第十話 雇用談
「「ご馳走様でした」」
手を合わせる音が、重なる声と共に食卓に響いた。
最低限形になった『我が家』の居間のど真ん中、そこに置かれた小さなテーブルに幾つかの空の袋が転がっている。部屋の中には、癖のある、独特の甘い匂いが残っている。
私達はその小さなテーブルを挟むようにして向かい合わせに座っていた。
「うん、元気になると更に美味しく感じた」
私は、食べ物が入っていた袋を畳み、リボンのように包んでからゴミ箱に投げ捨てた。
ガサ、と心地の良い音がして、吸い込まれるようにして落ちた。爽快である。
「それ言うの、何回目だ?」
零吉が立ち上がりながら苦笑した。余計だと思ってた味覚も案外捨てたもんじゃなかったな、と軽く呟く。やはり五感のうち一つが余分にでも再現されていると、随分と世界が変わるそうだ。
味覚の他にも、強化された視覚、聴覚と、若干の嗅覚も再現されている。痛覚はないが、感触はあるらしい。
彼は人に寄せられて作られているのである。
・ ・ ・
30年前、世界では人型自立機械が爆発的に増加した。一般家庭への流通も増え、軍事、サービス業以外にも需要が高まっていったのだ。大量生産を見据えて、核となる演算装置は人工知能の強化により電子式頭脳が主流となっていた。
しかし義成は、従来の人型自立機械とは一線を画した物を作成しようとしていた。それは、生物型頭脳を核に構成された半電子頭脳を用いた半人間。義成はそれを、『ヒト頭脳式自立人形』と呼んだ。
彼曰く、通常機械と脳のとでは処理できる情報の次元が違う。前者は当時の技術では電子レベルまでの操作に留まっていたが、ヒト含む生物の脳は電子レベルのその先、量子レベルにまで干渉することができるという。
しかし生物の脳は演算処理に制限があり、その速度は電子式頭脳とは比較にならない程遅い。もちろん、そのまま脳に機械の体を操作させても、望むような結果は到底得られないだろう。
そこで彼は、脳と電子式頭脳の接続を試みた。最終目標は、脳の限界能力を最大限引き出しつつ、電子式頭脳とのリンクを滞りなくすることだ。
零吉はそのヒト頭脳式自立人形の一体目。彼にとって、零吉の作成は今後の動向に大きく関係する、重大な転換点だった。ヒトとしての感情や人間らしさを残しつつ、計算速度は電子式頭脳のものを併用できる物を、作ったつもりだった。
結果は、芳しくなかった。
作成されたヒト頭脳式自立人形の頭脳は、90%がヒトの脳の状態を維持しており、演算処理速度においては、現在家庭用機器でさえ一秒に千万回以上の計算が容易にできると言うのに、零吉はヒトのわずか10倍の速度にしかならなかった。
感情を残す、と言う面では完全に成功だった。脳の人としての感情を司る部分に機械の接続を少なくしたことが作用しているという検証結果に至ったが、逆にそのことが演算速度上昇を妨げたとも言えた。
零吉は言わば、機械で武装した、計算速度が人間よりは早いだけのヒトに過ぎなかったのである。
この失敗を踏まえ、様々なタイプのヒト頭脳式自立人形が作成された。四機目を作成した頃に、彼には妻ができた。その翌年には、五号機の完成の直後に娘を授かった。
しかしそれでも思うような結果には程遠く、六号機が完成する頃には計画の開始から10年が経過していた。彼の娘は既に初等教育の二年生徒となり、母親の家事も手伝うこともできるようになってきている。
これまでの六度に及ぶ研究と実験、そして集まった膨大なデータを元に、彼はいよいよ最終機の製作に乗り出す。
持てる知識を総動員し、知恵を借り、時間を大量に費やして、命を削るようにして製作に打ち込んだ。白双研に篭りっぱなしで家に帰れない日が何日も続いた。
最終計画始動から5年後、遂に七号機目が完成した。
演算処理、感情の存在とそのコントロール、そして自我。機械接続した脳を駆使した状況判断と相手の思考の分析、そして軽いがよくしなり、頑丈さも兼ね備えた特殊金属『アーツメタル』で補強された駆動機体で瞬発力・攻撃力・防御力を全て持ち合わせる。
人類の明日を背負った、鋼の機体。
名は、七丸。
彼の旧名である。
しかし完成の余韻も冷めやらぬ内、あの事件が起こる。
七丸は白双研の追撃を難なくいなし、村外へ逃走を遂げてしまう。人類をはるかに凌ぐ身体能力を持つ七丸を止めることは、もはや不可能だった。
一時、世間を騒がせた一連の事件について、数多くのマスコミが白双研の通信回路に乗り込み、一時村の回線が落ちかけるほどにアクセスが急増したが、義成含む研究員らは何も述べなかった。
その後、七丸の消息は完全に不明となった。その後日本国政府は、『正式に身元を拘束し、解体処分した』との声明を発表した。
ーー少なくとも、表向きでは、そうとされている。
事件当時、はくれは初等教育の最高学年。一ヶ月の後には、遂に中等教育生となる。
両親の愛を一身に受け、健やかに育っていた。
