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かげろうの村  作者: 壱崎ノル
第二章 揺籃
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第二十一話 攻撃型





「面白い事を言いますね」


祿菟(ろくつ)は首を鳴らしながら嘲った。土煙たち登る瓦礫を踏み越え、路地へと足を戻す。


「勝ったつもりにならない方が良いですよ。私はいつでもーー」


 言いながら、外套から啖雷針(からす)を一つ取り出す。


「ーー彼女を殺せる」


淡々と言い放つ。まるで、そうすることに何の問題もないかのように。


「君たちは動いて話す彼女が欲しいのでしょうが、私は違うのです」


手を広げておどけたように言う。


「脅しのつもりか」


「私にとって既に、生きている彼女は必ずしも必要では無い」


鉄球を持つ手を振りかぶり、零吉に向けて全力投球。しばし直線的に飛行し、啖雷針は間も無く円錐型に変形。


青白いジェットがその底面から噴き出したかと思うと、啖雷針はほぼ直角に向きを転換して上空へと突き刺さるように伸びていく。


「これは最後の交渉です」


そういうと、口を引き伸ばし、悪魔が取り憑いたような笑みを浮かべた。


啖雷針はその言葉に応えるように、ぴたっと空中で静止した。


「私の合図一つで、啖雷針は彼女を破壊できる。面倒臭い君の友達二人も一緒にね」


零吉は拳を握りしめ、沈黙を保っている。


「彼女を肉の塊にしたくなければ、今すぐ抵抗をやめ...」


言葉は途中でぷつりと切られた。彼の足元で小石が爆散したからだ。


祿菟の右の頬に、すうっと赤い筋が入る、筋は徐々に広がり、赤い液体を滴らせるようになった。



「そいつぁ願い下げだぜ」



祿菟の頭上から声がする。


矢津千がいくつもの石を構えてニヤニヤ笑っている。



()()()はお前のとこに行くくらいなら死んだほうがマシだとよ」



「私は彼女の言い分など聞いてはいません。大切なのはあなたたちが彼女を渡すかどうかということ」


言い終わるが早いか、零吉は路地の最奥に立つ祿菟へ向かって一直線に突っ込んだ。少し遅れて風が巻き起こるが、その頃には彼は既に祿菟に攻撃を繰り出していた。


常人なら目で追うことすらも難しいその速度をのせ、振りかぶった拳を祿菟へと叩きつける。


体を左に反らし、回避。零吉は空を切った拳を再び胸元に構え直し、突っ込んだ速度を落とさずに後ろ手に蹴りを放った。


 凄まじい速度ですね...ですが、避けきれない程でもない。


足を折り曲げてしゃがみ込み、頭上をかすめた足を確認する。


死角からの攻撃も何とか避け切った祿菟は、二、三度はねて距離をとった。



元から決断していた、交渉決裂である。



「馬鹿な人ですね、あなたも。折角私が殺さなかったというのに」



にやと笑うと、手をかかげて令を飛ばした。


彼の頭上で待機していた啖雷針が、青白いジェットを再点火し、はくれの元へ加速していく。



零吉は低くつぶやいた。



「はくれに死などーー」



拳を握り締め、肩のパーツから腕先にかけて徐々に変形させていく。


その流れは波のようにうねりながら、手の甲から肘にかけて埋め込まれた一つの砲身を形成した。肘から突き出した開口部は黒く螺旋状に(くぼ)んでいる。



「二度と与えぬ」



・ ・ ・



はくれを河紗から救出し、祿菟に奇襲をかける、その直前のこと。



ーー不意に、思い出した。



というより、常に思考を覆っていた一つのフィルムがまとめられ、目の前に置かれたかのように、今まで感じていた感覚が流れ込んできたと言う方が正確だ。


それは、遥か三十年も前の記憶。



過去を綺麗さっぱり忘れ去ろうと、そして消し去ろうとした自分が、新しく生を得た日の事を。



・ ・ ・



「...よーし、聴覚センサは正常だ、作業ここまで。みんな、今日はありがとう。帰ってくれて大丈夫だ」



...目が見えない。


しかし、さっきまで真っ暗だった思考の中に、突然、音という感覚が蘇った。それだけで、自分はまだこの世界にいるのだと理解できた。


自分のすぐ側で誰かが会話している。中年の男だ。


誰なのかはすぐに分かった。先日、何もかも嫌になった俺を死から(すく)い上げてくれた研究者の男だ。どれくらい前なのかは定かではないが、一週間は経ったと思っていいだろう。


