7章閑話 怪盗ファントムただいま参上 1
本日もよろしくお願いします。
割と重要な閑話ですな。たぶん、3話くらいで終わります。
これは世間が夏休みに入るほんの少し前の話。
その日の夜もダンジョンで賢者たちの修行が行なわれていた。
ダンジョン7階。
ここに生息する魔物は、砂岩小僧という小さなゴーレムだ。
小さいと言っても賢者よりも大きくずんぐりとしており、賢者基準でリーチの長い腕の振り下ろしや薙ぎ払いなどの攻撃手段を使うため、近接戦闘を学ぶ相手としてはとても良かった。
『ブリザーラ:次はケアリアっすね』
クエストリーダーをしているブリザーラが指名する。
このグループはネコ忍ではない賢者たちがリーダーや引率をしており、すでにある程度の武術ができている賢者たちの場数を踏ませている段階だった。
ちなみに、舎弟のような語尾を使うブリザーラだが、実際には非常に強く、クエストリーダーとしても頼もしさがある。
一方、指名されたケアリアは、ホクトと同じで第二陣の初日にスカウトされた賢者だ。グルコサ防衛戦も経験しており、その際には牢屋でエルトやジール隊長の命を助けた回復属性の一人でもある。
そんな経験をしているので危機意識は強く、ある程度の護身を学び、現在この段階で修行をしているわけだ。
ケアリアは砂岩小僧の前に立つ。
見上げるほど大きな相手だ。しかし、すでに何回か戦っているので、倒せない相手ではない。
『ケアリア:やぁああああ!』
相手の攻撃をよく見て回避し、パンチ!
『ルナリー:頑張ってぇ!』
『メリン:ケアリアいっけーっ! そこだぁ!』
『オメガ:ほう、良い初撃だったな』
『サカタ:回復属性の女の子なのにすげぇな』
そうやって応援したり後方腕組みしたりしているのは、生産属性の賢者たち。
始まりの賢者もいれば、そうでない者もいる。始まりの賢者であっても、生産と回復属性の修行レベルはあまり高くない傾向にあるのだ。
もちろん、平和バトのような飛びぬけた例外もいるし、このレベルよりも少し先行する髑髏丸のような生産属性もいる。要するに、この2つの属性の修行レベルは大きくバラついていた。
優勢の勝負をしていたが、砂岩小僧が振り下ろした腕が石を跳ね飛ばしたことで状況が一瞬で変わった。石がケアリアの肩に当たり、転倒したのだ。
『オメガ:マズい!』
『メリン:ケアリア!?』
『サカタ:おい、ブリザーラ!』
『ブリザーラ:大丈夫っす』
真の後方腕組み勢であるブリザーラは、冷静にそう言った。大丈夫じゃなかったらどうしようと若干思いつつも、ブリザーラの予想通りの展開になった。
次なる攻撃がケアリアを襲おうとしたその瞬間、一人の賢者がケアリアの前に降り立ったのだ。
『ファントム:怪盗ファントムただいま参上!』
始まりの賢者の一人、闇属性のファントムだった。
その姿は男性フィギュアで、顔の上半分を隠す仮面とマントを羽織っている。お仕事ポイントを生産属性に支払って作ってもらった特別衣装である。フィギュアは本人の顔ではないのに、仮面を被る意味は誰もわからない。
ファントムはケアリアをお姫様だっこすると素早く攻撃を回避し、敵から少し距離を置くと、ケアリアをその場にそっと下ろしてあげた。
『ファントム:ケガはないかい、子猫ちゃん』
『ケアリア:こねっ!? い、いえ、大丈夫です!』
『ファントム:ならば良し。では、私がサポートするから続けようか。ここで引いてしまったら、次の戦いで勇気が萎んでしまうからね』
『ケアリア:はい、よろしくお願いします!』
『ファントム:はっはっはっ、闘志は消えていないようだね。ならば、舞踏会を始めよう。イッツ・ショータイム!』
やべえヤツとまともな子の共闘が始まった。
一方、その会話を見ていた賢者たちは、ゴロゴロしたい気分になった。
『メリン:あぶねぇ、よくやったぞファントムー!』
『オメガ:ファントムは相変わらずだな』
『ブリザーラ:頼りになるヤツなんすけどね』
『サカタ:子猫ちゃんってリアルで言うヤツ初めて見たわ。共感性羞恥が凄いんだけど』
『オメガ:アイツ本人が恥ずかしがっていないから、こういう場合は共感性羞恥じゃなくて観察性羞恥だ。共感性羞恥は相手も恥ずかしがっている場合に使う』
『サカタ:へえ、そんな言葉があんのか。知らんかった』
『ルナリー:はー、でも、良かったです、ケガしないで』
そんな評価の賢者だが、ファントムの実力は高かった。
ミニャのオモチャ箱において、信念のある中二病は強くなる傾向があった。与えられた魔法の種を大樹へと成長させるため、日々、研鑽を積める中二病たちなのである。
