第玖話 棲家
『第二部 揺籃』の一話目となります。
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色々ありながらも、何とか村に認めてもらい、正式な村人となった冥蓮はくれ。
彼女は安住を願うが、残る謎、そして過去と繋がる村の秘密がそれを許さないーー
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午後、太陽も西の空に居場所を移し、明るさは控えめになった。
陽に当たると暖かいけど、建物の影に入ると気温は結構下がる。風も吹いていることながら、今日は昨日に比べて一段と寒い。
こんな季節柄、風邪をひくのも無理はない...はず。
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朝期、零吉が薬を買いに行くと、私が風邪を拗らせたということを聞きつけた人たちから店先で色々もらったらしい。見てみると、どれも一応人間が食べられそうな物だったので安心した。
そして、彼の帰還後十分ほどで最初の訪問者※(ベンチへの)が現れたかと思うと、続々と住民の方が見舞いにやってきてくれた。やはり見た目はまだ慣れないが、それでも心配してくれていることは分かった。
たかが風邪でこんなことになるとは思っていなくて仰天したが、人々の温もりに触れ、体と同じように心も温かくなれた。
体にいい食べ物、借りた毛布、暖房器具 (戸外ですが...)、謎の薬等々...
いやはや、大変お世話になりました!
もらったものを片っ端から腹に詰め込んでいたら、昼頃には調子は回復していた。やはり彼らがおすすめしてくれただけはある。
そして今はすっかり元気になり、時々咳き込むことを除けば完全復活である。
煙鯨に吹き飛ばされた時についた傷も今はほとんどなくなり、擦れると痛む程度にまでなった。零吉の提供してくれた「チャユの蜜」なるものの効き目なのか、その回復は異常なほどに早かった。
流石に先日負ったばかりの傷はまだ生々しく、元通りになるまでにはまだ時間がかかりそうだった。
思えば、あの時は本気で死にかけていた。あいつの目論見通りにあの頑丈そうな拳二つに殴りかかられていれば、今頃こちらの頭が割れていただろう。傷が治るどころの話ではない。そう思えば、この理不尽な傷にも安堵できた。
...こちらの世界に来てから何かと物騒なことが続いている気がしなくもないが、それも過去の話。
今は安全な村の中にいるし、あいつのような恐ろしい住民にはそう出くわすものでもないだろう。私を助けてくれたような人もいるし、何よりここの人たちはみんな気が良い。
人間世界のじめじめした関係よりも、よっぽど温かくて平和的だ。最も、元のこの村ではそのような陰湿な雰囲気はなかったが。
...さて、一旦落ち着いたところで私が何をしていたかと言えば、当然の如く私達の住む場所をどうにかしようと首を捻っていた。
ここは異郷、私は何処かから転がり込んできた転入者。当然、最初から住む場所が親切に用意されているわけではない。そんなところがあれば、昨日もベンチの上で寝たりなどしていなかっただろう。
家は誰かが子供を産んだりして個体数が増えるごとに建て増しをしているそうで、誰かに売り出すために作った新築などというものはほとんど存在しないらしい。この村では資源を周辺の森林に頼るしかなく、遠くまで行くことは難しいらしい。
教えてくれた住民に「どこかの市区町村から輸入することはできないのか」と聞くと、特徴的な丸い目をさらに大きくさせて、こう言われた。
「できるもんかね。そんなもん今は、ありゃしないよ」
呆れたようにため息をつかれた。
この村では周知の事実だったようだが、その時私は雷に打たれたような衝撃が走ったのを覚えている。
煙鯨によって私が村に仮登録され、村が一時的に見えるようになったとき、確か零吉はこう呟いていたはずだ。
曰く、『奇跡が生み出した、世界最後の理想郷だ』と...