複数の足音が部屋から退出すると、その男は俺に話しかけた。



「...聴こえるかい、零吉?」



零吉?


それが俺の名なのだろうか。


しかし本当にそうだったのか、よく思い出せない。もう長い間誰にも呼ばれていなかったから、代名詞が型について閉まっている。古い記憶は煙のように曖昧で、掴もうと思えばすぐに消えてしまう。



「ああ、君の新しい名前だよ。忘れたがっていたから、私が付けたんだ。君は初作だからね。」



そうか、この男が付けたのか。


私はそう思って少し安堵する。



「...俺は...成功したのか...?」



思ったよりも、機械らしい声になったものだ。


男は突っ込むようにすぐに返した。



「大成功だよ、零吉。そうして疑問が持てるのはとても良いことだ」



それなら、良かった。


俺はない息を吐いた。


しかし、と彼は続ける。



「電子頭脳と君の脳の接続は、あくまで補完程度に留まっていることを忘れないでほしい。初作機だが、君はテスト機体だという事もよく覚えていてほしいんだ。思考演算能力は、ヒトの脳を少し強化しただけということをね。だから、私から君に言えるのは...」


気まずそうに、少し間を置いた。


「...君は、誰かを守るのには向いていない。特に、誰かを守りながら戦うことにはね。だから君には、動いてもらうことは恐らくないだろう」


「分かっている」


俺は機械の声帯を動かした。


あくまで自分は、テスト機体として生を得るためにこの男の提案を受け入れたのだ。


そして俺の結果を元に生まれた兄弟たちが彼女を守る役を全うしてくれるのならば、俺はそれで一向に構わない。



もとよりそういう覚悟で、俺はここに来たのだから。



男はまた話し始めた。



「...君をもし私が起動させたら......君以外に、人を守れる者が側に現れるまで、このことは()()()()()



子供に約束を迫るように、優しく、だがきっぱりと男は言った。


ーー忘れてくれーー


その言葉は、俺の頭脳機関の奥深くに命令(プログラム)として刻み込まれた。



「君は私の初作にして既に最高傑作の水準にあるが、それはあくまで他者への攻撃という観点においてだ。...時が来るまで、君は自分自身が攻撃型だという事を思い出してはいけない。彼女を守り、その無事を確保するのは他の者の役目だという事をね」



私は深く頷いた。それは彼の言葉が刻み込まれた証でもあった。


...その後間も無く、俺は眠りについた。おそらく二度と覚めないであろう、深い眠りに。



ーー機械に対する命令(プログラム)は絶対である。



彼の言葉はいつしか私の深層心理に潜り込み、目覚めた俺の行動をも支配していた。


自分自身の行動に違和感を覚えることがあったのは、そういう事だったのだ。



ーーその時が来るまで、忘れてくれーー



矢津千拓巴は信頼できる守り手だ。あの反応速度を持ってすれば、はくれを守り抜くことなど容易いだろう。



既に、条件は施錠解除(アンロック)された。



・ ・ ・



零吉は今、研ぎ澄まされた精神の中、はくれを爆破せんとする円錐を見つめながら、静かに思考した。



そう、思い出した。



俺は元より、攻撃型(アタッカー)だ。





ーー思考を一点に集める必要がなくなった今、その力の解放を妨げるものは何もない。





零吉はやっと、真の意味で目覚めたのだった。










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