...それまでは。
母は、わずか12年の時を夫と我が子と共にし、そして二度と同じ時を過ごすことは無くなった。
事件の発端、『母の死』の本当の理由、そして父の研究。
彼女はまだ、何も知らない。
・ ・ ・
点滅の多い暖色の点る玄関。半開きの木の戸の隙間から、眩しい光が靴と畳石を照らしている。
踵で地面を二度程蹴ってから、靴箱の上に置いていたメモ帳とシャーペンを小さな網布のバッグに入れた。
戸を開け放つと、涼しい風がひゅうと玄関に入り込んできて、思わず身震いした。服と羽織だけでは、若干心許ない気がしなくもない季節である。
朝食を終え、零吉が切り出してきた話はこんなものだった。
「働く?」
「そうだ」
唐突に零吉から持ち出されたのは、そんな話だった。
曰く、私たちははっきり言って「金欠」。
異形たちがクラスこの村でも、物を買うにはやはり通貨が必要である。何かしらここの村や村人に貢献し、対価となる金を受け取らなければ、生活は厳しいと言う。
話は良く分かった。よし、やってやろうじゃないか。
まだ働ける年齢じゃないとか、そう言うのはどうでも良い。自分でどうにかしなければ、この新たな故郷で生きていくことはできない。
「それで、どこで?」
「それはもう決めてある」
少々厳しいかも知れないがためにはなる仕事だ、とのこと。
・ ・ ・
そんなわけで、現場視察(?)をしに出向くことになった。
今日は昨日と比べても一段と晴れ間が広い。快晴、閃光を放つ太陽が、青の薄くなった空を煌々と輝いている。
家を出てすぐそこの、田んぼもとい草原沿いの通りを右に向かうと、小さな住宅街がある。その中ほどに、住宅街に垂直に通る大きな別の通りがあり、そこを左にずっと行くと、現在も使われている耕作地帯があると言う。そこが、今日の目的地。
ふむ、だいたい予想がついた。
つまりは、作物を育てる職業を営み、賃金として通貨を頂きつつ、かくなるうえはちょっぴり分け前を頂こうという三段であろう。零吉もなかなかにずる賢いやつだ。
住宅街は既存の廃屋を住民たちが各々修理して住めるようにしており、村内で新しく作られた建物と比べると人間による建築造形と似ている部分が多い。
例えば、ベランダ。彼らにとっては服自体がそもそも使わない者もおり、家に必須のものではない。それに、洗濯物を乾かしたいなら、どうせ大した量でもないので屋根に乗せれば済む話である。
などなど、人間との生活様式に違いを発見するたび、ああ、彼らは人ではないのだな、と改めて実感する。それ以前に何度も彼らの異形を見慣れているため、そんなことは重々承知なのだが。
住宅街中ほどの通りを、左。
そこには、賑やかな小店が所狭しと並び、住民たちの活気を満帆に帯びたこの村最大の商店街、『電軸通り』があった。
電軸通りはほぼ直線なため、誰もいなければ一番向こうまで見えるらしい。
「ここだけはそのまま残ってるんだね」
「ああ」
かつてのこの村でも、ここは住民たちの集いの場であり、営みの中心だった。
懐かしい。初めて買い物をしたのもこの場所だったし、友達と一緒に食べ歩いたことも何度もあった。
過去の幻影と今の景色が重なり、望郷にも似た念がふと込み上げた。
幼い頃から刷り込まれた記憶がそうさせているのか、商店街を歩き始めるとわくわくする気持ちが止まらなくなってきた。いや、記憶だけではないだろう。実際、好奇心を煽るものがいくつも売られている。
かつての世界では見かけなかった品々。見たことのない小動物が売られていたり、不味そうな泥の塊のようなものを嬉々として買い漁っては口に運んでいる人。店と店の間にある小さな広場では、怪しげな紫の住人がありがちな水晶玉で客を占い、厳しい顔で聞き取れない言葉をしゃべっている。
機会があれば私も占ってもらおう。
なんて思えるくらいには、気分は高揚していた。やはりこのなんとも言えぬ高揚感が、商店街の醍醐味だろう。
独特の雰囲気を満喫し、私と零吉は遂に電軸通りの端に辿り着いた。
石畳の階段を降りると、左右に建物が無くなり視界が開けた。
前方、直線の道と一面の畑、畑、畑。
よくもまあこんなに広い土地が残っていたものだと思うくらい、一面の土と草である。電柱が何本か畑の間の道に刺さっており、よく目立っている。500米程先に木製と思われる小屋があり、その奥にはまた住宅が林立している。
山に囲まれ、非常に青々しい景色が目に潤いをもたらしてくれた。
しばし見惚れていると、手前の畑の中ほどに、小さく人影が見えた。どこを見渡しても、作業している人は他に見て取れない。
あの人が雇用主なのだろうか。
「行くぞ」
零吉が石階段の続きを先導する。
私はというと、この畑をもしや全て作業するのでは、という不安を抱えて動きがぎこちなくなっていた。
本当は今回で雇用の話を終わりにしようと思っていたのですが...難しい。