私は、世界で最も素晴らしい環境が揃った場所という意味で言ったのだと考えて、真剣には捉えていなかった。それよりもその時は目の前の光景に心を奪われており、彼の言葉も半分くらいしか覚えていない。まさか、本当の意味で「世界最後」だなどとは思っていなかったのだ。
電話がどこにも繋がらなかったのも、飛行機を一度も見かけなかったのも、工場の煙が見えないことも何かのサイレンが聞こえないことも、全てそういうことだったのだ。
また、謎が増えた。聞きたいことは増えていくばかりだった。
...そんな衝撃を受けながら、家探しを続けていたが、どこにもまともに住めそうな場所はなかった。
そもそも人間と似た居住生活の住民もさほど多くはなく、5割程度に留まっている。ごく小さな者もいれば、その逆も然り。皆、彼ら自身に適応した住まいを持っており、それが空いていたところで安易に住めるわけでもないのである。
何人かが同居しても良いと誘ってくれたが、流石にそんな迷惑をかけるわけにはいかず、断るしかできなかった。
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そして西日の元、私達は掠れた標識の前に立っている。
人間と適応した家に住むなら、手っ取り早いのは人間の家を使うことだ。それも、できるだけ住み慣れているところの方が良いだろう。
...方法は、これしかない。
修理用の材木を肩に担いだ零吉が、こちらを向いて薄く笑った。
私も、慣れない軍手で親指を突き出した。服も作業用のジャージに着替えている。サイズは大きめだが、我慢すれば問題ない程度だ。
私の横には工具箱、釘が所狭しと詰められ、その他大勢の金具達がその掠れた銀箔を汗のように煌めかせている。
左手に握るは金槌、心はさながら釘を咥えた職人である。
いざ、修復。
十二年の歳月が、ニヤっと微笑んだ。
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思うに私は、日曜大工などやったことが一切なかった。
学校で何度か美術の時間にボンドをぺたぺた貼ったりしたことがあるくらいで、金槌 (の形をしたもの)など餅つきとだるま落としくらいでしか持ったことが無かった。
釘なんてもってのほか、画鋲にしたって踏んづけて怪我をしたというのに、こんな細いものに手を添えて鉄の槌で突こうなどという自傷行為を誰が考えたのだろうか。
これらの事を一通り考えている内に少なくとも三回は打った。累計回数は、二十回を超えた時点で数えることを諦めている。既に左手の親指の感覚はどこかへ行ってしまって、痛みすら感じない。幸い、こちらには優秀な治療薬がついているので指が消えることに関しては心配は無用だが、変色しているのは流石に気になる。軍手にももっと精を出して守ってもらいたい。何のために動かしにくいものをわざわざ付けていると思っているのか。
電動ドライバーか何かで一気に刺せないものだろうか?と考えたりなどしたが、よくよく思い出すと釘とネジは別物である。そもそも、この辺りに電気が通っているかすら怪しい。釘とネジの使い分けなどは知ったことではないので、全て零吉の指示に従って言われたところに打ち込んでいる。
一方彼はロボットの特権を使いこなし、疲れない体で休む間もなく働き通しだ。
私は五回休憩を挟んでいるが、それでも慣れない作業に加え立ち通し、連日の疲れも重なってヘトヘトだと言うのに、彼ときたら、いまだに倒れている柱を素手で持ち上げるわ交換した材木を二本脇に抱えて二階から飛び降りるわでスタミナが有り余っている様子。その元気少しは分けてくれと言ってやりたいところである。
「...よし!」
カンと気前の良い音が部屋に響いた。やっとこの部分の最後の一つを打ち終わった。汗を拭いながら一息つく。
今作業をしていたリビングの壁の損傷は、ほぼ全て修理できただろう。腰に手を当てて今までの作業を振り返ってみると、じわじわと達成感が湧いてきて口角が上がった。
ふと、周りを見渡すと、住んでいた頃のまんまとはいかないものの、大方その原型を取り戻しているように思えた。
埃の積もった家具は、玄関を通る大きさのものは外に出してしまっているため、若干寂しさが残っていたが、それでも確かに「家」は復活していた。
零吉に作業が終わったことを告げると、そろそろ大きな作業は終了するから休んでくれと言われた。
そのお言葉はありがたく受け止めておいた。
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修復が完了した玄関から外に出てみた。
入ってくる時には気が付かなかったが、綺麗だった庭に雑草がぼうぼうに生え散らかしている。これもどうにかしなければなるまい。
外の通りには活気を取り戻したまばらな家が、薄い光を窓に灯している。
相変わらずの涼しい風が夕焼けの方向から吹き抜けている。既に空は紅に染まり、雲の合間からはオレンジの光が放射状に伸びている。
敷地の小さな石階段を降りると、右側の通りの向こうに沈んで行く太陽が見えた。
巨きな丸い太陽だけは、以前と何も変わっていない。いつも通りそこにいて、一日の終わりを告げて沈んで行くのだ。
刹那、脳裏にさまざまな光景が閃いた。
幼い頃も今と同じようにして、家の玄関口から夕日を眺めていた。学校に遅くまで残っていた時も、玄関口でこの景色を見た。土曜日の仕事帰りの父を迎える時も、二人でこの景色を見た。
...次見る夕日は、どんな思い出を残してくれるだろうか。
太陽は恥じらうかのように、その身を朱く染めた。
10/1
・前書きを改良しました。
・本文の誤字を訂正しました。
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次回も日常系です。




