8-1 新学期
本日もよろしくお願いします。
ミニャンジャ村の夜は明るい。
冒険者や大人たちの中には食堂やお互いの家で談笑を楽しむ人もいるし、賢者が買い取ってくれるような物を内職する人もいる。
賢者が作っている簡単な算数の問題集を解いたり、文字の読み書きを習ったりする村民さんも多かった。
こうして夜に活動するというのは特別なことで、普通の家庭では、光魔法の才能や高価な光の魔道具を手に入れるか、毎日使うと家計を圧迫する燃料代を支払わなくてはならない。
しかし、ミニャンジャ村では光の魔道具の生産が可能になったため、これが貸し出され、賢者のライトの魔法に頼らなくても夜を楽しみ、勉強にあてる人が増えた。子供はあまりプライベートを気にしないので、依然として賢者がライトを浮かべるが。
さて、夜になると、ミニャはおウチの中で賢者たちと遊び始める。
さすが7歳の体力と言うべきか、昼間に修行があろうと遊びで走り回ろうと、あまり関係なく元気いっぱい。
遊ぶ内容は毎日変わり、スピニングリールで賢者釣りをする日もあれば、風魔法でモグと一緒に空中をスイスイする日もある。
「むむっ、ここにいる気配……にゃしゅ!」
『ネムネム:うわー、見つかったぁ!』
「やっぱなー、ミニャわかっちゃうもんね!」
「ももぐ!」
「あーっ、モグちゃんも見つけてる! ニーテストさんだ!」
今日の遊びは居間をフィールドにした賢者探しゲーム。ネコミミハンターが徘徊する室内に隠れる賢者たちはドキドキだ。ちなみに、モグに見つかったニーテストは抱っこされて連行されてきた。
ミニャとモグに捕まった賢者は、テーブルの上にコレクションされていく。ミニャが動くたびにみんなしてそちらへ向くので、主人公へ常に視線を向けるゲームのNPC感があった。
『乙女騎士:ミニャちゃん、眠くなっちゃったんですか?』
「……!」
ミニャはフルフルと首を横に振る。
21時くらいになるとミニャは電池が切れたように眠くなり始める。だけど、ミニャはまだ遊びたいので、こうして首を振るのだ。
『乙女騎士:ミニャちゃん、今日もお話を読んでくれる賢者さんがいるんですよ』
「わっ、聞きたい!」
だから、その時間になると、近衛賢者たちによる睡眠導入イベントが開催されるようになった。そう、賢者たちが顔を出すようになったことで、近衛隊はミニャのために子守唄代わりに物語を読み聞かせるようになったのだ。
歯磨きなどをして寝る準備を整え、ベッドに寝転がったミニャがウインドウを眺める。枕元の特等席には抽選を勝ち取った数人の近衛賢者が。
ウインドウには女子高生賢者であるユナの本体が映っていた。
『ミニャちゃん、聞こえるかな?』
「うん、聞こえるよ」
『今日のお相手は近衛賢者のユナです。この姿でお話するのは初めてだね』
「うん、すんごく綺麗なお姉さん!」
『ふは! ありがとう、ミニャちゃんも凄く可愛い!』
「にゃふぅ!」
『ふふふっ。それじゃあ、今日のお話は剣王様と水龍です。サーフィアス王国に古くからある物語だよ』
「ワクワク!」
読み聞かせはミニャとお話しできるということもあって大変に人気の役目であり、いつもクジ引きで決められる。
もちろん顔出しが恥ずかしい賢者もいるので、全ての近衛賢者がクジ引きに参加するわけではない。そういった賢者には、ミニャの枕元で一緒に視聴するクジの人気が高い。
読むものは、基本的にパトラシアで入手した物語。
国語の授業では地球の童話をモチーフにした物語で文字の勉強をしているが、パトラシアの伝承を、友達に対してや大人になった時に語れるのは重要なことだと賢者たちは考えていた。
もちろん、それほど多くの物語を収集できるとは思えないので、いずれは地球の物語も語ることになるだろうが、領主館の書庫を使えるのでまだ余裕はある。
この動画はお話し自体も賢者たちに人気があった。異世界の物語を知れる機会でもあるし、女子の優しい声で語られるというのもあるので、過去動画を寝る時に聞く男性賢者は多かった。
まあ、男性賢者についてはどうでもいいのだ。重要なのはミニャ。
「すやー」
子守唄代わりなのでそんなに長いものではないのだが、昼間に元気に駆け回っていたミニャは、物語の終盤でウトウトし始め、全部を聞き終わると安心したように寝てしまうことが多かった。
『おやすみ、ミニャちゃん』
そして、ミニャが眠ったことを見届けると、近衛賢者はそっと生配信を終えるのだ。
本日担当したユナは、生配信を終えてふぅーとゆっくりと息を吐いた。
「はー、緊張した。上手くできたかな」
今回はたまたまユナがクジ引きに当選したが、クジ引き制度がない最初の方にやったネコ太たちベテラン近衛賢者はとても上手だった。優しい声で寝かしつける様子は、母性が溢れていたのだ。これはまだ女子高生のユナには出せない雰囲気であった。
まあ、ウインドウを見ればミニャはすやーとしているので、役目は果たせただろうと思っておいた。
勉強用の椅子に深く腰掛けて、天井を見上げる。
「今日で夏休みも終わりか……本当に?」
実はもう1日あるのではないかとスマホの日付を確認するが、ちゃんと終わりだった。
賢者となって夏休み中たくさん修行したユナにとって、休みが終わるのは楽しみなことではあったが、なんだかんだ休みが終わるというのは惜しいものでもあった。
