第拾弐話 影
ガラさんのコンセプトは大根だったりします。でも足は細いです。
「...揃ったようだな」
朱叉十村のはずれ。治安の悪化が少しずつ重なり、今では寄り付く者も少なくなった、この村唯一の幽霊地区。
じめった石畳が入り組み、住む者の消えた家々が修繕を重ねた錆びた壁とトタンの軒で影を作り、雑草が壁の足元からその身を伸ばしている。
活気の無い鼠色の道。高い廃ビルの狭間、青い空の色と対照的にその空間は影に染まっている。電線や壊れた機械が入り混じるその路地に、五つの人影が肩を寄せ合い、小声で何かを話し合っている。
呟くようにして言ったのは長身の男。フードで目は隠れ、表情は伺えない。死神のような気配を纏い、全身を墨色の衣服で覆い隠している。
その隣の機械をその身に埋め込ませた体格の良い男が、思い出すように呟く。組んだ腕がぎしっと軋む音を立てた。
「来ていないと言うことは、計画は順調に進んでるみてぇだな」
「...昨日ノ結果を聞こウか」
不定形、黒い煙のような形をした者が掠れるような声で言った。顔に類する部分には、縦の単眼が白くのぞいている。
フードを被った別の人物が言う。片目は義眼で、望遠機能を兼ねた金のレンズがわずかな日光に照らされ鈍く光った。
「...土のものは予想通り、あの義成の機械人形にやられた。生きていればまだ使えたかもしれないが、どのみちこの作戦で捨てるつもりだった。問題はない...次に、あの新入り、鹿賀手と言ったか?あいつは冥蓮の娘と接触は成功したようだ。冥蓮の娘の無力化中に邪魔が入って第一計画最終段階までは到達できなかったようだが」
「...上出来だ」
長身がほくそ笑む。その微笑は、死を孕む虞に満ちている。
不定形が聞く。
「鹿賀手は今どウしてルんだ。通信が途絶えテいるようだガ」
フードはため息まじりに言った。
「...奴は矢津千に殺された」
皆の微動が消えた。しん、と空気が地に落ちた様に静かになった。
「...なるほどねぇ」
機械の男が楽しげに呟いた。
「それは確かな情報か」落ち着いた口調で長身が聞いた。その声には氷すらも凍らせるような冷気が含まれていた。
フードが口を開く。
「間違いない。私は鹿賀手の遺体をこの眼で見てきたが、やつのやり方で間違いなかった。脳天を、一撃だ」
「...鹿賀手の存在が向こうに知られた以上、私たちの事も知られている可能性も考慮すべきか...」
機械の男と長身の男を挟むように位置する、女の声が言った。微かな風に黒いつややかな髪が揺れた。やはりフードを深く被り、表情はよく伺えない。
「いや、鹿賀手だけではまだ分からないだろう。あいつは元々乱暴者として名高かった。あの女をもし持ち帰っていたとしても、狼藉が一線を超えたくらいにしか思われなかっただろう」
誰かが言う。
長身が口を開いた。
「...まだ失敗した訳ではない。先日の件はあくまで最も簡単な方法が一つ潰えたに過ぎない。他の策などいくらでもある...第二策、今日はそれを伝えるため集まってもらったのだ」
空気がぴんと張り詰める。
風が空を切る音が、静寂に飲まれて消えた。
「鹿賀手による接触が成功し、村への正式登録が完了した以上、冥蓮の娘を使う意味はもはやなくなった...次は」
長身は、フードの下から燃えるような灼練の瞳を覗かせた。細く、筋のように広がる瞳は、全てを見下しているかのように佇んでいる。白い髪が風に巻かれ、煙のように揺らめいた。
彼はその細い唇から言葉を吹き落とした。
「神宿の子を狙う」
淡々と、しかし重厚に、司令は伝えられた。
「樓頭、メルスは揺動だ。奪取完了まで義成の人形達と矢津千共を引きつけておけ」
「了解」「あいよ」
フードと機械の男が答える。
「クロウル、お前は遊撃だ。お前のその能力は都合が良い...戦況に合わせて陽動か奪取、どちらかに加われ」
「了解ダ」
「私は奪取に回る。亞炷、援護を頼む」
「分かった」
女が頷いた。
「決行は奴の制御が薄い一週間後だ...それまでに各々、計画の伝達を行なっておけ」
