7章閑話 怪盗ファントムただいま参上 終
本日もよろしくお願いします。
ミッション2日目は名古屋城の祭りを中心にして遊んだ。
ネコ忍がこの時期の名古屋を選んだ理由は、この祭りにある。ネコ忍の想定通りに多くの若者が訪れており、ごく自然に他県から来た3人を名古屋の町に溶け込ませていた。
祭りではメリンとケアリアが地元の大学生らしき若者からナンパされることはあったものの、3人は祭りを楽しんで無事にホテルへと戻ってきた。
そして、いつものフロントのお姉さんに『おっ、お祭り見学のあとはお部屋でお祭りですか!? そいやそいやそいやそいや! 一日中わっしょいでクソワロタ! ……ハッ!? 私の思考を読んでいる人がいるわね!? わかっているのよ、出てきなさい!』などと上品な微笑みの裏側で思われつつ、カギを受け取ってお部屋へ。お姉さんはむっつりだが、プロなのだ。ただ、疲れてはいるかもしれない。
当然、お姉さんの考えているようなことは起こらず、3人は大浴場へ行ったりしてゆっくりと準備を整えていく。あまりすぐに準備すると時間を持て余すので、あくまでもゆっくりと。
昨日と同じように、メリンが2人を変装させていく。
特に重要なのは髪だ。侵入する場所に存在しえない頭髪は残してはならない。だから、しっかりと髪が固められ、その上からヘアネットで防護し、ウィッグをつける。
「マユコ君、最終チェックだ。三間堂家へのルートは——」
メイクをしてもらっているケアリアに、ファントムが説明する。
昨日の調査でルートや、ルート上にあるチェックポイントを再確認する。
そうして、日付を跨いだくらいに準備が整った。
ファントムは黒めのスーツを着て、手には仕事カバン。そのカバンの中には魔力回復用の食料がいくつも入っていた。
ケアリアも黒い女性用スーツを着て、足には黒いストッキングを履く。所持品はやはり同じような物が入っている仕事カバン。
どこからどう見ても、30代の会社員が出来上がった。見る人によってはカップルに思うかもしれない。
2人はトイレに敷いた布の上で靴を履く。この靴の底も細工されており、科学捜査をごまかす仕様となっていた。
「では、メリン君、行ってくるよ」
「行ってくるね、メリン」
「うん。本当に気をつけてね」
「メリン君、言っただろう。怪盗はミスしない」
ファントムはそう言うと、ケアリアの手を取って一緒に影の中に潜り込んだ。
「いいなぁ……」
影が窓から抜け出し、1人ホテルに残されたメリンは、ちょっとズキリと乙女注意報発令中。
しかし、メリンもまだミッション中である。2人の生配信をウインドウに表示しつつ、メイク道具を片付ける。お片付けもまたミッションなのだ。
一方のファントムたちはホテルの壁を伝って地上へと降りると、物陰で影から抜け出した。距離はホテルから50m程度だ。
影潜りは強力な移動魔法だが、燃費が良いわけではない。本体の基礎魔力量も成長し続けている賢者たちだが、移動の全てを影潜りで行なえるほどではなかった。だから、上手く使う必要がある。
名古屋城で行なわれている夏祭りはかなり前に終わっているが、世の中では今日からお盆が始まるということも手伝ってか、浮かれた雰囲気が周辺地域に漂っていた。ちなみに、この夏祭りはこの日から何日も連続して行なわれる。
2人は夜の町を歩きだす。
祭りの余韻を楽しむように浴衣で歩く男女と何組すれ違ったか。居酒屋などの飲食店はすでに日付が変わっているのに煌々と明かりをつけており、暖簾の奥からは賑やかな笑い声が絶えず聞こえてきた。
「浴衣の人を見ると、楽しい気分になりますね」
「ああ、そうだね。君たちが浴衣を着たら、誰よりも綺麗だったろう。今回はせっかく祭りに来たのに、勿体ないことをしてしまった」
「……っ!」
男らしい声色でそんなことをさらりと言われ、ケアリアはボンと顔を赤くした。生配信を見ているメリンもファントムが使っているベッドの上でゴロゴロ。
そして、生配信を見ているのはメリンだけではない。
まず、ネコ忍がちゃんとミッションを行なえるのか見ている。さらに、これからどのような活動を行なうのか把握するために、ニーテストたちも見学していた。
遠く離れた八鳥村のシェアハウスにて。
「口から甘ったるいバラでも吐き出しそうになることを言う男だな。本体でもあんななのかよ」
「ケアリアにはとても刺さっているようですよ」
「こういう男にハマる女はとことんハマるでござるからな。刃傷沙汰にならないか少し心配になる御仁でござる」
「でも、お婆ちゃんになっても、ずっとこんなふうに言ってもらえたら、幸せな人生だと思うなー」
などと、ニーテスト、キキョウ、ライデン、ネコ太がそれぞれそんな感想を言う。
ニーテストは、ネコ太がオーストラリア遠征で買ってきたチョコのお土産を見るが、なんだかファントムのせいで口の中が甘くなっちゃったので、その隣にあるキュウリのぬか漬けをポリポリ。美味い!
