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かげろうの村  作者: 壱崎ノル
第二章 揺籃
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第十三話 電軸通り



思えばあの時、私は混乱の只中にあった。


目が覚めてから非日常の連続。不思議な部屋に、幻想的な破壊の光景。


そして、あの鳥居。


見るもの全てが夢の中のように実感がなかった。


今でこそ現実だと理解できているが、当時は自分の置かれた状況を理解することで手一杯だった。


人類が丸ごと消え失せたなど思ってもいなかった私は、人影なんかにはそれほど意識を向けていなかったのである。


そんな、記憶の中の『どうでもいいフォルダ』にしまわれていた大切な事が、唐突に、なんの脈絡もなく、目の前に落とされたのだった。



今対峙している相手は、間違いなくその時の人物だ。


根拠はないが、何かが私にそう確信させている。



相手はただじっとこちらを見つめている。


私は何をすれば良いのか分からず、話しかけてみようとも思うが何を言えば良いのか、そもそもあの距離に声はちゃんと届くのか、とか、ぐちゃぐちゃにもつれる思考回路に四苦八苦し、ただ見つめ返しただけだった。


あの時と同じ、奇妙な沈黙が降りる。


風が二、三度、ゆっくりと私たちの間を滑っていった。



先に動いたのは、人影だった。



右手をゆっくり、肩の高さより少し上くらいに掲げ、ゆっくりとその掌を振ったのである。


挨拶、だろうか。


ようやく何をすべきか分かった脳が、反射的に、ほとんど考えることもなく、同じように手を振らせた。もう一方の手で持つ袋ががちゃがちゃと音を立てる。


まるで親しい友人と向かい合っているような気分だ。


緊張は自然にほぐれていった。


初対面の相手に挨拶なんて、ありきたりかもしれない。けど、挨拶にはこんな効果もあったんだ。



それは、人間として、人と人との間を繋ぐ、人間らしいことに思えた。



二、三秒手を振り合った末、相手は手を下ろした。



「また、明日」



人影は、大きく、しかし落ち着いた声で私にそう言った。


私と同じくらいの歳の、男の声だった。




・ ・ ・




がちゃり、と玄関の扉を閉める。鍵はかけない。どうせすぐに零吉が帰ってくるから。


木の廊下はひんやりと冷たく、靴下越しに秋の訪れを感じさせた。


歩を踏む毎に少し軋む音がする。ここも、いつかは補強しないと...


居間に通じる襖を開け、照明をつける。二、三度踏ん張ってから、ダイニングテーブルの上に取り付けられた暖色灯が部屋を照らした。


小さなテーブルに、さっきいただいた特製ジュースを置いてから冷蔵庫の扉を開ける。ひんやりとした涼しい空気が首筋に触れる。


...量的にも涼しかった。


あるのは、昨日と今朝の残りと、改修中に見つけた非常食くらい。


所謂(いわゆる)、すっからかんである。


ため息をつきながらジュースをドアポケットに落とし込んでいく。


今夜はもう一度出向かねばなるまい。


面倒臭さに混じって、少量のわくわく。


幸い、金なら自分の部屋(だった場所)から発掘できた。この村で通じるのかは不明だが、許してくれると信じたい。


バッグを担ぎ、懐かしい柄の財布をぶち込んで靴紐を締めた。



ーー見せてもらおうか、村一番の性能とやらを!



いざ、電軸通りへ。


スライド式の古戸に手を掛けた。



・ ・ ・



「ただい「うぉわっ!?」



戸は想定よりも軽く滑り、目の前に巨体が現れた。びっくりして数歩後ずさる。


「なんだはくれ、また行くのか」


零吉が平然とした態度で聞いてくる。ロボットに驚くというプログラムはないのか?


「ん、食材切れてたから」


若干呆れながら答える。


「何か食べたいものとかある?」


古めかしい草履を脱ぐ零吉に後ろ目で問う。嗜好があれば、の話だが...


彼は少し考えてから、「饅頭」と答えた。


饅頭か......


了解してから、戸を閉めて歩き出した。庭の石畳を抜けて、通りにでる。広がる草原にかかる空は既に青く染まり始め、縁の赤い筋雲が高く連なっている。


相変わらず虫は甲高く鳴いている。


左奥手には、昼に行かせてもらったチャユの採集所のある山がある。それを知って見てみると、この光景もまた違った景色に感じられた。


...お金が余ったら、私も一つ買っていこう。


なんて、甘い妄想を膨らませつつ、本日二度目の電軸通りへ向かった。



・ ・ ・



ガラさんの売店はすぐに見つかった。


彼女の売り文句の「この村一番!」とどでかく書かれた看板が、地図付きで商店街の入り口付近に置いてあったのですぐに着くことができたのだ。当然、その売店にも同じ文字の看板が立てられていた。なんと分かりやすい。