冷ややかな笑みを浮かべる。
「以上、散」
令を承った四人が一瞬にして、音もなくその姿を消した。
再び静寂が場に降りる。
一陣の北風がビルの狭間を吹き抜けた。それは嵐を呼ぶ鳴き声のようだった。
一人残った長身の男、喰侍は、その紅の瞳をたぎらせて呟いた。
「...荒虞珠...お前の本当に作りたかった世界を見せてやる」
優しげに、だがどこまでも冷淡に。
その身は限りなく暗く、夜色に染まっている。
・ ・ ・
先刻、ガラさんからチャユの蜜の採集方法について教わった。
その畑は思ったよりも小さく、昔見たテニスコート位だった(果たしてこれが小さいかどうかは不明だが、ガラさんの担当する面積を見てからでは目がおかしくなるので仕方ない)。木々に囲まれ、影が多いが、チャユは日光をさほど必要としないためそれで良いという。
畑の隣には物置と手押し車が一台置かれていた。小屋や売店に運ぶためだろう。
ちょうど収穫期で、細い幹にオレンジの宝石のような実がたくさん成っていた。どれも透き通っていて美しく、茎と繋がっている部分には種子が透けて見えていた。
曰く、実をもぐこと自体は簡単にでき、ただただ実を集めるだけならこちらの方が楽である。
しかし、実を茎から取り外してしまうと、途端に質が落ちるという。チャユは体の中に動物のような循環器感を持っていて、血液のように栄養分が巡っている。チャユの実はその栄養分の保管所になっているのだが、その栄養分は血液と同じく、長期保存が難しい。茎から外した瞬間から劣化が始まってしまうのだ。
だから、チャユの蜜は実を取り外して絞ったりするのではなく、実から直接抽出する。
採集装置に付けられた注射針を実に突き刺し、扇子のような装置を開閉し、気圧の差で一気にフラスコのような容器に吸い取る。
このフラスコ型容器に付けられた機械では、チャユの元の循環システムを擬似的にだが再現できる。だから、劣化を大幅に減少させることができると言うのだ。そしてこの容器は本体に脱着可能なため、満タンになれば予備と取り替え、連続的に収穫することができるという。
...蜜の劣化の原因とか機械のつくりなどは全然理解できなかったが、やる事については理解できた。
なるほど、この針を実に刺して、扇子を動かして蜜を吸えばいいのね。
それがわかっていたら十分だと思いたい。
その後はガラさんも自分の仕事に戻り、私も蜜を吸うことに没頭した。
説明だけ聞いていると簡単そうに思えたが、これが案外難しい。
この針は根元が太く、先端が細くなるという円錐型をしている。だから最初の時点では先端だけを刺し、穴が広がってきたらもう少し押し込んで針の太さを穴に合わせ、蜜がその穴から漏れ出ないようにしなければならない。
のだが、この実、かなり柔らかい。
針のような尖ったものが触れると、すぐにぷつんと穴が開いてしまうため、穴の大きさが想定よりも大きくなって全然収穫できなかったりすることがあった。
しかしそんな作業でも二十分もすれば容量が掴めてきて、全ての収穫が終わる頃には一つの実にかける時間は十秒を切るまでにもなった。慣れは力である。
かなり失敗してしまい無駄になってしまった実も多かったが、後のガラさんに言わせれば『気にすんな』だそう。それで良いのか、とも思ったが、情け深いお言葉、ありがたくいただいておいた。
その後、ガラさんの収穫もいくらか手伝い、ガラさんの収穫速度の速さに腰を抜かしたりした。
とにかく、私の初めての『仕事』と言うやつは、この日はこれで幕を下ろしたのである。
・ ・ ・
「ほい、今日はお疲れさん!」
畑のど真ん中、物置兼待機小屋のテーブルに、透明な液体の入ったびんがどんと置かれた。
プラスチックのカラフルなコップが二つ置かれている。
椅子に座った私は、私の分のコップに酒のような匂いのする液体がとくとくと注がれていくのを眺めていた。
ふんわり漂う独特の甘い発酵臭。コップの淵からは泡が小さく沸き立っている。
飲めってことだろうな...
