7章閑話 怪盗ファントムただいま参上 3
本日もよろしくお願いします。
いつもの如く、長くなっちゃったので次回も続きます。
ニーテストの想定通りに定例会議ではケアリアたちの提案が認められ、3人は連日のように活動の準備に取り組んでいた。
メリンは怪盗ファントムとケアリアの衣装やアイテム作りを行ない、それと並行してネコ忍の動画で変装のメイクを学ぶ。
一方、ファントムとケアリアは、ネコ忍サスケの指導を受けて隠密行動を叩き込まれた。
ファントムたちの修行場所はグルコサの町や、以前シゲンが潜入したグラインの町だ。特にグラインの町では人形の存在が知られていないので、ケアリアの回復魔法の特訓場所としても使用された。
パトラシアでの修行がない時には、ファントムは地域の防犯カメラや室内に仕掛けられる小型カメラ、侵入者センサーのことをネコ忍の動画で徹底的に勉強させられる。
初めて訪れて以来、2人は毎日のようにファントムの家に押しかけていた。理由は計画の準備だが、一軒家なので自分たちの家とは比べるまでもなく広いし、美味しい物が食べられるので、すっかり気に入ってしまったのである。親がいなくて気が楽なのもポイントが高い。
当然、男子の部屋を見てみたい女子心により、ファントムの部屋も侵入されてしまっている。そうなることは予見できていたので、ファントムの紳士性は保たれた。
そして、すでにお泊まりも発生してしまっていた。
サスケの修行が厳しくて、ケアリアが家に帰る気力を失ってしまったのだ。幸い、メリンが夜遅くまで裁縫をしていたので、そのままお泊まりする形となった。
1度お泊まりしてしまえば、そこからはもう一気にハードルが下がってしまった。
洗面所には女子の歯ブラシが2つ並び、風呂には知らないトリートメントが置かれる。ファントムの部屋は女子に占領されたうえでメリンの作業部屋と化し、当のファントムは親のベッドで寝るという事態に。これが住居の乗っ取り……っ!
そんな奇妙な関係が始まった3人はいま、ウインドウで1つの動画を見ていた。
それは限られた人しか閲覧できない鍵付き動画で、この機能が使えるのは日本で撮影されたものだけである。なお、召喚によって残される過去動画には鍵付きなんて機能はない。
『聞こえているかな?』
渋い男の声が聞こえる。
遠地にいる賢者とのやり取りに郵送やインターネットでのやり取りは行なわれない。足がつく可能性がわずかにあるからだ。そのため、こうしてミニャのオモチャ箱の機能を使って、3人に画像のデータを教えようという算段であった。
回復魔法という奇跡の力を扱うわけで、こうした注意が払われていた。
『君たちにとって最初のミッションとなるのは、この子への奇跡の配達だ。三間堂夏芽、12歳、女』
男はそう言って、画角に女の子の写真を置いた。
3人はその子の顔と名前をよく覚える。
『9歳になる誕生日に高熱を出したことで、それ以来、両目が見えなくなっている。可能であれば、決行日は、彼女の誕生日である8月9日となった午前0時から3時までに行ないたい』
「なるほど。それはドラマチックな奇跡だ」
ファントムの呟きに、メリンとケアリアも同意する。
3人が行なうのは治療ではなく奇跡なのだ。印象は大きい方が良い。
『この少女は名古屋市の郊外に住んでいる。君たちが暮らす静岡で活動を始めると足がつく可能性が高まるので、まずは少し離れた場所から始める』
続いてその町の様子が写された写真が動画で流れた。
「始める場所はそんなに大切かな?」
「メリン君。適当に活動を始めるのは危険だよ。うっかり自分の生活圏で活動を始めてしまい、世界的な名探偵に場所を特定されてしまった男だって存在する」
「マンガの話じゃん。でも、警察だって無能じゃないか」
動画は続く。
