8-3 船旅の始まり
本日もよろしくお願いします。
ミニャたちを乗せた高速船は、まずグルコサへと向かう。
秋も深まり、高速船が切る湖の風はすっかり冷たくなってきた。
ミニャの服装も賢者たちが作った水晶鹿のコート。このコートは森鹿の角で作られたトグルボタンを使用しており、ダッフルコートのような見た目をしている。もちろんシッポ穴もあり、そこからはシッポが可愛らしく出ていた。
ちなみに、水晶鹿の角は水晶で、剣鹿の角は鋭すぎるので、トグルボタンには向いていない。高価な素材だからといって、当然なんにでも合うとは限らないのだ。
他にも各種防寒装備を用意したのだが、風の子ミニャにはまだ必要ないようで、荷物入れに入っていた。
今回の旅には領主の息子であるクレイも同行しているが、その服装も賢者たちが作った細身のロングコート。イケメン少年なので、非常に様になる姿だ。
ぽかぽかコートを着て無敵状態のミニャは、スイスイと進むお船の様子を楽しげに見ていた。そうこうしていると、あっという間にグルコサに到着。
グルコサの軍港には、大きな帆船が浮かんでいた。
「わぁ、見て見てぇ。おっきなお船が泊まってる」
『ネコ太:ミニャちゃん、あの大きなお船に乗っていくんだよ』
「にゃんですと! じゃあミニャたちのお船は?」
『ネコ太:ミニャちゃんのお船も一緒に行くよ。このお船はあの大きなお船を守ってくれるの』
「おー!」
グルコサから王都までの船旅は2泊3日。
高速船をかっ飛ばすと1泊もせずに到着できるのだが、それをやるのは伝令のような緊急の時だけで、普通は高速船を使おうとも無茶をせずに1泊はするものだった。帆船の場合は2泊3日で、ミニャもこの大型船に乗せてもらう予定である。
高速船が軍港に停まると、水軍基地のひとつから領主ファミリーが出てきた。ミニャが着いてから領主館を出発するのではないところに、賢者たちは好感を持った。
「ミニャ殿、よく来てくれたな。今日からよろしく頼むよ」
「はい、よろしくお願いします!」
「ミニャ様、楽しみましょうね」
「はい、アマーリエ様!」
領主や領主夫人のアマーリエとご挨拶すると、さっそくアメリアがミニャに突撃してきた。
「ミニャ様!」
「アメリアちゃん!」
2人で手を取りあってぴょんぴょんと跳ね始める。女児女児したリアクションに、賢者たちもほっこりである。
「ミニャ様、そのコート素敵ですね!」
「にゃふぅ! 賢者様が作ってくれたの」
「わぁ、その留め具はシカさんの角ですか?」
「うん!」
「素敵です!」
「アメリアちゃんのコートも可愛いね」
「んふぅ!」
魔物素材が大量に採れる世界なのでトグルボタンに類する物がないとは思えないが、それをオシャレに組み込むかは別問題。森のファッションリーダーの着こなし術に、シティガールのアメリアも大興奮である。
一方のアメリアは子供用の白い外套を着ていた。小さなケープがついており、とても可愛らしい。
【97、名無し:さっそくキャッキャしてて癒えるわー】
【98、名無し:アメリアちゃん滅茶苦茶嬉しそうで可愛い】
【99、名無し:魔女や隠者が着てそうなケープコートじゃないんだな。ファンタジーな世界だし、そういう外套をイメージしてたわ】
【100、クラトス:実際にそういうローブやケープタイプの外套もあるみたいだが、たぶん、王に並ぶような相手と会う時は着ないんじゃないか? 敬礼が腕を背中に回すような文化だしな】
【101、名無し:あー、それはそうかも】
【102、ユナ:え、過去動画で見ましたけど、あれって王国の敬礼だったんですか?】
【103、名無し:最上級の敬礼らしいよ。おでこに手を置くような敬礼は、ウインドカッターみたいな魔法を最速で出せる構えになるから採用されなかったのだろうと俺たちは考えている】
【104、ユナ:はえー、面白いですね】
【105、名無し:というか、君は今の時間だと学校じゃないのか?】
【106、ユナ:まだ朝のホームルーム前です】
【107、ホクト:でもこの人、昨日の授業中もずっと見てました!】
【108、ルナリー:ホクトちゃんもね】
【109、名無し:ワイも高校生。ずっと見てる】
【110、カレン:あたしも見てるぅ。ミニャちゃん可愛いー】
【111、名無し:赤点なんて取って賢者の名前に泥を塗らんようにな】
【112、名無し:船旅だし、そのうち暇になりそうだけどな】
【113、名無し:そうなったらミニャンジャ村を見るだけなんだよなぁ】
【114、ユナ:それな(すでに2窓で見ているとは言えない)】
【115、名無し:女子高生が掲示板に染まり始めてるw】
船旅は賢者たちにとってもワクワクイベントで、多くの賢者から注目を集めていた。ミニャンジャ村のキッズのファンも多いので、そちらの視聴数も多い。
クレイやフォルガたちと領主ファミリーの挨拶も終わり、一行は大型船に乗り込んだ。
非常に広い湖なので、そこを渡る旅行用の船舶は相応に大きい。
とはいえ、兵士を全て乗せられるほどではないので、ミニャの高速船や軍船が護衛として使われることになる。
ミニャはアメリアと同じ部屋になった。