ちなみに、この日はまだ八鳥村の合宿が行なわれる前なので、ネムネムはシェアハウスの住人にはなっていない。
そんな女子たちの中に男が一人。サバイバーである。
「それで、斑鳩の感想は?」
ニーテストがニヤニヤして問うと、サバイバーは苦笑いした。
「ファントムはできる男だよ。道を歩きながらもケアリアをしっかりとエスコートしている。そのうえで、防犯カメラがどこにあるかや、人からどのように見られているかよく学んでいるね。自然体で歩いているが、油断はない」
「逃げるなよー」
「彼のやっていることを解説したのさ」
ニーテストにからかわれ、サバイバーは家に帰りたいと思った。
自分のセリフでサバイバーにダメージを与えているとは知らずに、ファントムたちは夜の町を行く。
三間堂家はホテルから2km少々離れているが、2人は変装をしているし、その区間は特に問題ない。
建物が商業店舗よりも民家の比率が多くなり始めた。
祭りの影響や大学が多く点在する地域だからか、夜の郊外だというのにそこそこの人を見かける。やはり浴衣を着た若者が多く、コンビニの前などには必ずいて、楽しげに笑っていた。
その全ての人が、ファントムとケアリアをほとんど意識しなかった。サラリーマンが歩いている程度の、5秒後にはどんな顔だったかも忘れてしまうような認識だ。
【ファントム:そろそろだよ。左前方の柵にペットボトルの風車がある家だ】
チャットルームに情報が書き込まれる。
ケアリアが瞳だけを動かしてそれとなくその家を見ると、子供が作ったであろうペットボトル風車が静かに回っていた。家の明かりは全て消えている。
ファントムの事前調査をケアリアも見ているので、この家の間取りは全て理解しており、どこが少女の部屋かすぐにわかった。
目的の家を通り過ぎて、家と家の間にある狭い路地へと入り込む。
前後に人の気配はない。
「準備はいいね?」
「はい」
「では行こう。怪盗ファントムただいま参上だ」
ファントムが小さく囁くと、カバンを持っていない方の手を虚空に向けて振るった。
メリンが作ったガジェットが起動し、スーツの袖からマントが出現する。
これを作ってもらった日のファントムの喜びようはもう凄いもので、それから何度も練習して、マントを美しく広げられるようになっていた。
ぶわりと広がったマントが自身とケアリアを包み込んだ。ケアリアはダークヒーローに攫われちゃうヒロインのように、ファントムの胸元にすっぽりと収まった。
それを視聴するメリンは悔しくて切なくてゴロゴロ。ネコ太とキキョウは「おーっ」とテンションを上げ、ニーテストとライデンは大爆笑。サバイバーも割と楽しんで視聴中。
闇に溶け込むような漆黒のマントに包まれ、ファントムとケアリアが影の中に潜り込む。姿を隠す最後の瞬間、ファントムの顔の上半分で、メリンの作ったカッコイイ白いマスクがキラリと輝いた。
ファントムは速やかに移動して、格子窓の小窓からスルリと屋内へと入った。
影はドアを潜り、少女・夏芽の寝室へ向かう。
この少女は目が見えない。そのためか、家全体がバリアフリーとなっていた。廊下にダンボールや脱ぎっぱなしのスリッパが置かれていることもなく、夏芽が大切に扱われていることがわかる。
子供部屋は2階にありがちだが、やはり階段の昇降を考えて夏芽の部屋は1階にあった。その代わりに2階には高校生の兄の寝室がある。夏芽の寝室の隣は両親の寝室となっており、呼び出しブザーを鳴らせばすぐに駆け付けられるようになっていた。
影は廊下を進み、ドアの下の隙間から夏芽の部屋へと音もなく忍び込んだ。
夏芽の部屋はドアとベッドや勉強机までの導線がしっかりと区別されており、物も少なく綺麗に片付けられている。その中で目を引くのはピアノとノートパソコンだった。
夏芽は音楽や物語に傾倒し、ピアノを覚え、家族にニコチューブで物語の朗読番組を再生してもらったりしていた。
夏芽はベッドに転がり、薄手の掛け布団をかけて眠っていた。
そのベッドの横に、2人が影から現れた。
ファントムがマントを開け、ケアリアが抜け出す。
ケアリアもやはり白い仮面を被っており、好きな男の子に抱かれていた嬉しさを押し込めて、真剣な目で夏芽を見つめる。健康鑑定を使用して夏芽の症状を把握しているのだ。生配信を見ているネコ太も鑑定結果を一緒に見て、すぐさまアドバイスを書き込んだ。
その時であった。
「お化けさんですか?」
夏芽が目を閉じたまま言った。