『君たちが現地入りするのは8月7日の昼だ。君たちは名古屋城の祭りに遊びに来た大学生という擬態をしなければならない。指定したホテルにチェックインしたら、まずは町を観光し、夜は20時くらいまで水族館へ行け。2日目となる8日からは名古屋城で夏祭りが始まるが、昼は好きなところで遊んで構わない。しかし、夕方から21時までは名古屋城の祭りを見学しろ。ミッションを終えた3日目は、こちらの指示がない限りは好きにしていい』
「細かいわね」
「そのホテルを選んだ理由付けだろうね。名所の海に隣接したホテルに泊まったのに、海に目を向けずに無名の山へ行ったのではおかしいだろう?」
「警察もさすがにそこまでは調べないんじゃない?」
「メリン君。相手は警察じゃない。己の欲望のために奇跡を求める者だ」
「あー」
「なんにせよ、今回はこうして予定を立ててくれたが、いずれは自分たちで考える必要があるだろうね」
ネコ忍の説明は続く。
『現地入りした7日の夜に、ファントムはホテルを抜け出して三間堂家の事前調査を行なえ。何を注意すべきかはすでに学んでいるはずだ。そして、9日の0時より本番となる』
ファントムはタイムスケジュールを覚えて、頷く。
『ファントム。リビングから外に出て、エアコンの室外機の上を見ろ。2分待つ』
ファントムは首を傾げて、リビングの大窓を開けて外を見た。
室外機の上にはひとつのダンボールが置かれていた。
「ぬ、ぬぅ、これがネコか……」
「あーあ、レイジのアジト、バレちゃってるじゃん」
ファントムの腰の横から顔を出して、メリンは同じものを見て慄いた。怪盗ファントムよりも怪盗がいる模様。
そのダンボールを持って部屋に戻ると、動画が続きを始めた。
『その中には別人に変装できるマスクとウィッグ、衣服、靴底の偽装パッキンなどが入っている。メイクの仕方はメリンに叩き込んだ。ファントムとケアリアが夜に外で活動する時は、それらを使用しろ。もちろん、ホテルを抜け出す時は影潜りを使用して、フロント係に見られてはならない。さて、泊まるホテルだが——』
そんな説明が続き、いよいよ3人は動き出す。
新幹線で名古屋入りした3人は、ホテルにチェックイン。
男1人女2人で泊まるのに、驚異の3人部屋である。
すでに同じ屋根の下で寝泊まりしていて抵抗感が低いのもあるが、同じ部屋というのはこのミッションにおいて面倒が少なくて良かった。
フロントのお姉さんもいろいろな客を見てきて慣れているが、にこやかに対応する顔の裏側では『この男の子、目なんて隠して大人しそうなくせにきっと凄いのね。ほらほら、ちょっとお姉さんをナンパしてみ? あ、あ、おやめくださいお客様!』などと思っていた。
「明日から名古屋城で祭りがあるはずですが、今日はどんな塩梅ですか?」
ファントムからそう問われたお姉さんは、下品なことを考えていたのでドッキンチョ。
「今日は祭りの準備をしているはずですので、一部では少し慌ただしくて、普段の景観とは違うかもしれませんね。ですが、普段通りのエリアもありますよ」
「やはりそうですか。わかりました。ありがとうございます」
オラオラ系というわけでもなく、丁寧で本当に大人しそうなファントムに、お姉さんは『やっぱり夜になると豹変するのね!』と推理した。ある意味正解である。
部屋は2階の角部屋。
部屋に入るなり、すぐにファントムは部屋を調べて、盗撮などがされていないことをチェックした。その際には、ネコ忍便のダンボールに入っていたネコ忍印の高性能盗聴器発見器も使用される。
「大丈夫だね」
「これからは気をつけないとね」
「今まで泊まってきたホテルは大丈夫だったのか不安ですね」
「まあそれは今さら遅くはあるが。さて、それじゃあさっそく遊びに行くとしよう。エスコートさせてもらうよ」
「どうせ外に出たら擬態モードでしょ?」
「まあ……出力は下げるけどね」
「それって段階があるんですか?」
「そうさ。毎日顔を合わせる人がいるような大学は擬態モード大だよ」
というわけで、3人は名古屋の町に繰り出した。
女子2人は擬態モードのファントムを巻き込んでキャッキャ。
すると、すぐにナンパに遭遇した。さすが大都市名古屋!