店幅は思ったより広く、七、八米はあるだろうか。奥行きもそこそこあり、繁盛しているのが見てとれた。


店の右奥にカウンターがあり、ガラさんによく似た緑髪の、私より若干小さいくらいの男の子が座っていた。


私をみるなり彼が私の名前を叫んだものだから、注目慣れしていない私は相応に驚いた。



近くで見てみると、ますます似ている。彼の場合、麦わら帽は被ってはいないものの、鼻の上あたりで整えられた長めの前髪が、同じように目を隠している。白いツノも生えてるし。今は短髪だが、伸びたら本当に見分けがつかなくなりそうだ。


「いやあ、ウチなんかに来て下さってありがとうございます!」


いきなり感謝された。褒められてもない私は、しどろもどろで、あ、はい、こちらこそ、と意味のわからない返事を返した。


「はくれさんは大丈夫なんですか?こんな仕事、大変でしょう。僕も畑仕事の方を担当する時は」


「大変ですけど、ガラさんには優しくしてもらってますし平気です。それに、こんな良い仕事をさせて貰えてるだけでも幸運なのにこれ以上求めたらバチが当たりますよ」


そうなのだ。


確かに、チャユの蜜の採集後に実際のガラさんの仕事を体験したときには物理的にも腰が抜けたものだが、ガラさんも良い人だしそれなりに良いものはもらえている。自称であれど、村一番の仕事場につかせてもらえて、私はかなり幸せ者なのだろう、と思っている。


彼は、"ガラさんに優しくしてもらっている"のあたりで眉間に皺を寄せ、言い終わったと同時にさらに怪訝な表情になって問うてきた。


「重ねて聞くんですけど、大丈夫なんですか?」


「...何がですか?」


「えっと......あなたはどのくらいの面積を担当されたんですか?」


少し考えてから言う。


「.........角っこ、ですけど......あ、あとはチャユの蜜を採ったりとか...」


「............」


「...............」


沈黙。


外の喧騒がより大きく聞こえる。


何か、マズいことでも言ったのだろうか...?


なるほど、と前置きしてから彼は言った。


「僕の時は半分くらい手伝わされましたよ。まあ僕とあなたで彼女と関係が違うってのもあるかもしれませんが...多分あなた、見た目良いからあの人もキツイことさせられなかったんでしょうねぇ」


いやはや、と言った風に首を振った。


半分...あの面積の、半分!?...関係が違うとはどう言うことだろう...というか、しれっと褒められてる...?嬉しいような恥ずかしいような...


どう言葉を受け取って良いのか決めあぐねているうちに、またも彼が切り出した。


「あ、すいません折角きて下さったのに...何か、欲しいものありますか?ウチは大体揃ってると思いますよ」


あ、そうだった。夕食の材料を買いに来たんだった。


と言っても、どの野菜がどういうものか全然分からない...


・ ・ ・


その後、どういう味のものが欲しいかを一つ一つ説明しながら、彼が指差した想像とかけ離れた見た目の野菜をカゴに入れる、という作業を繰り返した。匂いは普通の野菜のソレだが、カゴの中身は次第に混沌を帯びていく。本当に大丈夫か、これ?


見た目と匂いが全然一致しないが、この際仕方ない。一つずつ自分で食レポするのだ。


未知への挑戦と期待。


既に懐かしいあの同級生も、こんな気持ちで食べていたのだろうか。


そんなことを考えながら、財布から銭を取り出す。幸い、この村でも日本円が使われているようだ。特別な石以外使えないとかだったらどうしよう、などと考えていたのでホッとした。


売店の少年に別れを告げ、店を出た。


彼の名はイラ君と言うそうだ。ガラさんの息子らしい。


色々なところで妙に納得した。



・ ・ ・



...気軽に『饅頭』と言われても、そもそも和菓子屋が生き残っているかどうか...


というか、食文化が異なれば和菓子も消滅していそうな気もする。


若干の不安を抱えながら、とりあえずお菓子屋を探す。お菓子屋なら、饅頭の一つくらい置いてあっても良いでしょ...


幸いにして、お金はまだまだ余っている。ガラさんの売店で思ったよりも出費が少なかったのでかなり節約できた。私の分も十分買えるだろう。


そんな財布は、数々の怪しい野菜と共にバッグに押し込まれている。


そのバッグを左手に下げ、首を振ってお菓子屋を探していた訳だが...




突然、ふっ、と左手が軽くなったような気がした。誰かが私の(そば)を後方へ駆け抜けていった。


目をやると、持っていたはずのバッグが、丸ごと消え失せている。


咄嗟に振り向くと、小柄な、高いツノの生えた男が私のバッグを抱えて全力で逃走しているのが見えた。


彼はちらっとこちらを向くと、してやったり、という風にニヤリとわらった。




ーーやられた!




完全に油断していた。左手は野菜たちの重みに負けて九十度くらいに曲げていたので、ちょうど取りやすい形になっていたのだ。


ここでは注意しろ、と父に何度も言われていたのを思い出した。


昔ながらの電軸通り名物...



電光石火の、スリである。












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