私はまだ十五なのだ。確か未成年が飲むと脳に悪影響がどうたらこうたら、日本では禁止されていたような気もするが...
「飲みな」
一見、ただの水が入ったコップである。
しかし匂いは強烈だ。
ガラさんは一足先にグイッと飲み干し、堪んないねぇ、と言った。
恐る恐ると言ったふうに私は質問した。いくらなんでもリスキーすぎる。
「あの、これ、お酒じゃ...ないんですか」
「んん?」
ガラさんが影で隠れた顔で怪訝そうな表情をした。何言ってるんだ、という。
「え?」
...違うの?
「違うさ。こいつは、うちの畑でとれたクキナシを発酵させてチャユをちょっぴり混ぜた、私の特製ジュースだよ」
そうだったのか。道理で少し甘い匂いがした訳だ。お酒の匂い、と言うより、発酵臭だったのか。
「だいたいあんた、まだ十五、六そこらだろ?お酒なんか飲んじゃぁだめじゃないか」
それは私が言おうと思ってたことなんですが...
まあお酒じゃないなら良いだろう。ガラさんの特製ジュース、一体どんなものか。私はプラスチックのコップを握って、ガラさんを真似して気前よく一気に飲み干した。
一瞬鼻をつく強烈な植物特有の匂い。しかし嫌ではなく、突き抜けるような爽快感がある。続いてやってくるチャユのふんわりした甘みと、牛乳のような、透明のはずなのにまろやかな食感。それが残す余韻がじんわりと味覚を満たしていった。
「...美味しい」
普通の飲み物とは一風変わった、クセのある飲み心地。
さすが、この村一番を自称するだけはあると思わされる一杯だった。
「はは、気に入ってくれたら何よりだよ」
聞けば、これは電軸通りに出している売店でもメイン商品の一つで、この独特の風味と飲み心地にリピーターが急増しているらしい。
この村らしい、面白い飲み物だった。
その後、駄賃や近況についてしばし語らい、今日の勤めは終わった。
初仕事ということで、お土産に例の特製ジュースを瓶詰めで何本かいただいて、帰路につくことになった。
楽しい一日だった。
・ ・ ・
電軸通りに向かう畑沿いの道を荷物を提げながら歩いていく。
西には朱い夕日が地平線にちょうど乗っかる様にして輝いている。
作物が作る影はその身を長く引き、私の影も歩く拍子に合わせて面白く変化した。
これからも、こうして暮らしていくのだろうか。
赤と黒に染まっていく景色を見ながら、ぼんやりとそんなことを考えた。
気の良い店長の元で農業を営み、帰るべき家に向かう。陽が落ちて、また上れば、同じ日を繰り返す。
そのうち、隠されて見えなかった大切なことも分かってくるようになったり、何か奥底に眠っているものに気づいたりするのだろうか。
そうやって『普段』を少しずつでも作れたら良いのに。
少し立ち止まって、大きく伸びをした。積もっていた疲れが溶け出していくような心地よさがあった。
吸い込んだ空気は土の匂いがする。だけど、清々しい。
ふう、とひと息ついてから、また歩き出そうとした、そのとき。
目の橋が、黒い人影を捉えた。
「!」
畑を二つ挟んで向かいの道。その奥には電軸通りを沿う河川敷があり、広く流れる川の水面に日光が反射して白く煌めいている。
ひどい逆光だが、帰ってその人物ははっきり見えた。
...私はその影に見覚えがあった。
最初にこの世界で目覚め、円形にくり抜かれた巨大施設を見た時。
あの鳥居の後ろにいた人物と同じだ。
直後に遭遇した煙鯨の件も含めあまりにも色々なことがあって忘れていたが、今になってようやく思い出し、電撃が走ったように私は硬直して動けなくなった。
西日と逆光の中、それがこちらを向いた。私に気付いたのか、じっとこちらを見て動かない。
人影。
本能がびしびしと震え、第六感が答えを告げている。
あれは、人間だ。




