ、足元の賢者たちはぴょんぴょんした。
こうして、突発的なレベルアップイベントが始まった。
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