なにせ、これからは昼のミニャンジャ村に行ける日が限られてしまうのだから。行けたとしても16時くらいからだろうか。
さらに、今月はミニャが王都へ行くイベントがある。
護衛はベテラン賢者をメインにするが、それ以外の賢者も参加できるクエストが発行されるという。しかし、学校があっては、そういったクエストだって受けられない。
「まあ、仕方ないかぁ」
切り替えていこう。
楽しい夏休みが終わり、新学期が始まった。
朝。
クリーニングから帰ってきた制服を着たユナは、姿見に映った自分を見てニヤリと笑う。短めのスカートや夏服の袖から伸びる四肢が煌めいていた。
鏡の前で教わった呼吸法を1分間続ける。生まれてこの方やってこなかった呼吸法なので、こうして意識的に行なうことで日常化させているのだ。
一呼吸ごとに肺細胞が活性化していき、1分終わった頃には、鏡に映った自分はさらに輝いていた。完全に気のせいである。この呼吸法には確かに美容効果はあるものの、それは長期的なものなのだ。
まあ自信は力に繋がる。美容も同じ。凄い呼吸法をやっていることで煌めきが増していると思えば、それはきっと実現するはずだ。
というわけで、いざ出陣。
いつものバス停でバスに乗り、先に乗っていたアオと合流する。
お互いに、夏休み前はスマホで見ていたミニャンジャ村の光景だが、2学期が始まった現在はスマホを偽装で使い、ウインドウを浮かべて視聴していた。
周りの人にちょっぴり優越感を覚えるものの、さらに羨ましい存在たちがウインドウ内で活動しているため羨ましさの方が勝つ。上には上がいるのだ。果たして本当に上と称していいのかは諸説あるが。
バスは鎌倉市から戦天神町にある高校へ。
到着は生徒たちが登校するピークよりも少し早い時間帯。夏休み明けということもあって、曖昧になっている登校時間の調整のために2人は少し早めに来ていた。
高校の目の前で下車し、2人は駅から徒歩で登校している生徒たちに交じって校門を潜る。
まだ野球部もカキーンカキーンと朝練をしている時間帯だと言うのに、本日はこの時間が登校のピークかのように生徒が多かった。やはり、2学期の始まりは気を引き締めるためか、他の生徒も来るのが早いようだ。
夏休み明けでテンションが高い生徒たちの中にあって、2人は明らかに注目を集めていた。後ろからならバレんやろの精神による男子たちの視線が2人の太ももに突き刺さっている。
あの子たちはあんなに綺麗だっただろうかと。夏休みの間に彼氏ができちゃったんじゃないだろうかと。2人が例の立て籠もり事件に遭遇したのは学校では有名な話で、男子たちは彼女たちの傷心を慰めたであろうちょっとチャラい大学生彼氏の存在を妄想して、ぐぬぬぅ。
いったい、この夏休みに何が行なわれたのだろうか。自分たちの知らない世界を知ってしまったのではないのか。——正解である。しかし、それは彼らの想定を裏切る、文字通りに知らない世界だが。
その時、先ほどからリズムよくカキーンと鳴っている音が止んだ。それはティーバッティングの音だったのだが、その打球が古くなっていたネットを突き破ったのだ。
「危ない!」「避けろ避けろー!」
誰かが叫んだ。
その声に、お友達と楽しそうにお話していた1年生の女子がキョロキョロと周りを見回し、自分の方に飛んでくるボールに気づいた。
しかし、気づいた頃にはもう遅く、1年生は突然のことに足をもつれさせて、尻餅をついてしまった。それが最悪の事態に繋がろうとしていた。尻餅をついたことで下がった自分の顔面に向かって、白いボールが飛んでくるのだ。
当たる!
そう思った次の瞬間、夏の日差しで煌めく太ももが1年生の視界に飛び込んできた。
その2本の太ももが石のタイルを舞台にして躍動する。
太ももの持ち主は、素手で受け止めた硬球の勢いを殺すようにして体を高速回転させ、そのまま校庭へ向けて投げ返した。
1年生を助けた人物はユナ。
ユナは呆然とする1年生を起こしてあげると、その頭をポンポンと叩いて、薄く唇を上げてみせた。そして、何事もなかったように校舎へ向かって歩き出した。ギャルっぽいのに最高にクールである。
「ひゅー、ユウナかっくいー!」
「でしょー?」
「でも、パンツ見えてたよ」
「マジで!?」
「あんなパンツどこで売ってるの?」
「うぐ……ジャスコーン」
1年生はそんな会話をしながら歩く2人の背中を、熱にうかされたような瞳で見つめた。
「だ、大丈夫!?」
お友達が1年生に駆け寄った。
1年生は手の感触が残る頭を無意識に両手で押さえていた。絶体絶命のピンチを助けてくれた人からの頭ポン。そんなアニメみたいな体験、生まれて初めてだった。
そんな1年生の網膜には、夏の空のように澄み渡った青と白のシマシマパンツを穿いたヒーローの姿が焼き付いていた。
そして、この1年生よりも後ろを歩いていた多くの生徒もまた動きを止めていた。朝から凄いものを見たと。クール系ギャルなのにシマシマだったと。
シマシマに気を取られた全ての生徒は、ユナが硬球を素手で掴んで投げ返した事実に気づかない。
こうして、賢者たちの新しい学校生活が始まるのだった。
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