「ごめんね。連れがいるから」
ナンパされたメリンは、そう言ってファントムの腕を取る。
逆側でもケアリアがナンパ師の顔を見てニコリと微笑みながら、ファントムの腕を取った。
「そういうことだ。他を当たってくれ」
ファントムは堂々とそう言って、2人を連れてその場を去った。
本物のナンパ師は、女性からウザがられることはあれども、無茶なことはしない。マンガのような世紀末的に喧嘩を売るような者は三流。そんなことをするくらいなら、別の女に声をかける。それが目的なのだから。ナンパ師はその行動原理に則ってすぐに諦め、『ちっ、やるじゃねえか』と3人の背中を見送った。
「レイジ、紳士の口元が崩れかけてるわよ?」
「そう思うなら離れたまえ」
「レイジ君、まだ見てるからダメですよ」
他の賢者が見ようものなら、覇王鈴木の時以上の異端審問会が開かれるプレイングが展開されていた。
年頃の男女が同じ屋根の下で寝泊まりして、お互いに良いヤツで、気が合って、秘密を共有している賢者同士で——ぶっちゃけ、遅かれ早かれのような段階であった。最大の問題は男1人に女2人だということか。
そんなこんなで夜まで遊ぶ。
夜には水族館に来ていたが、実は、同時刻に県をいくつも跨いだ西の方で、一人の男の子が奇跡の行使を受けていた。それもまた計画通りのことだ。
それをやったのはネコ忍のゲンロウ。サスケの息子にして、年老いた親を治したネコ太に感銘を受けて回復属性になったネコ忍だ。
奇跡の行使者を探す者が現れても、同時刻に水族館にいたので3人への疑いは低くなる。もちろん、ゲンロウはネコ忍なのでミスなど犯さず、ミッションを終えた。
水族館からホテルに帰って、にこやかなフロントのお姉さんから『はいはい、今夜はお楽しみなんですね。ちょっとどんなふうに豹変するのか見学しに行っていいですか? でゅふふ、ウソでーす! マジウケる!』などと思われながら、ホテルのキーを返してもらう。お姉さんが自然な笑顔を作れるのは、こういった思考が秘訣なのだ。
そして、夜のお楽しみが始まった。
しかし、むっつりなフロントのお姉さんが思っているようなお楽しみではない。ファントムのメイクアップタイムだ。
「それじゃあお客さん、前髪を上げますよー」
目隠れ男子の目が公開された。
それを見るメリンとケアリアは、唇を少しうにうにと動かした。
目隠れ男子の素顔はイケメンである。
紳士に憧れるだけあって、高校の頃からスキンケアや眉毛のお手入れなどをしっかり行い、賢者となったことで様々な美容的な恩恵も受けている。スキンケアをしてこなかった他の男性賢者よりも、カッコ良くなる素養が多いのだ。
2人は、この目隠れ男子の素顔を知っているのは、たくさんいる賢者やあの広い大学の中でも自分たちだけなのだと思って、ちょっと優越感を覚えていた。
ちなみに、2人はファントムの風呂上がりの姿を見ているので、すでに目が隠れていない姿を知っている。
そんな感情を持つメリンだが、メイク道具を持てば別人のような働きを見せた。
始まりの賢者の生産部隊として活動し、突出した器用さを手に入れ、多くの男性フィギュアの顔を作り続けてきたメリン。その頭の中には、これからファントムがどのように変身するのか明確に思い描かれており、どんどん手が動いていく。
ネコ忍がくれたマスクは、口から鼻にかけて使用するもので、特殊なワックスを使うことで肌に吸着する。メリンは地肌とマスクの境目を消し、目元の印象を変え、頭髪を無香料のジェルでオールバックにして、その上からヘアネットとウィッグをつける。
「ふぅ、完璧ね」
そして、30分程度でファントムは見知らぬ男に変身した。それは、ファントムが年を重ねた顔などというありきたりな変装ではなかった。
歳は30代半ば程度で、スポーツが好きそうな爽やかな印象があり、結婚をして10歳程度の子供がいそうな貫録を宿した顔をしている。
「凄い。まったく別人ですね」
ケアリアの感想にメリンはむふぅと胸を張った。
「レイジ、なんか喋って」