ケアリアも視聴中のニーテストたちも息を呑んだ。全員が、反射的に枕元にある呼び鈴ブザーに視線が向かう。
言葉に詰まったケアリアの唇に、ファントムがそっと人差し指を添える。
夏芽は続けた。
「昨日も来ていましたね。でも今日は2人。女の人?」
対応を間違えたら逃げるしかなくなるので、ケアリアの心臓はバクバクと高鳴る。
それはファントムも同じだったが、もはやこの状態になったら傾奇通すのみ。メリンが作ってくれたカッコイイ怪盗衣装から自信を貰い、神島レイジは怪盗ファントムになりきる。
ファントムはウインドウで『治療手順の確認を急いで』と書き込み、夏芽へ囁いた。
「驚かせてしまってすまないね。私は怪盗ファントム」
「わっ、怪盗さんなんですか?」
その声色を聞いて、ケアリアの心拍数は一段階下がった。予想よりも肝が据わっているのか、怖がっているようではないのだ。
「ああ、そうさ、可憐なお嬢さん。今日は君に問いたいことがあってきた」
「可憐だって、ふふふっ。でも、このお部屋にある物はみんな大切な物ばかりだから、盗まないで欲しいです。ふふふっ」
「ふっ、君の宝物は盗まないさ。そうではなく、君はその瞳でまた光を見たいかい?」
ファントムがそう問うと、夏芽は見るからにしゅんとした。
「……はい、見たいです。でも、無理だって……。それよりも、たくさんお勉強して、お母さんたちやお兄ちゃんに心配をかけないようにしたいです」
「やはり君は強く素敵なお嬢さんだ。君が光を失っている間に育んだその思いやりと芯の強さを、これからも決して忘れてはいけないよ」
ファントムはケアリアに目配せした。
ケアリアは力強く頷き、夏芽の目元に手を添えて、魔法を行使する。
「あ、温かい……え、ひ、光が……! あ、ああ……っ!」
夏芽はさっきまでの静かな夜の囁くような会話ではない、はっきりとした声を上げた。ファントムは神経を集中して隣室の気配を探る。
ほどなくして魔法の行使は終わり、健康鑑定を確認したケアリアがファントムへ向けて頷いてみせた。
ファントムはケアリアを胸元に引き寄せ、再び、マントで自分の体ごと包みこんだ。
夏芽は、いま見た光を求めるように瞼を開けた。その瞳に、窓から差し込む月明かりで輝く白い仮面が鮮烈に映り込んだ。
「ハッピーバースデー、夏芽。君の苦しみと悲しみは怪盗ファントムが確かにいただいた」
ファントムはそう言い残すと、影の中に消えていく。
部屋に残された夏芽はしばし茫然とした。
夢なのかと瞳を動かして部屋を見回す。そこにあるのは、手触りや歩幅で想像してきた自分の部屋の輪郭。思わず見た自分の手が、月光色に染まった家具を背景にして、瞬く間に震え出す。
人は喜びのあまり腰が抜けることがあるのだろう。起き上がることすらままならず、夏芽は大声で泣き始めた。
その声を聞いて跳び起きた両親と兄が、部屋に駆けつけた。
「夏芽、どうしたの?」
母親と父親はベッドサイドに膝をつき、不安そうに夏芽の手を握る。
それでも大声で泣く妹の姿を見て、兄も涙を流し始めた。今日は妹の誕生日。そして、3年前に運命を変えた日でもある。そんな日だから、妹の悲しみが爆発してしまったのだろうと、兄は胸が締め付けられる思いだった。
だが、そうではないことが、涙で煌めく瞳で家族の顔を順番に見た夏芽の口から、叫ぶように語られた。
「み、見える……ママ、パパ、お兄ちゃん、目が見えるの! ファントム様が……怪盗ファントム様が治してくれたの! うわぁあああんあんあんあん、ファントム様ぁあああ!」
怪盗ファントムの伝説が、この瞬間から始まった。
なお、一連の活動を見ていたニーテストたちは、キザな怪盗ムーブに大ウケだった。
それから3人は静岡を中心にして活動を続けた。
時には家から変装して神奈川や東京へ、時にはネコ忍が出してくれた車を使って山梨や長野へ。もちろん、地元である静岡でも活動した。
それと同時にネコ忍のゲンロウが別の場所でも活発に活動しており、徐々に謎の存在が都市伝説のように語られていく。
しかし、それが爆発的に広がることはなかった。
メディアがその話題を取り上げる前に、世間に大事件の話題が投下されたのだ。獄松組の崩壊から始まった政治家や著名人、関連する組織の大捕り物。この特ダネを前にして都市伝説など追っている場合ではない。
これにより、怪盗ファントムの都市伝説は、奇跡を渇望する者の間で静かに広まり始めるのだった。
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