『ファントム:ファントムドッジ。相手は幻想蝶の夢を見る』
謎の技の解説を交えて、ファントムがマントをひらりとはためかせて攻撃を回避する。本当に幻想蝶の夢を見ているかは砂岩小僧のみぞ知る。
大きな隙を見せた砂岩小僧に、ケアリアが鋭い上段回し蹴りを放つ。その蹴りによって砂岩小僧の腕が砕けた。
『メリン:うぉおおおお、ケアリアやれーっ!』
『ルナリー:キャーッ、カッコイイ!』
『サカタ:美少女フィギュアは俺たちのロマンを詰め込んでいるからな。戦いが美しくなるのも、さもありなんてところだな』
美少女フィギュアは男性賢者たちの理想形。アニメのような美少女が繰り出す技は全てが絵になる。上段回し蹴りだってそうだ。
部位破壊に成功したケアリアの戦いはそこから一方的だった。
ファントムもサポートを止め、戦いを見守る。
『ケアリア:これで終わりです!』
大きく跳び上がって放たれた空中浴びせ蹴りが、砂岩小僧の頭部を破壊する。
それが決め手となり、砂岩小僧は光になって消えていった。
『ケアリア:ありがとうございました!』
『ファントム:ふっ、怪盗ファントムは神出鬼没。だから、また同じように君を助けられるとは限らない。精進したまえ』
『サカタ:いや確実に助けろよ』
『ブリザーラ:教官クエストを受けてるのに何言ってるんすっか』
『ファントム:さらば! ファントムマジック!』
男性陣の鋭いツッコミを受けつつ、ファントムはマントを翻して影の中に消えていった。
『ケアリア:ありがとう、怪盗ファントム!』
『メリン:怪盗ファントム……いったい誰なんだ』
『ルナリー:謎の人物です……』
女性賢者たちがノリに付き合ってあげた。オタクに理解がある女子たちだった。
そんなことがあった翌日のこと。
ケアリアは通っている大学のキャンパスを友人のメリンと共に歩いていた。
このメリンこそがケアリアをスカウトした始まりの賢者だ。属性は生産。
2年と数か月前に大学へ入学する数日前から女性用アパートのお隣さん同士として交流を始め、偶然同じ学部で気も合ったため、いつも一緒にいる仲良しさんになった。
そんな2人だが、最近綺麗になったと同じ学科の中で噂されていた。
それは同学科だけでなく、通り過ぎる男子学生からも、『この時間に見かける凄く綺麗な2人』みたいな認識で見られるようになった。
時は期末試験シーズンの終盤ということもあって、学生たちの心はすでに夏休みにあった。
男子たちの中には、2人を遊びに誘おうと考えている者もおり、行動に移すのはもはや秒読み段階と言えた。なにせ大学というのは、終業式のチャイムで一斉に夏休みが始まるわけではないので、この2人もいつ大学に来なくなるかわからないからだ。というか、遊んでいる大学生の何人かはすでに撃沈していたりする。
そんなふうに、注目を集める2人は学食の中へ。
男子たちもそれに続いて学食へ。午後に同じ試験を受けるから、という大義名分が彼らにはある。
ケアリアはうどんが載ったお盆を持ちながら、周囲を見回す。
現在は昼のピーク時。まるまると空いている席はなく、相席になりそうだ。
「おーい、木下、こっちが空いてるぜ!」
騒がしい学食の中で、そんな陽気な声がした。
木下は2人の苗字ではない。では誰の苗字かと言えば、ケアリアたちと相席したくてお盆を持ってそわそわしている同じ学科の男子Aの苗字だった。男子Aは友人の声を無視した。ちなみに、別の勢力である男子BとCもいる。
「え……っ!?」
ふいにケアリアが驚きの声を上げた。
メリンが「どうしたの?」と言いつつケアリアの視線を追うと、やはり彼女もまた目を見開いた。
それと同時に「おーい、木下ぁ!」と再びのお誘い。
黙れよ……っ! そう思った男子Aだったが、ここで天才的な閃きが舞い降りた。その閃きを実行すべく、すぐに口を開く。
「ね、ねえ、柴崎さん。あっちに席が空いているみたいなんだ。俺の友達もいるけど、一緒にどうかな?」
「え?」
柴崎はケアリアの苗字である。呼びかけられたケアリアが顔を上げて、その席を見て、もう一度、先ほど見ていた方を見る。
「あ、木下君、ごめんなさい。座る席を決めてしまったので」
「ほら、行くわよ」
「うん」
男子Aは撃沈した。
男子BとCは憐れみと同時にホッとしつつ、2人の後追う。
「ここ相席して良いですか?」
ケアリアがそう声を掛けたのは、チキンソテーを綺麗に食べている1人の男子学生だった。前髪で目元を隠しており、少し大人しそうな印象である。彼の両隣に席が空いていた。
声を掛けられて顔を上げた男は、ほんの一瞬驚きの口の形をしたかと思うと、口角を上げた。
「構わないよ」