「素晴らしい出来栄えだよ。さすがだ、メリン君」
褒められたメリンは嬉しそうに笑いつつ、口元をじっと観察する。
「普通に喋る分にはいいけど、大きく口を開けたりするとズレ始めるから注意して。少しは良いけど、頻繁にやるとズレが大きくなっていくからね」
「わかった、気をつけよう」
変装を終えたファントムは、ネコ忍が用意してくれたスーツを纏う。警察は怪しめば、その商品をどこで購入したかすら調べ上げるので、怪盗ファントムやケアリアがミッションで身に着ける物は、全て、メリンが手作りした物か、ネコ忍が用意した物を使用する。決して、量販店で買った仮面などつけたりしない。
「さて、それじゃあ行ってくるよ」
「はい、気をつけてくださいね」
「気をつけてね、レイジ」
「怪盗にミスはないよ」
ファントムはそう言うと、トイレに入った。
いつものクセでカギをかけたところで、ハッとする。別にトイレをするわけではないのだ。カギを開け、ドアも開け、テイクツー。
「それじゃあ行ってくる。ファントムマジック!」
若干気まずそうにしながら、ファントムは影に潜り、トイレにある小窓から外へと出ていった。ドアの外で見送っていた2人は、トイレのカギをかけたまま行かなくて良かったと思った。
部屋に残された2人は、さっそくウインドウでファントムの生配信を視聴し始めた。人の家に侵入するわけで、当然、限られた人しか視聴できない。
ファントムがいなくなった客室で、メリンはケアリアをチラチラと見た。そして、意を決して口を開く。
「ぶっちゃけさ。マユコ、レイジのこと滅茶苦茶好きでしょ?」
「……っ!」
そう言われたケアリアは、ビクッと肩を跳ねさせたかと思うと、すぐに言い返した。
「そ、そう言うメリンだって。レイジ君から褒められてる時のメリンの顔、私、これまでの付き合いで、ただの一度も見たことないからね?」
「ちょ、観察しないでくれる!? そ、それを言うならマユコだって、今日の水族館で一緒にクラゲを見てた時、幸せな時間を知ったメスの顔でレイジの横顔を見てたからね? トイレから帰ってきたあたしが後ろからそれを見て、はえーってしたの気づいてる?」
お互いに指摘し合い、2人は顔を真っ赤にした。
「さ、最初は面白いヤツだなって思ってたけど……あたしが作った物を見て子供みたいに喜んでくれて、か、か、可愛いし、そのくせに、イケボで毎日あんだけたくさん褒めてくれたら、そりゃね? 嬉しくなっちゃうし、す、好きになっちゃうよ。はははっ!」
「……っ。わ、私も、こっちがお願いしたことなのに、サスケ先生の厳しい修行をとても真剣にやってくれて、それなのに愚痴の一つも言わないで逆に面白いことばかり言うし、私のことを立派な女の子みたいに扱ってくれるし……好きになっちゃうよね?」
「「……」」
「もー、キザったらしいレイジが全部悪い! なんなのアイツ!」
「そうだよね!? その気になっちゃうよ!」
キザなムーブのファントムだが、2人には刺さっていた。
「……ねえ、勝負する? それとも山分けする?」
メリンからの質問に、ケアリアは言葉に詰まった。
メリンは賢者にスカウトしてくれた大親友だ。争うなんてとてもではないが出来ない。でも、ファントムのことはとても好きだった。
「……例えばの話だけど、パトラシアの多くの国では多婚が認められているんだって」
「「……」」
ケアリアの発言に、2人で沈黙した。
フロントのむっつりお姉さんは、全てを見通しているのかもしれない。
「と、とにかく、今は浮ついた心でいて良い時じゃないよ。レイジ君やニーテストさんを巻き込んだのは私たちなんだから! 真剣にやらなくちゃ!」
「そうね。とにかくこっちを頑張ろうね!」
2人がそんな内緒話をしているとは知らずに、怪盗ファントムはウキウキしながら夜の町を歩いていた。怪盗ファントムの心は少年なのである!
読んでくださりありがとうございます。
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