第十一話 再会
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土の匂いが充満している。秋の風が作物の頭を涼しく撫で、彼らはその深緑の葉をがさがさ言わせて揺らした。
どれも、いい具合に大きく育っている。収穫期だろう。
「ああ、あんたが、言ってたその子かい」
「冥蓮はくれ、と言います。お世話になります」
私は手を腰に添えたままお辞儀をした。
上目遣いに、恐る恐るその人を見上げた。
...白い肌、後ろで結った碧の長髪。黒い、袖をまくった長袖に紺のオーバーオールを引っ提げ、黒い厚底の長靴を履きこなしている。目に該当する部分は、深く被った麦わら帽子の影になってよく見えない。人の姿と似ているが、指の本数が多かったりと色々違う点はある。被った麦わら帽子の前からも白い角が突き出している。
...人間と同じとは、とても言い難い。
スタイルは、良い方...なのだろうか。一見すると若い女性のようで、魅力はあるように思える。しかし...
大きい。2米は超えている。
「そんな、頭下げなくてもいいよ。私も、人手が少なくて困ってたとこなんだ」
扇風機が震える様な声で彼女はそう言うと、近くに置いていた用具カゴに鍬を入れた。
「何卒よろしく頼む。俺も手伝える時にはできるだけ来るようにするつもりだ」
零吉が軽く辞儀を済ませた。
え、零吉は働かないの?ニートなの?...行けたら行くって、絶対来ないやつじゃん...
怪訝そうな視線に気づいたのか、零吉が訂正した。
「ああ、俺が労働しないって訳じゃない。俺はあっちの...」今来た商店街の、西の方の煙が出ている煙突を指差した。
「...工場で働くことになってる。流石にあれはお前には無理だからな」
なるほど。理解した。彼にしかできないのなら、仕方がない。
「話はついたかい?それじゃ、早速やってもらうとするかね。」
言いながら彼女は、大きな歩幅で小屋の方へ向かっていった。慌てて後を追う。
今日は見学だけではなかったのだろうか...
「それじゃ、後は頑張れよ」
零吉がひらひらと手を振りながら背を向けて、電軸通りの方へ戻っていった。
...やはり、見学だけではなかったようだ。心の準備がつかぬまま、小屋の方へ駆け足でついていった。
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ガラスの嵌った木の戸を開くと、中は農業の物品で埋め尽くされていた。広さは、あっても10畳程。小屋というより、物置といった方が正確である。土の匂いが充満し、そこはかとなく良い匂いも漂っている。
壁には鍬やスコップ、熊手などがかけられており、部屋の奥の扉の前を除いては肥料や土などが積み立てられている。
「それじゃ、今日からうちで働いてもらうわけだけど...」
腰に手を当てて話し始める。
「あんた、力持ちには見えないね」
まあ、そうだろう。この人と比べても、腕は細っこいし力の無いのも自負しているし、そもそも農業など祖父の家でお触り程度しかしたことがない。祖父が他界してからはほとんど無縁だった。農家の多いこの村では珍しいことだが。
「人間だろ?今じゃ居なくなっちまったと思ってたけど、案外いるもんなんだね。懐かしいなぁ、その感じ。なんでもおどおどしてさ」
人間を知っているのか。この人は、人間のことをどこで知ったんだろう。私の他にも、やはり人間はいたのかもしれない。
というか、まずこの人は誰だ...?
名前を尋ねると、自分が名乗るのを忘れていたことを今になって思い出したようだ。
「ああ、ごめんよ。つい気分上がっちゃってさ。なんせお手伝いなんて久しぶりなんだ」
その顔は心底嬉しそうである。そんな顔をされるとこっちまで嬉しくなってくる。
「私はガラ。この村一番の、八百屋の店長さ。後で、売店の方も見せてやるから、楽しみにしてなよ。今は店番が一人でやりくりしてるけど」
ということは、私含め、従業員はたったの三人。それでこの村一番とは恐れ入る。というか、私は何気に(自称)最高の農家の働き手になったということだ。ここで働けるのは、従業員が少なかったからというのもあるかもしれないが、それでもなかなか良さそうな所である。零吉に感謝。
「ここの畑は全部私のもんさ。今まで一人で作業してたもんだから、手伝いが入って大助かりってとこだよ」
この面積を一人で?まるで常人とは思えない。作業の速さで言えば間違いなく村一番だろう。
「と言っても、あんたに私と同じことをさせるつもりはないよ。あくまであんたの担当は、ほら、あっちに山があるだろ」
そう言って、窓から見える一番近い山の麓を指差した。
「あそこに別の畑がある。広さは、全然大したことない。けど、うちの大事な商品を育ててる。『チャユ』って、知ってるかい?」
聞き覚えがある。確か、零吉の持っていた蜜の名前と同じだ。傷の回復を早めるとかで二日の間に二回も使用したが、あれは村で生産するものだったのか。私は、こくこくと頷いた。
「高級植物にされていて、一部地域でしか栽培できないんだ。その理由は追々話すけど...だから大量生産はできないし、売れる店も限られてくる。うちが儲かっている秘訣さ」