次の瞬間、男子BとCは驚愕することになる。
2人はその目隠れ男子を挟んで座ったのだ。『そんな相席ある?』と。
そこで男子BとCはハッとした。自分たちの座る席がこの辺りはもうなかったのだ。2人もまた惨敗者であった。
一方、ケアリアたちが座った前の席には男女3人。『綺麗な子が来たなー』とか『奇妙な相席をするな』くらいに思っていた。男がどちらかに移動すれば2人が隣同士で座れるのに、なぜだか2人は自然とその位置に座ったのだ。
普通の人はケアリアたち3人のやりとりを理解できない。だが、ケアリアたちだけはお互いにわかっていた。なにせお互いの前にはウインドウが浮いているのだから。
「131よ」
メリンが言った。
それだけで賢者なら何のことだか理解できる。
すぐにフレンドチャットが立てられて、食事をしながらウインドウで会話が始まった。
【メリン:こんにちは。この大学に他にも賢者がいたなんて知らなかったわ】
【ケアリア:ケアリアです。よろしくお願いします】
【ファントム:怪盗ファントムただいま参上!】
2人は食事初めの一口目のスープを、レンゲの中で爆発させた。
「ご、ごめんなさい」
「すみません、すみません」
メリンとケアリアは向かいの席と隣のファントムに謝った。
ハンカチでテーブルを拭いて、一旦落ち着き、改めて会話を続けた。
【メリン:誰かと思ったらアンタ、ファントム!? 笑わすんじゃないわよ!】
【ファントム:笑わせたわけではないが?】
【メリン:笑うわ! カレーうどんを食べていたら引っ叩いたわよ!】
【ファントム:君は生産属性だから簡単に染み抜きくらいできるだろう?】
【メリン:そういう問題じゃない!】
【ケアリア:まあまあメリンちゃん。あの、ファントムさん、昨日は危ないところを助けていただいて、ありがとうございました】
【ファントム:なに、子猫ちゃんを助けるのは紳士の務めだからね。美しいレディにケガがなくてなによりさ】
【メリン:歯が浮いてうどんが食べられないからやめろや】
そんなキザなセリフを言うファントムに、メリンはぞわぞわしながらうどんを啜り、ケアリアはほんのり顔を赤らめつつニヤケてうどんを啜れない。綺麗と言われてシンプルに嬉しいのもあるが、やはり観察者羞恥が占める割合は大きい。ファントムは他人を恥ずかしくさせる異能を持った人物なのである。
【メリン:それにしてもアンタが一緒の大学とはねぇ。世間は狭いわ】
【ファントム:私は5月頃に君がウインドウを浮かべているところを見かけたがね】
【メリン:はぁ? それなら声かけてよ】
【ファントム:大講堂で見かけたからね。またいずれ見かけることもあるだろうと思っていたら、今日に至った形だ】
【メリン:ふーん。あたしだったらホイホイ声を掛けちゃうわ。今日みたいに】
そんなふうにウインドウでお喋りしつつ食事をする。
しかし、目の前で相席している男女3人は、奇妙な形で相席になったから黙々と食事をしているのだと思った。つまり、戦犯は真ん中に陣取っているファントム。世の中には気が利かないヤツっているもんだな、という評価を与えられていた。
尤も、それはあくまで他人の評価であり、ケアリアとメリンはかなり楽しく過ごしていた。
食事も終盤になり、ケアリアが言った。
【ケアリア:あの、もし良かったらあとでお時間を貰えませんか?】
【ファントム:ふむ、何か話があるのかい?】
【メリン:あー、あれか。ファントムなら良いかもしれないわね。怪盗だし】
【ファントム:ほう。そういうことなら、この怪盗ファントム、時間を取ろうではないか】
【メリン:ウキウキしてんなぁ】
【ケアリア:ありがとうございます! それでしたら、他の人には聞かれたくないので私の家に来てくれますか?】
【ファントム:え】
【メリン:ケアリア、あたしたちのアパートは男子禁制だから、見られたら怒られるよ。ファントムんちはどこなの?】
【ファントム:怪盗は常にミステリアス。アジトを言うと思うのかね?】
【メリン:言えよ】
【ファントム:……大学の近くだが】
【メリン:じゃあアンタんちに行くから】
【ファントム:えぇ……】
【ケアリア:ファントムさん、それじゃあお邪魔しますね!】
なぜかファントムの家に女子が来ることになった。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、大変励みになっております。
誤字報告も助かっています、ありがとうございます。
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