ベッドが2つと4脚の椅子とテーブルだけのシンプルな部屋だ。上級貴族の旅だが、地球の船旅と比べるとずいぶん質素である。しかし、ベッドは柔らかくシーツも清潔で、椅子もふかふか仕様。このあたりに一般人が乗る船との差がありそうだ。
シンプルな部屋だが、森ガールガチ勢のミニャには十分。ワクワクした顔で椅子に座り、「ふかふかしとる!」とテンションを上げた。
賢者たちは14人をミニャのそばに常駐させ、護衛船も含めた他の場所にも展開して各任務につく手筈だ。その14人はミニャと一緒にお部屋に入り、チェック中。
執事役のシゲンと、メイド役のコーネリアとルカルカにも従者用の部屋が与えられたが、こちらは領主の従者と同じ部屋だ。このように、部屋が余るほど大きな船ではなかった。
お部屋に荷物を置いたミニャとアメリアは甲板に出て、出航の時を待つ。
この船は客船なので、一部の甲板エリアは客にも開放されていた。ただ、甲板は船乗りの仕事場なので大部分の立ち入りは良い顔をされない。
『サバイバー:シゲンさん。ミニャちゃんたちに例のことを教えてあげてください』
「かしこまりました」
賢者からの要請を受けて、執事役として一緒にいるシゲンが言う。
「ミニャ様。それに皆様も。少しお聞きください」
「なぁに?」
その場にはミニャとアメリアの他に、クレイとソランの兄弟もいる。
「船の上にはロープがたくさんあります」
ミニャたちはほえーとしながら周りを見回し、そこら中にロープがあることに気づいたミニャがクワッと目を見開いた。
「いっぱいある!」
「はい、いっぱいあります。地上でも同じなのですが、特に船の上のロープは絶対に触ったり、跨いだりしてはいけません。基本的には近づかないようにしてください」
「そうなの? なんで?」
「そのロープが何のために使われているかわからないからです。例えば、こうなったら腕はどうなるでしょうか?」
シゲンが指さす先には、紐を持った3人の賢者たち。
サバイバーとネコ太が紐の両端を持ち、真ん中で輪になった場所に覇王鈴木が腕を入れて、両側から引っ張った。いまの覇王鈴木は、交通安全教室で車にぶっ飛ばされる人形なのだ。それを見たアメリアが目を真ん丸にして言った。
「痛いです!」
「にゃー、痛いねー」
「これは賢者様が引っ張っているので痛いで済みますが、船にあるロープは人の手足を切断するほどの力でこういうことが起こる場合があります。他にも下に置いてあったロープがいきなり動き出して、こんなふうになることだってあります」
サバイバーは端っこをネコ太に持たせたまま床に紐を置き、自身は勢い良く立ち上がった。紐はビンッと張ったまま斜めになり、やられ役の覇王鈴木の片足を引っかけて思い切り転倒させた。
『覇王鈴木:地味に痛い!』
「にゃー! 覇王鈴木さんが!」
「このように、船の上のロープは動きの予測がつきません。だから、近づかないようにしてください」
「ミニャ、わかった!」
「わかりました!」
ロープを見るとウネウネしちゃいたい年頃のミニャたちは、その誘惑を断ち切って素直に言うことを聞いた。
【441、名無し:言うことが聞けて偉い!】
【442、アオ:はえー、私が子供の頃なら触っちゃったかもしれません】
【443、名無し:まあ子供だとな】
【444、北海道:俺も子供の頃に港でロープを触っていたら、知らないオッサンに頭を引っ叩かれたことがあるな】
【445、名無し:怖くて草】
【446、名無し:実際問題、強い荷重が掛かったロープに挟まると指くらいはなくなるらしいから、厳しくても注意してもらえたのは良かったと思うぞ】
【447、水神王:帆船のロープなんて、プロじゃないとどこに繋がってるかわからないからな。不用意に触るべきじゃない】
そんな注意点を聞き、ミニャたちは見学を再開する。
「小さなお船に引っ張ってもらうの?」
帆船と2隻の高速船がロープで繋がれている作業を見下ろしてミニャが問うと、クレイの兄であるソランが教えてくれた。
「こういう帆で風を受けて走る大きな船は、港から出る時と入る時が苦手なんですよ。だから、ああして手伝ってもらうんです」
「はえー、そうなんだ」
地球においても、大昔の帆船は港から出航するのが難易度の高いものだった。港は風が少ないため、ゲームで見るようにスムーズには出られなかったのだ。
だから様々な工夫がされたわけだが、これはパトラシアでも同じで、出航や接岸の際には高速船が牽引するようだった。
「シゲンさんが言っていたヤツだ……」
「絶対に痛いです……」
大型船と高速船を繋ぐロープを見て、ミニャとアメリアがこわーとした。
30分ほどして、いよいよ出航の時間になった。
カランコロンと水軍基地の鐘が鳴らされた。
「なんか鳴った!」
「ああして、水軍基地から船が出ることを知らせているんですよ。漁をしている船もたくさんありますから、大型船や高速船にぶつかると危ないんです」
「へえ!」
これもまたソランが教えてくれた。
ソランは町のことをよく勉強しているようだ。
高速船に牽引されて、帆船がゆっくりと動き出す。
「にゃー、しゅっぱーつ!」
ミニャの元気な声を受け、澄み渡る秋空の中、王都行きの船が湖に向かって進み始めた。
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