第二十三話 朝焼けの村
第二部-揺籃-編 これにて完結です!
「目が覚めたか」
機械の声がする。
「...良かった」
零吉が頭上で、長い安堵のため息をついた。
彼も無事だったんだ。
私もつられて安堵する。
「おお、目覚めた」「良かった良かった」
皆口々に、安堵の言葉を述べている。私含め、安堵ムード一色と言ったところか。
ーー知らない人がたくさんいる。
人の姿に似通っているものもいれば、逆も然りという風に。
皆一様に、不安そうな額を集めている。
こんなにたくさんの人が。
「...っ!」
「おっと、まだ起きない方が良いぜ。結構やっちまってるからな」矢津千が言う。
零吉が、肩を支えて起こしてくれた。
...そうだ、思い出した。この左肩。
衣服についた染みはまだ生々しく滑っていて、時の経過が無いことを物語っている。
あの祿菟とかいう男は今どうなったのだろうか。こうして私が生きているなら、もしかすると彼に助けられたのかもしれない。もしそうだろうが、ともかく、どこかにいるなら、一発殴ってやらねば気が済まない。
そんな私の心を読んだように、矢津千が呆れ顔で言った。
「祿菟のことなら、もう安心しろよ。こいつが、お前の仇はきっちり取って、きちんと消し飛ばしてくれやがったからな。おかげで、俺がぶん殴る暇もなかった」
零吉はばつが悪そうに顔を背けた。
「...出力を抑えるのが難しいんだ」
「はは、ロボットの癖にそんな顔もできるのか、お前」
矢津千が茶化す。
「まあ、誰も巻き込まなかっただけ良しとしましょうよ」
スリ男改め甍が宥めるように言った。
「あっ、思い出したぞ。こいつだ、この人の鞄を盗んで行ったやつは」
「本当だ、こんなところにのこのこ出て来てやがったのか」
彼の隣にいた獣のような男が言い始めると、たちまち彼の目撃情報が殺到した。
「はくれさんと一緒にこいつを追いかけてたら突然、建物の中に潜んでたこいつの仲間にぶん殴られて意識が飛んでたんだ」
「俺なんかそこの通りで三体一で相撲までしたぞ」
「階段なんか登れたもんじゃなかったぜ、全く」
ざわざわ、という擬音が目に見えるようだ。
「矢津千さんこいつですよ!通りの治安をよくもかき乱してくれやがってこの野郎、もう成敗しちゃってください!」
「やっちまえ!」
威勢のいい罵声が飛び交う中、甍は背を丸くして暴言に耐えていた。
何とかしてくださいよ、と言わんばかりに、ちらと矢津千を見やる。
疲れたため息をついてから、矢津千は通る声で一括した。
「おいお前ら、一旦落ち着け」
手で抑えたように、ぴたっと声が収まった。
「あのな、俺の真横にいて気がつかねー訳ねーだろーが」
それはそうだが、と決まりの悪い呟き。
「こいつはそのスリの腕で祿菟の野郎の持ってた解毒剤を綺麗に取りやがった...それも、見事な動きでな。こいつのおかげで...」
言葉を切り、はくれの頭を拳骨で小突く。
「...こいつは生きてるようなもんだしな。それに、もうこいつは一発ぶん殴ってる。これ以上殴ったら死んじまうぜ」
甍は、感謝するような、怯えるような目つきで、軽い礼をした。
住民たちは不服ながらも、一応了承はしたようだった。
「...こいつこいつ訳わかんねーよ、もっと分かりやすく言え!」
ーー野次を飛ばした住民が一人背負い投げに遭ったのを見て身を引いたのかは、想像に任せるとする。
・ ・ ・
十分もすると、皆の喧騒は散らばり始めた。昨夜あった騒動を伝達する者がいればそれを聞いて飛んでくる者もおり、人客は絶えなかったが。
「一応、あらかたの処置は済ませておいた。十分に栄養が摂れていれば、二週間程度で回復するはずだ」
零吉が包帯を巻き直しながら説明してくれた。
おお。と感嘆の声が漏れる。
人間世界(と言っても既に旧世界だが)の技術の進歩もさることながら、この村での医療は特に発展しているな、と改めて感じる。
それにしても、チャユの蜜、こんなに私だけがだばだば使っていても良いのだろうか。
ーー持ってきてくれたガラさん曰く、従業員サービスだとか何とかだそうだが、私はまだ一日しか働いていない。従業員どころかバイトとしても認めてもらえてないレベルだ。
親切を受け取っておくに越したことはないので遠慮なくいただいておいたが。
「あ、そうだ、僕すっかり忘れてました」
甍が懐を探る。
この子の一人称、僕だったんだ...経歴も加わって、少し、意外。
「矢津千さん、これ」
いそいそと取り出したのは、三つの白く丸い何か。
「お前...これ...」
矢津千が手にとって、目を見開きながら回して観察している。
「元はと言えば、私のためにとっておこうと思ってたんですけどね、そのお薬」
...確か、祿菟が最初に拓巴に交渉を持ちかけた時、見せた薬。
戦闘のごたごたに巻き込まれ、無くなってしまったものと思っていたが、祿菟は最後まで爆破しなかったようだ。
ただのハッタリだったのだろうか?あるいは、爆破させる意味が無いほど早く交渉が決裂して締まったからなのか。
真偽はもう誰にも分からない。
「ーーー礼を言うぜ、甍」
矢津千は、湧き出る感情を必死に押し殺したような笑みを浮かべながら、そう言った。
・ ・ ・
「相談があるのだが」
「...何だ唐突に」
零吉は、それじゃ、俺は帰るぜ、と言って歩き出した矢津千にそう声をかけた。
はくれは彼の横につき、神妙な面持ちを並べている。
零吉は少しためらってから口を開いた。
「彼女を...守ってやってくれないだろうか」
「...は?」
いかにも、全くの想定外だ、という顔である。
零吉は続けた。
「昨夜の一件で俺は痛感した...まだこんな奴がそこらにいる所で、一人で彼女を守り抜くことは難しいと」
「...」
「君の事情もあるのは分かっている...無茶な要求だという事も承知だ。だがーーー」
「良いぜ」
にやりと笑う。
八頭地は、零吉の言葉を遮って、そう言った。
「...妹の病気の薬を手に入れられたのも、間接的だがはくれのお陰でもあるしな。ーーー気にすんなって、ろくに事情なんてもん、持ってねぇよ」
零吉の顔が緩んでいく。
「......そうか...」
私は腰を折って礼をした。
「ありがとう」
自然と口が動いた。
「ったく、大袈裟だよ」
涼しい風が言葉を運ぶ。
陽が高く登った空は青く、はけで適当に描いたような雲がまばらに吹き散らかされている。
激動の三日が終わり、新たな日がその身を輝かせていた。
ーーーしかしこの騒動も、静かな湖面に投げ入れられた石が作り出した、最初の飛沫に過ぎなかったのである。
その事を彼女らが知るのは、まだ、先の話。
運命はまだ、眠っている。
ここまで読んでいただきありがとうございました!次話より、第三章に突入します。
次話以降も是非、お付き合いください!




