第二十二話 白光
これで、終わりだな。
祿菟は、啖雷針の噴き上げる青白いジェットが夜の路地を照らしながら突き進むのを見てそう思った。
そう、他に何かを思考する暇もなかった。それほどまでに速かったのだ。
横から飛び出したそいつが、啖雷針を破壊するのは。
赤い閃光が迸ったかと思うと、それは啖雷針の直線的な軌道に弧を描いて接触。
その残像が目に焼き付いているうちに、視界を覆う爆発が周囲に昼間のような光と濃い影を落とした。
続いて、衝撃波にも似た爆発音。
...補足した標的を破壊した信号は、いつまで経っても送られてこなかった。
外套に手を入れ、更に三つの啖雷針を取り出す。
ーーちょうどよく、みんな同じ所に集まってくれた。まとめて私の礎となってもらいましょうーー
焦りの混じった苦笑を浮かべる。
それぞれを別の方向に飛ばし、攻撃させた。
しかし結果は同じ。
赤い光の筋が啖雷針を撫でたかと思うと、三度、青白い光が続けて輝いた。
「まさか...!!そんなことが...」
突然、煙が何かに弾かれたように、押しのけられるようにして消滅した。その直後、消滅の中心部から何かが打ち出された。弾丸のような速度で目の前に着地したそいつは、緩衝もせずに着地の衝撃に耐え、その直後にまた跳躍した。
目前でそいつの着地の衝撃で小爆発が起こり、瓦礫が飛散する。
後ろに回り込んだのは見えている。
内の懐から二丁銃を風のような手つきで取り出し、続け様に発射する。
赤い光は地面をまるで滑るように移動し、突然自分の額に向かって伸びた。一瞬の判断で体を逸らし、回避。
そいつが移動した方向は分かっている、右後方。
しかし銃を構えて振り向いたその瞬間、そいつは消えた。続いて膨大な殺気。
本能が体を突き動かし、祿菟は跳躍した。直後、瞬間前まで彼が立っていた道路が爆ぜた。
「乱暴が過ぎますね...!」
空を切り上昇しながら横目で、追ってくる零吉を補足。繰り出された拳を左奥手で捉え、その相手の勢いを利用し空中で後方に蹴り飛ばした。
零吉は屋上に落下し、反動で自分は向かいのビルの屋上まで飛ばされた。
何度か転って起き上がり、右片手で照準を定め発砲する。夜の闇に包まれ視界は通らないが、それでも年の勘が強く働いて、結果としてそのうち何発かは相手の幹部に命中した。装甲が砕け散って飛ぶ様子が遠目で分かった。
ーーヒューマノイドの構造ならよく知っています。所詮、彼も強化しただけの人間に過ぎないのですからーー
狙ったのは、脳だった。
戦闘において、誰もが狙い、誰もが狙われる場所である。
...だからこそ、そんなところの装甲が甘い訳がなかったのだ。
ーー零吉は破壊された左腕を顔の前に構えた状態で、右腕を流動的に変形させた。
・ ・ ・
東の空は既に、夜から目覚めようと白く染まり始めている。
ーーあの砕け具合から見て、彼の脳機関は既に晒されていると見て良いでしょう...ならば、次が止め。
動きの鈍い間に、けりをつけましょうか...
そうして懐にしまおうとした銃が、突然爆ぜた。
「ーーーは?」
煙の匂い。掴んでいた右手が何かでべったり濡れている。
まさか、奴が...
そう思考する暇もなく、赤い爆光と共に左肩が裂けるように吹き飛んだ。反動で全身が捩れ、その勢いで仰向けに後方へ吹っ飛んだ。
「...ぐ......っああ....!!」
痛覚の津波が脳を直撃し、感覚を埋め尽くした。焼かれるような、という表現では生ぬるい痛みが、全身をくまなく刺し尽くしている。
血を流しながら見上げる夜空の足元に、そいつが降り立つのが見えた。
言葉を失い、口を開いて喘ぐように呼吸するしかできない私を、機械の眼で冷たく見下ろしている。
「楽に殺してやる...これ以上の慈悲は無い」
銃口に様変わりした異様な機械の右手をこちらに向けて、佇んでいる。
ここでーーー死ぬのか?
こんなにもあっけなく。
今までの全ての努力も、全て足元から壊されて。
「...待゛て...!!」
血と共に吐き出した言葉は、想像の何倍も醜い音だった。
ーー良いわけがない。
死んでたまるか。
生き延びるんだ。
なんとしてでもーー
しかし、彼の手から漏れ出る光の増大は、留まらなかった。
「頼む゛...許じてくれ゛...」
体が悲鳴をあげる中、最後に絞り出した言葉はそれだった。
生き延びたい。もう一度したいことだってたくさんあるのだ。
......彼はその光を緩めた。
ーーああ...
「その言葉が聞けただけ、感謝するぜ」
零吉の腕の中がぐるりと回り、守るべきものを殺すために溜めていた、その破壊の渦を、今度こそ真っ直ぐ、撃ち放った。
ーー生きたいですね...
白い光の球がぼつと現れ、引き伸ばされた時間の中で精一杯輝いた後、巨大な竜のような、流れさる雲のような渦になり、その白く透明な筒の中にその身を躍らせた。
-『白竜砲』-
轟きを響かせながら、超高密度の力場波動は、祿菟の体を一瞬で、その灰ごと消し飛ばした。
・ ・ ・
山の木々の隙間から現れた朝日が、立ち並ぶ廃ビルに横向きの影を差し込んでいる。
朝色の雲たちはゆっくりとその流れに身を委ね、くねっていた。
複数棟のビルが、斜めに撃ち穿たれ、その身に煙を燻らせる風変わりな風穴をこしらえていた。
鼠色の夜は終わりを迎えた。
朱叉十村に、朝がのぼる。
・ ・ ・
...瞼が重い。
というか、瞼だけでなく、感覚全てに重石が乗せられたような、そんな感覚。
とてもふわふわしているけど、なぜか押さえつけられているような気がして、意識が定まらない。
私はーーー死んだのだろうか?
よく思い出せない。
最後の瞬間、何を口走ったのかすら、よく覚えていないのだから。
もし私がそう言っていて、彼がその通りにしたのだとしたら、今頃私はどこにもいないのだろう。
それ以外に、どうしようもなかったのだから、もうそれでもいい。
どうせ死ぬなら、暖かい人の手で死んだ方がよほど良いと、割り切ったのは自分なのだ。
だが、本当にそうしたかったか、と問われれば、すぐに否定するだろう。
誰が望んで死を選ぶものか。
誰が生を捨てるものか。
誰が...
その時、真っ暗な感覚の荒野の中に、一つの光芒が瞬いた。
何か聞こえる。
私は、感覚の世界の中を、その光の方に、ゆっくり、少しずつ、引きずる足を動かしながら歩んで行った。
次第に、その輝きは大きくなっていく。
あと少し。
世界が見え始める。
あと、もうちょっと。
感覚が、その輪郭を取り戻していく。
あとーーー
光。
「...はくれ!」
ぼんやりとした視界が、すうっと滑り込むように、記憶の最前列に映し出された。
青い、空の下に、幾つもの顔が並んでいた。
・ ・ ・
次回こそ、第二部完結です。
長々と引き伸ばして申し訳ありませんでした...