黒い口がニッと釣り上がった。商売の顔である。目が影に隠されたその顔はさながら、悪巧みをするお代官様のようだ。
しかしそんな大事なものを私などが担当しても良いのだろうか。
そんな心配は捨てちまえとでも言いたげに、鼻で笑われた。
「構ぃやしないよ。地域が限られてるって言っても、他にも作ってる場所はある。それにもしそこが全滅したとしても、苗を植えたらすぐ増やせるさ」
そういうものなのだろうか。私はなんとか自分を説得し、私がやってもいい理由をいくつか自分なりに見つけ出して落ち着いた。
「それじゃ、行ってみるかい。ここでグダグダ説明するより、実際に見た方が覚えやすいだろうからね」
そういうと彼女は、壁のフックにかけてあった、注射針とフラスコとうちわをくっ付けたような装置を私に手渡した。
ずしりと重く、しかし持ちやすい形状で、自然と手に馴染んだ。
ガラスの玉が日光を集めて輝いている。奇妙な見た目と美しさを併せ持つ、不思議な機械。
「これ、何ですか?」
「採集装置だよ。チャユの実をそれで吸って、蜜を集めるのさ。まあ、後は見たほうが早いよ。ついてきな」
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道すがら、彼女に聞きたかったある質問をした。
それは、なぜ人間について知っているのかと言うこと。
これについて、彼女も自分自身でよく説明がつかないようだった。何となく知っていた気はするけれども、記憶を辿ってみるとどこで知ったのかよく分からない。人間は一度も見たことはないし、教わったこともない。それに関する育ちの記憶も曖昧で、誰かに育てられたような気もするが、そうでなかったような気もすると。
曰く、俗に言う、"物心"の着いた時には、畑を耕して作物を売り、生活していた。そのことが不思議とは思わなかったし、今までしてきたことを続けているだけだと思っているという。
自分がいつ生まれたのかも、よく分からない。随分と昔だったような気もするが、まだ子供の年齢のような気もする、と語った。
彼女が特別そうなのか、他の住民もそうなのかは分からないが、この会話で何か重大な事に触れたような気がした。
私は、十二年前まで普通に生活していた。朱叉十村も、十二年前には存在していなかったはずだ。
もちろん、見えなかっただけで、同じ空間をいつの間にか共有していた可能性は否定できない。しかし、私が朱叉十村に仮登録される前にも、元の世界にはいなかった生物をたくさん見かけた。
後で分かったことだが、それらの生物は朱叉十村内で生まれた住人以外の生物だったのである。十二年前当時、もちろんそんな生物は一度も見かけなかったし、また誰かが見かけたと言う話も聞かなかった。
となるとやはり、この摩訶不思議な朱叉十村は、十二年前以降に突然、この場所に現れたと言う事になる。
ガラさんの最後の記憶も、約十二年前だと言う。それ以前のことは、まるで別人の記憶のように、ぼんやりと霞んで形にならないそうだ。
十二年前に起こった、何か。
それが朱叉十村を作り出し、住民たちが現れる要因となったのではないか。
では、それは何が起こったのだろう...?
ーーそれは多分暗くて、あまりにも深い闇だ。
家族の死、そして村の崩壊。全く新しい世界の創生。
疑問は堂々巡りを繰り返し、結局、チャユの栽培場に着くまでまともな答えは出なかった。
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「...で?人間の小娘一人を、ガラのやつに預けて自分はこっちに帰ってきたってワケか?あのガキに土仕事やらせて、自分は部屋の中で機械いじりかよ。随分と肝が据わったな。まあ、俺らには肝の臓なんてねぇんだが」
ハハハ、と男が乾いた声を立てた。
よせ、と零吉は嘲で返した。
油の匂いが紛い物の嗅覚をじんわり包んでいる。定期的な駆動音が高い屋根に響き、低いノイズが轟音と共に止まないリズムを奏でている。
高い窓から漏れ出た日光が、反対の壁とコンクリートの地面を白く照らしている。
二人は大きな扉の横に置かれた安物のプラスチックベンチに腰掛けて、巨大な黒い心臓のような機械が細部を動かして延々と動き続けるのを見つめていた。
「...それで?働き始めたってことは、何とか住む場所は見つかったんだな?」
男が問うた。ぎこちない音がして首が零吉を向く。
「ああ。あいつの住んでた所を、何とか修繕して住めるようにしたんだ」
そっちの方が安く済むしな、と付け加えた。
「なるほどねぇ」
せっかくいい所紹介してやろうと思ってたのになぁ、と男は楽しそうに笑う。
「ま、うまくいってんならそれでいいぜ。俺にとっちゃお前らも、言ってしまえばどうでもいいしな」
男は立ち上がった。静かなモーター音がして、関節が動いてバランスをとる。
「俺は見回りだ。それじゃあな、零吉」
「ああ、弐介もな」
片手を上げあい、兄弟のような視線を交わし、そして男は視線を歩先に戻した。
彼の据わっていた後には、ひしゃげた空のコーヒー缶が投げ捨ててあった。
ーー飲む必要なんか、無いだろうに。
格好つけたがりの弟を思い、零吉は微笑した。




